メイドと信仰
八束も何か心当たりがあるのか、さっと目を逸らす。気持ちは分からんでもない。いや、俺は八束と違って、何にも、疚しいことは隠してないよ?ただ、もし、元の世界に帰れたれて、今の記憶が存在するのなら、その時は、俺も家族に対する、疚しい隠し事、が出来ちゃう訳で……。
いや、別に言ってもいいんだろうけど、信じてもらえないだろうしなあ……。
俺の方も、家族に言わないと、麻疹が出る!みたいなタイプじゃないから、普通に、言わずに終わりそう。
この世界に来たのが、一人だったら、誰にも言えずに、ヤキモキしていた可能性はある。
でも今回は、八束もいるしね。何なら、影井だって……いや、俺以外に、三十人もいるんだから、探そうと思えば、話し相手には、困らないだろう。わざわざ、体験してない人に、普通なら信じてもらえないような話を、する必要があるだろうか?
信じさせる為の労力が、大きすぎる気がするんだよなあ……。
「それに、彼女も、まだまだ若いですからね。自ら進んで、神に祈る程の年齢ではありません。とりあえず、親と同じものを……と思っている可能性の方が高いでしょう」
あー。若者の信仰心が低いのは、どの世界でも同じことなのか。そりゃ若いうちから、禁欲!なんて言われても言うこと聞きたくないよなあ。いや、勝手なイメージだけどね。厳しい修行に、ひたすら耐える、みたいな?
「そのメイドって今、実家暮らしなのか?」
「いえ、家族からは離れて、ここで暮らしていますね」
「だったら、親元から離れてから、宗教にハマった可能性は?」
八束は、キュッと目を細める。
ヤケにしつこいな。まあいつもの事だけど。
「さっき、アンジェラさんが言った通り、あんなに若いうちから、自主的に宗教に頼る可能性は低いんじゃないかな……それこそ、自身が神様に助けられた、くらいの体験がないと」
「でも、その助けられた、って可能性が否定できないじゃねーか」
「ま、まあ、それはそうだけども」
そうだけども、いくらなんでも、たった一人の信者を得る為に、神様直々に動くとか……あるんだろうか?
確かに、嫌がらせの為にはみみっちく動いてるけどさ、なんだろ……イメージとして、そんなに人助けをしたがると思えないんだよなあ……。
例え、何か下心があったとしても。しかも女神である。それを女の子に……って所がなあ……。イケメンになら、いくらでもいい事してそうだけども。
「彼女は、親元を離れた後、とある貴族に仕えていましたが、その貴族から、彼女が宗教に傾倒していた……という話は聞きませんでしたよ」
「それって、教会に行ったり、神に祈ったりなんかはしてなかった、という事でしょうか?」
俺の言葉に、アンジェラさんは、大きく首を縦に動かす。
「そういうことですね。因みに、住み込みで働いていたらしいですよ」
八束は、ふむ、と、指を顎に当て、唸る。
「まあ、二人がそこまで言うなら、その、影井の使用人に限って言うなら、信用できるかもしれないが……」
なおも煮え切らない態度の八束。まあ、俺もツィアさんの事、そんなに知ってるわけじゃないから、俺が何か言っても、説得力皆無なのは、仕方がないけどね。実質の説得要員は、アンジェラさん一人だ。
ていうか、別に、八束を説得しよう、って気はさらさらない。ただ思った事を言ったら、説得みたいになっただけの話であって……。まあ、俺の中ではツィアさんが影井の友達として適切だと思ったのは事実だけど。彼女を選んだ一番の理由は、信用できるから、ではなく、楽そうだったから、だし。
「じゃあ、逆に誰なら仲良くなっても、よさそうなんだよ」
「ぐ……」
言葉を詰まらせる八束。ぐぅの音も出ない、とは、まさにこの状況を言うのだろう。正確には、ぐうの音まで出切ってない。といった所か。
「それは……俺とか?」
明らかに苦し紛れ。冗談としか思えない言い方をする。
でも面白くない。
俺は、白い眼を八束に向けた。
「お前も、俺から話を聞くつもりなんだろう?だったら、俺と立ち位置的には、変わらないじゃないか。それとも何?その話は嘘だったって事?」
俺の言葉に、八束は慌てる。
「いやいや、今のは冗談だって。そんな怒るなよ。な?」
いや、まあ、怒っているか?と聞かれたら、そこまでは、怒ってはない。
ただ、言ってくる割には、具体的な案も出さずに、はぐらかしてくるものだから、少しイラっとした、位。
しかし、改めて、自分の言った言葉と、言い方を反芻してみると、結構怒ってる感じするなあ。自分では気が付いてないだけで、結構怒ってたのかもしれない。
それに、口調だけ切り取ってみると、なんだか、彼氏に文句言う、地雷女……?みたいに見えなくもないし。
「私の事、好きって言ったじゃない!あれは嘘だったの!?」的な?
そんなフィルターで見てみると、八束の対応も、その彼女に対する物のように思えてきた。
……いや、それは、フィルター入りすぎか。宥める言葉なんて、誰が、誰に対して言っても、同じになるものかもしれない。うん。そんな気がしてきた。
「でも、具体的な人が思い浮かばないのは事実だろ?」
俺は敢えて怒っている、とも、怒っていない、とも言わないことにした。自分でも良く分かってないからね……。
「ま、まあ……うん、わかった。俺が悪かったよ」
八束は漸く分かってくれたのか、渋々ながらも謝った。まあ、俺が怒っている、と勘違いして、謝っただけなのかもしれないが。
「じゃあ、本題に戻るけど、ツィアさん……影井のメイドさんと、影井を仲を親密にさせるには、どうしたらいいと思う?」
「え?そりゃ、専属メイドなんだから、特別な事は、何にもしなくても、仲良くなるんじゃないか?一緒にいる時間も長いだろうし……」
「それが、そうでもないから、困ってるんだよ……」
八束は、ふむ、と顎に手を当てる。
「因みに二人の雰囲気はどんな感じなんだ?」
俺は、少し返答に困ったが、ありのままを伝えた。ありのまま……だから、恐らく、影井が俺の事を好きすぎて、ツィアさんと話してると、嫉妬してる……みたいなことは、言ってない。
流石にそれは、ね。俺の口からは言いにくいよ……。当たってるとも限らないしね。
それでも、八束は俺と同じ結論に至ったのだろう。はあ、と重いため息を吐いた。
「面倒なことになってるんだな……」
「あ、ああ……」
俺は居た堪れなくなって、思わず目を逸らした。
それを見たであろう、八束はまたもや、大きなため息をつく。
いや、気持ちは分かるけど、そんなにため息をつかないで欲しい。別に俺だって好きでこんな状況になった訳じゃないし。むしろ努力した結果がこれな訳だから。
「でも、そんな面倒なことになってるなら、やっぱ、人変えた方が早いんじゃないか?」
「じゃあ誰がいいと思う?」
「……」
八束は口を真一文字にして、考え込んでしまった。
そういう事は、具体的な代替案を見つけてから、言ってほしい。しかもこの流れ、二回目だし。しつこいんだよ。
そんなことを考えていたのが、バレたのか、八束は、みるみる内に不機嫌な顔になっていく。
「ていうか!そもそも!お前に友達がいないのが悪いんだろ!」
む……。な、何という正論……。これには反論できない……。そして、ダメージが大きすぎる。俺だって、気にしてることなんだから、わざわざ言わなくてもいいだろうに……。




