やつ(か)が来た
アンジェラさんがいなくなった後、彼女の入れてくれたコーヒーを飲んだ。
うん。これ冷めても美味しいな。流石、本格的なだけはある。
少し気になった事がある。
倒れる原因となった〝魔力欠乏症〟。文字通り魔力不足になってしまったようだが、これが不可解なのだ。
アンジェラさんと話している時にもスキルは発動していたが、殆ど魔力は使わなかった。
どうも見る物によって使う魔力の量は違うようだが、魔力がなくなったと認識できるほどに、魔力を消費したのはあの時だけなのだ。
影井が鑑定石に触れたときのみ、あの鑑定石に何かが起こっていたのは間違いない。
何者かの介入によって、鑑定石の力が正常に作用しないようになっていた?
分からない。
よく分からないが、今後は魔力量やスキルのレベルを上げることに専念するべきだろう。これらさえあげておけば、より不測の事態を少なくできる……筈。
ここは異世界なんだ。
何があるか分からない。
とある床を踏んだだけで死んだとか、突然死神に襲われるとか……。
いや、さすがにそんなに理不尽なことは起こらないとは思うが、備えあれば憂いなし。とも言う。
死ぬ覚悟はしておいた方がいいのかもしれない……。勿論、死なないように頑張るけどもね?
世の中……どうにもならないことって……、あるじゃん?
……いやだなあ、死にたくない。死なないように頑張らないとな。
ガタッ。
勢いよく扉が開いたかと思うと、一人の男が入ってきた。
入ってきた男は慌てて扉を閉じ、鍵をかける。
てか、扉鍵あるのに開けっ放しだったのかよ。不用心にもほどがある。アンジェラさんェ……。
「はあ、助かったぁ……」
肩で息をしている男は我が物顔で椅子に座った。いや、別にいいんだけど。
こいつの名前は八束宇宙。宇宙という名前だからと言って理系だとは限らない。寧ろこの男は文系だ。顔は腹が立つほど整っている。神谷と比べても遜色がないぐらいには。
「どうしたんだ?」
俺が尋ねると、八束は立ち上がり、俺の方にずかずかと近寄ってきた。
え?何?
勢いよく、俺の両肩を掴んだかと思うと、ずるずるベッドに崩れ落ちるように座った。
「聞いてくれよ……、メイドがさ、すげえ言い寄ってくるんだよ……」
「はぁ……」
なんだそれは。羨ましい限りだ。
まあこれだけのイケメンでしかも勇者で性格も悪くは無い。言い寄られない方が可笑しいのだが。
「羨ましいって顔してるな?」
なんだコイツ、エスパーかよ。
八束はやれやれと疲れたような顔を浮かべている。
ああ、そう言えばこいつ女の子が苦手だったんだっけ?
昔なんかされたらしく、それがトラウマだとか。なんというか勿体ない。俺が変わってやりたい。
「まあでもお前なら適当にはぐらかせたんじゃないの?」
無駄にコミニケーション能力高いし。いつも女性と話す時もそれとなく躱していたと記憶している。
「まあ普通の女の子ならいつもの様に対応するよ、だけど今回はそうもいかなかったわけだ」
「どういうことだ?何か不都合な点でも?」
「聞いて驚け、言い寄ってきたメイド、なんと齢十だぜ」
「は?」
ロリか。ロリメイドなのか。何故そうなった。
「幼女に言い寄られてるんだぜ?そりゃ逃げるだろ?」
な?と俺に同意を求めるように縋るような目線を向けてくる。
まあ、確かに。十歳の子供に言い寄られたら逃げ出すかもしれないが……。
「十歳って、何故そんな小さな子がメイドを……?」
「よく分からんが優秀らしいぞ……」
「そうなのか……」
異世界だからな、人材不足なのかもしれない。それとも聖徳太子以上に出来る人材を欲している、とか?
然し、十歳の子供を働かせるのは虐待に該当するのでは……?
そういえばこの国では大人として認められる年齢が低かったんだっけ、それならまあ、納得は出来なくもない。
「そういえばお前のところのメイドは……?」
「ああ、さっきまではいたんだけど、俺の能力を王様知らせに行くとか言って出てった」
「なるほど」
いつの間にか椅子に戻っていた八束は机の上に置いてあった角砂糖を掴み、コーヒーの中に入れる。3個ぐらい。
飲みかけで半分以下しかないのに、入れすぎじゃね?しかもそれ俺のコーヒー……。いやまあいいけどさ。
八束は、コーヒーを飲んだ。満足げに頷いている。……それ本当に美味しいのか?最早ただの砂糖だろう。
「そう、言えば……。俺はお前にもう一つ言いたいことがある」
「なに?」
バン!と机を叩くとその勢いを利用して立ち上がった。
「何故お前は、俺に話しかけに来てくれなかったんだ……?俺達、友達だろう……?」
すごい真顔でこちらをじっと見つめてくる。
そんなに話しかけに来て欲しかったのか……。
「いや、悪いとは思ってるよ?でもお前の周りになんかいっぱい人いたじゃん。あの中に突撃していく勇気はない」
そうなのだ。彼は何故か常にクラスメイトに囲まれている。人気者の宿命と言うやつなのだろうか……?
「俺だって抜け出す勇気がない……」
「別に無理に抜け出さなくてもいいだろ?」
「面倒くさいんだよ、あいつらと話すの……」
「あー、まあ、うん。どんまい」
まあ、分からなくもない。
話すのが上手いとはいえ彼の本質はこう、やはり変人に染ってきているのだろう。恐ろしき先輩也……。
とはいえいつも話してる相手に面倒くさいとばっさり切り捨てるとは、この男なかなかの性格をしている。
八束はコーヒーをごくごくと飲み干した。いや、コーヒーってそういうふうに飲むものではないと思うんだが……。うーん。まあ人それぞれか……。
「そういえば、お前はどんな職業持ってるんだ?」
唐突に聞かれた。
八束になら、本当のことを言ってもいいかな。一応、このクラスの中では1番仲がいいわけだし。同じ部活だし。うん。
「俺はさあ、執事なんだけど……。何故執事?というか執事ってなんだよ。俺が使用人向きってそういうことか!そういうことなのか……!」
言っているうちに興奮してきたのか人の枕を奪い取ってビシバシと殴っている。おい、俺の枕……。
というか、不用心だなあ。こいつ。あっさりと自分の職業をばらしてしまうとは……。まあ、言わなくても何の職業か俺にはバレバレなんだけど。
俺は八束からぐちゃぐちゃにされた枕を救出し、ぽふぽふと軽く叩くことで元の形にしようと試みる。
「あれじゃないか?お前いつもお茶とか入れてくれてたから……」
「あぁ……なるほどね。いやまあ、確かにやってたけど。え?それだけで執事になるもんなのか?」
「さぁ……?」
とは言うものの、結構執事……というか世話係っぽかった気がする。締め切りが迫ってるときとか飲み物くれたし。お菓子も買ってきてくれたし。世話係……?パし……いや、それは違う。自分からやってたからね。うん。
……いい感じに戻ったかな。
枕がようやく満足する形になったので頭の下に置いておく。
「んん……気に食わない……直談判しに行きたい……」
とかなんとかぶつぶつ頭を抱えている八束。自分の世界に行ってしまわれたようだ。そんなに嫌だったのか。別に執事でも悪くなさそうだけど。イケメンだし。というかイケメンなのだから何しても似合うのだろう。妬ましい。
然し今なら何かを話しかけても適当に聞き流される絶好のチャンスなんじゃないか?
そう思った俺はぼそりと呟いた。
「俺の職業は観察者なんだけどね」
八束は顔を上げた。
「は?え?今なんて?」
「いや、なんでもな」
「観測者って言ったよな?」
八束にじっと見つめらる。聞いてたなら聞き返すなよ。なんて言いかえすことを躊躇われるぐらいの真剣さだ。
「はい……言いました……」
その気迫に思わず丁寧語になる。気分は自首する犯人だ。俺、悪いことしてないのに。
そんな俺の肩を八束は叩いた。
「……ドンマイ」
「……はあ」
「いやね、正直執事で落ち込んでいた少し前の自分をぶん殴ってやりたい。目の前にもっと不幸な人がいたのにそれに気が付かずに、自分ばかりが不幸だったと思い込んでいたんだ……。そんな中二病チックな名前の職業にされて辛かったよな。気付いてやれなくてごめんな」
物凄い言われようだ。
いや、でもそういわれると、なんだか恥ずかしくなってきた。スキル名も合わせて確かに中二感が凄い。
なんだこれ、じわじわとダメージを負うな。
「まあ、冗談はさておき」
冗談だったのかよ。真に受けて恥かしくなってきてしまったではないか。どうしてくれるのか。
こいつはこういうところがあるからいけない。全体的にふざけているから、どこまで本気なのか分からないのだ。
「その、観察者……?ってどんな職業なんだ?」
「うーん、覗き魔」
「それじゃあ、わかんねーよ。というか覗き魔って……そんなに自分の能力嫌いなのか?」
いや、そういう訳でもないんだけど。便利だとは思っている。でも物事に関われないのは、あんまりじゃないか……。やっぱりこの能力嫌いなのかもしれない。
「俺は運んだ食事に能力を付与できる」
「能力を付与……?」
「例えば腐らないようにする、とか」
「それって結構便利だよな?」
この世界に防腐剤があるようには思えないし、中世といえば腐りかけの肉を香辛料で誤魔化して食べていたとも聞くし、腐らない食品というのは価値が高いんじゃないだろうか?
「いや、まあ、そうだが……」
八束はなんだか複雑そうな顔をしている。どれだけ執事嫌いなんだこいつ。何か執事にトラウマでも植え付けられたのか?
「俺の能力は見たいものが見える、らしい」
「どういうことだ。現実逃避的な?」
「いや、そういう事ではなく……、例えばお前が今何を思っているか、見ようと思えば見える。見ないけど」
「あー、他の人にバレたら面倒臭そう」
そう言う八束は思ったよりもサバサバとした反応だった。こいつの事だから、この能力を聞いて、俺を警戒する……なんてことはしないとは思っていたが、ここまで歯牙にもかけないとは……。
やはり彼は大物だ。その態度がありがたい。
「ってことはお前、女子のパンツも見れるってことか?」
八束は何故か興奮気味に尋ねてくる。
「……見たいのか?」
「いや、別に……」
全く興味なさげに八束は答えた。
なんやねん。うわ、思わずエセ関西弁が出てきてしまった。
漂う謎の空気を吹き飛ばすようにゴホン、と態とらしい咳払いをする。自分で作った空気だろうに。
「確かに覗き魔ができる能力だが、覗き魔と呼ぶ程酷い能力ではないよな?むしろ俺のより余程、便利なんじゃないか?」
「あーうん、この職業、世界に干渉できないとかなんとか」
「どういうことだ」
八束が、不思議そうに聞いて来たので、ミューさんにしてもらった説明をそのまま伝えた。
ふむふむと頷く八束。
「なるほど……。分からん」
この説明でわからなかったら、俺にはどうしようもない。
俺からの呆れたような目線に気がついたのか、いや、そういう意味ではなく、と言葉を続ける。
「こう、世界に干渉できないってざっくりとし過ぎじゃないか?お前が息を吸う。それだけでこの世界の酸素は失われており、世界に干渉している……ことにはならないか?例えこの世界で酸素が存在してなくとも、食事をしても同様の事が起こるわけ。
今俺とお前が話してるのも、それで俺の考えが変わったら、俺がお前に影響を与えられてるってことになるだろ?
世界に一切干渉しないってのは、この世界に存在しない者にしか出来ない……と俺は思うんだが」
なるほど。
つまり彼は俺の現状がミューさんの言葉と乖離している、と言いたいのだな。
「うーん、俺はその辺、ある程度の世界への干渉は許される、と思ってた。揚げ足を取るようだけど、ミューさんは一切とは言ってないし?」
「まあそう受け取るしかないわな」
八束は腕を組んでぼうっと、壁を見つめている。
「で、その能力だが、見た物を共有……とかは出来ないのか?」
「ん?うーん、あ、無理っぽい」
「そうか……じゃあお前、頑張れよ。曲がりなりにもいつも小説書いてるんだし、いける。いける」
何を頑張れと……。書く……?共有……?
「まさかお前、俺に見たもの全部書かせる気か……?」
「当たり前だろう?」
「あほか!腱鞘炎になるわ!!」
「別に書かなくてもいいだろ?口頭で説明してくれれば。ほら、ヘイ!カモン!」
手をくいくいと動かしている。その様を見ていたら、なんだかため息が出てきた。はあ。
「いいか?聞いた情報によっては、お前まで世界に干渉できなくなる可能性もあるんだぞ?だからこそ、軽率な行動は避けるべきだ」
「世界に干渉できない?それがなんだっていうんだ」
「は?」
何を言ってるんだこいつは。
「そんな事よりも」
八束はびしっとこちらを指差す。人の事指差すなよ。という言葉が浮かんだ。
「お前は情報の重要さを知るべきだ。情報がなければ何もすることは出来ない。孫子だって敵の情報を知ることが大事……みたいなこと言ってたぐらいだからな……確か。あれ、毛沢東だっけ……」
いや、孫子で合ってるけども。なんだか偉そうに語っているが、そもそも、それをお前に教えたのは俺である……。まさか本気で言っている訳では……。
ああ、分かった。
恐らく、お前の負担をともに背負ってやる……みたいなことなのだろう。相変わらず男前なことで。木っ端ずかしいから答え合わせはしないけど、多分あっているだろうと確信があった。こいつはそういう男だ。
思えば俺は、こいつのこういうところが好きなのであった。ラブじゃなくてライクな。
「まあ、何せよ、簡単に視界共有できる手段が確立できたら、だな。メイドさんに聞けばそれっぽいの分かるかもしれないし」
「あー、一応聞くけど、そっちのメイドさんだよな?俺あの子と話したくないからな?」
「分かった分かった」
元からアンジェラさんと話す気だったので、何の問題もない。あの人メイドとしてかなり優秀だろうし、何か知ってるかもという希望があったのだ。
しかしこれから短くない時を過ごすだろうに、そんなにロリメイド嫌いでやっていけるのか?こいつ。
「俺から一つ、お前に頼みたいことがある」
こいつの言うことなら、多少の無理をしてでも聞いてやろうと、心の準備をする。
「何?」
「俺のご主人様になってくれ!!!」
「断る」




