乙女ゲームに転生したんだけどどうしたらいいかわからない
タイトルそのまんまの内容となっております。
一人の男がとある学園の食堂で頭を抱えていた。
やけにキラキラしい食堂は、およそ食堂とは思えぬ猫足テーブルとチェアがずらりと並び、中央に花が飾られている。出されるメニューもフルーツと生クリームがてんこ盛りのパンケーキやなんたらサンドだの、お洒落で言いにくいものばかりだ。
「米・味噌・醤油の三拍子はどこいった。包丁を持たせてくれないどころかキッチンに入れもしないとは……」
オリーヴオイルとパンとスープにはもう飽きた。涙目でそう嘆くのは、この国の王太子だった。
一人の男がとある学園の四阿で頭を抱えていた。
なぜ学園に、公園にあるような四阿があるのか。そして季節を無視した花が咲き誇っているのか、疑問に思う余地もない。
「なんでだよ……。貧乏貴族の六男で魔法だけはピカイチって、追放されてからの俺tueeee展開なんじゃねえのかよ……」
クール系俺様ハーレムになるはずだったのに。そう悔しがる彼は、魔術士筆頭候補だった。
一人の男がとある学園の図書室で頭を抱えていた。
図書室の本はどれも立派な革張りで、とても難しい言語が連なっている。窓にかかるのはレースのカーテンで、ステンドグラスが上部に嵌めこまれていた。図書館であるにも関わらず、飲食可となっている。
「中途半端にできすぎてて内政チートとか無理ゲ。つか漫画ないとかマジ無理なんですけど……」
生活に不便がなさすぎてすることがない。わりと贅沢なことを嘆いているのは、この国の宰相の息子だった。
一人の男がとある学園の生徒会室で頭を抱えていた。
やけに優雅な生徒会室にはどういうわけかテラスがあり、隣室に給湯室まで完備されていてテラスでお茶ができるようになっている。生徒会室だというのに資料の類は一切なく、上座にでんと置かれた生徒会長の執務机には古き良き羽ペンとインクが置いてあった。
「また一年腹筋が試される……。なんとかしろよあの言葉使い……!」
わざとらしすぎて笑い堪えるの大変。見事に割れた腹筋を擦っているのは、この学園の冷徹教師だった。
一人の少女が学生寮で頭を抱えていた。
室内はどうにも目がちかちかするピンクに花柄の壁紙が部屋一面に張り巡らされ、豪華すぎる絨毯になぜか天蓋付きのベッドという、今時乙女すぎて受けない少女趣味がこれでもかと詰め込まれていた。
「あんなに足出すなはしたないとか言ってたくせに制服が膝丈ってどういうことよ!? それにあれだけ勉強漬けにしといて今さら学校行けって何なの!?」
怒りと憤りに悶える少女は、王太子の婚約者で公爵令嬢だった。
一人の少女がトイレで頭を抱えていた。
世界観は中世ヨーロッパ風ファンタジーなくせに、トイレは水洗で化粧台も広々として、おまけに花まで飾られている。トイレの個室なのにほのかに良い匂いがするのがそうじゃない感満載だった。
「どうなってるのよ……。いきなり知らないおっさんの娘にさせられたと思ったら学校って……。しかも全員髪形おかしくない!? こんなピンク頭って毎朝恐怖なんだけど!?」
えらいことになったとぼやいている少女は、いわゆるヒロインだった。
彼らは全員、転生者である。
しかも全員、ばれないように猫をかぶっていた。
さらに全員、乙女ゲームをやったことがないときている。
なのでそれぞれがそれぞれに、異世界転生した人生をなんとか謳歌しようと思っていた。
王太子は和食を生み出して世界に広めようとし、魔術士は俺tueeeでハーレムを夢見て、宰相の息子は少女趣味文化をなんとかしようとして、教師はくそ真面目に行儀の良すぎる子供相手に世間を教えようとして、公爵令嬢はファッションの改革を目指し、ヒロインは家出してまともな頭の人のいる田舎に引っ込もうとしていた。
全員が転生者。なのに全員がそれを知らず、心で叫んでいた。
「これからどうしたらいいんだ!?」
ちなみに学園の正門は薔薇のアーチを描き、鳩が飛んでいる。
これが乙女ゲームであることを知る人は、残念ながらどこにもいなかった。
ある日気づいたら自分がピンク頭(物理)って、よく考えなくても怖い。
なんで猫被ってるのかというと、全員空気読むのが得意な日本人だからです。