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影井とツィアさん

 追い出された。俺の部屋だというのに。

 まあ、二人とも、申し訳なさそうな顔はしていたから、何とも思ってはいない。

 と言うか、正確には追い出されたのではなく、俺が勝手に居心地が悪くなって、勝手に出て行っただけなのだけれど……。


 ……仕方がないじゃないか!八束が必死に、使用人の仕事を覚えていたのだから、そりゃ居心地も悪くなる。友達が必死に勉強してるのに、その隣で、優雅に、ティータイム!ができるほど、意地の悪い人間ではない。八束なら、やりかねんけど。


 とにかく、部屋を出てみたものの、行く当てがない。その辺さまよってて、本当に迷いでもしたら、迷惑だろうし、足は自然と、唯一知っている場所、影井の部屋へ向く事となる。



 ・



 ……と、部屋の前までは来たものの、今度はドアを開けるか、どうかで悩んでいる訳だ。

 突然、部屋に押しかけたら、迷惑かもしれない。でも、電話がないこの世界で、連絡手段なんて存在しないし……。いや、アンジェラさんに伝えておけば、メイドを通じて、影井に話が行ったのかもしれない。でも、影井の部屋に行きたくなったのは、ついさっきで、そもそもが、アンジェラさんの邪魔にならないように……と出てきたのに、アンジェラさんの仕事を増やしていたら、元も子もないだろう。

 つまり、この状況になったのは、どうしようもなかった。


 ていうか、影井なら突然、押しかけても、許してくれるはず。寧ろ喜ぶんじゃないか?そう思うと、何だか勇気が出てきた。俺は思い切って、ドアをノックする。


 コンコン。


「はい。どうぞ」


 少し戸惑い気味な、影井の声が聞こえた。良かった。部屋にいたらしい。

 来客に心当たりがないのが、戸惑いの原因だろう。俺は、


「ああ、ごめん。俺だよ俺」


 と、ドアを開ける前に声をかける。いや、我ながら、オレオレ詐欺のかよ。と突っ込みたくなってしまった。もっとマシな、事は言えなかったのだろうか……。俺。


 それでも、影井にとっては、嬉しかったのだろう。バタバタと言う音が聞こえたと思い、扉を完全に開ききる頃には、目の前に、影井がいた。

 凄い反応速度だな……。この調子なら、俺に位、勝てそうなものだけど。


「わあ!来てくれたんだ!嬉しい!えと、何もない所ですが、どうぞ!!」


 両目を瞑って、手で部屋を指示している。何故、両目を瞑ったんだ?


 何と言うか……。きゃあ!憧れの先輩よ……!みたいな反応がなんだか、擽ったい。普段年上か、クソ生意気な、八束としか、接しないからなあ。


 取り敢えず、部屋の中へとお邪魔させてもらう。

 中は……、全てが一人分であること以外は、俺の部屋と変わらない。そりゃそうか。たった一週間かそこらで、俺たちの部屋と、差をつけられても驚く。どんだけ、部屋にこだわりあるんだよ……と言う。


 ツィア……さん?(影井のメイドさん)が、椅子を引いてくれたので、遠慮なくそこに座る。……でいいんだよな?影井が向かい側に、座ってくれたから、これでいいと信じよう。


「えと、ごめんな。急に押しかけて」

「いやいやいやいや、全然いいよ。むしろ、あ、さっきも言ったかもだけど、嬉しい!まさか、来てくれるなんて思ってなくて……」


 う……。こんなに喜ばれると、邪な理由で来た事に罪悪感が……。


「……?どうしたの?なんか辛そうだけど」

「い、いや、何でもないよ」

「そう?」


 なおもご機嫌を全身で表すかのように、ニコニコ、うきうきとしている影井。

 見れば見るほど、罪悪感である。こんな感じで、無邪気に人を傷つけてそうだな……彼。いや、仮にそいつが傷ついたなら、悪いのはそいつなんだけどね。下手に怒られるよりも、効くわ……。こいつ、もしかして、天才なんじゃ……?


 ちらり、と顔を覗き込まれた。

 ツィアさんだ。なんだろう?と意識を向けてみると、お茶が置かれていた。

 ああ、そういう事ね。


 所で、お茶か珈琲かは、聞かれなかったのは、何故だろう?もしかしてこの部屋には、お茶しかなかったり?

 まあ、どっちも味的には大差ないから、どっちでもいいんだけど。ちょっと、お茶の方が、あっさり飲めるかな?程度の違いしかない。


「えっと、ツィア……さん?ありがとうございます」


 俺は軽くお辞儀をした。

 すると彼女は、驚いたようで、小さく後ずさりをする。あ。いきなり名前呼んだのは、流石に不味かったか。


「あぁ……えっと、って、アンジェラさんが呼んでたのを、思い出したんです」


 我ながら、かなりの、しどろもどろ加減だったと思う。それでも何とか、笑みを張り付けた。


「あ、そうだったんですね」


 意外にも、すんなりと納得してくれた。言ってる内容はともかく、俺の態度で怪しまれても、仕方ないと思っていたのに。

 俺が、じっと見ていると、何を勘違いしたのか、自己紹介をしてきた。


「失礼いたしました……!私の名前は、ツィアフェーデと申します」

「ああ、私の名前は、柏岡孝輔と申します」


 反射的に、自分の名前を答えてしまう。相手は恐らく、知っているだろうに……。

 まあ、いっか。


 名前、ツィアフェーデさん、っていうのか。だから、ツィアって呼ばれてたのね……。

 じゃあ、俺トンデモナイ事、やらかしてるんじゃない?

 だって、ちょっと顔見知り程度の相手を、いきなり馴れ馴れしく、渾名で呼んでたんだぜ?彼女からしたら、恐怖以外の何でもないでしょ。

 彼女の立場になって考えると、ほんと、とんでもない事をしてしまったな、と、後悔することしか、出来ない。


 いや、まだ打つ手はある。これをするのは、自己満足かもしれない。それでも、何もしないよりは、マシだろう。


「えっと、すいません。つぃあ……ふぇーで、さん」


 俺は誠心誠意、謝る。しかし、名前が難しすぎて、発音が怪しくなってしまった。何という事だ……。これでは反省しているように、見えないじゃないか。それに、なんか、間抜けである。

 終わった……。

 俺は怖くて、下げたままの顔を、上げる事が出来なかった。


「ふふふ。そんな、世界が終わった……みたいな顔、しないでくださいよ」


 意外にも、返ってきたのは、笑い声だった。幻聴でも聞いているのだろうか?と顔を上げると、やはり、ツィアフェーデさんは、笑っていた。

 それは、俺にとって予想外で……余程間抜けな面を、晒していたのだろう。ツィアフェーデさんはもう一度、小さく笑った。


「いえ、すいません。顔を見て笑うなんて、失礼ですよね……」


 しょぼん、と今度は、ツィアフェーデさんが俯きそうになったので、慌てて止める。


「いえいえ、気にしないでください。それよりも、そんなに可笑しかったですか?」


 彼女の気にしている所を、掘り返すようで、申し訳ないが、どうしても気になったので聞く。どうも、彼女の中で、俺の表情以外にも、笑いどころがあった気がしたのだ。


「え、ええ……こんな、一メイド如きの、その……名前まで覚えようとしてくださるなんて……」


 申し訳なさそうな顔で俯く、ツィアフェーデさん。

 いやいやいや、悲観的過ぎでしょ。なんでそんな卑屈なの。


 別に、影井も高飛車な奴、って訳でもないよね?むしろ、姿勢は低い方だと思う。だから、ツィアフェーデさんに、傲慢な態度をとって、困らせる……なんてこと、しないと思うんだけど。


 ……あー。でも、影井って、人見知りではあるかも。その所為で、二人が上手くコミュニケーション、取れてなかったりする?だから、黙り込んでいる影井を、ツィアフェーデさんは、『傲慢な勇者』だ、と思い込んでたり?


 うわあ。有りそうだけど、実際、そうだったら、面倒くさい。いきなり、ツィアフェーデさんに、『影井はいい奴ですよー』なんて言うのは、おかしいし。

 さりげなーく、教えてあげれれば、いいんだけど。


「あ、呼びにくいようでしたら、ツィア、と呼んでいただいても、構いません」


 少し恥ずかしそうに、はにかんでいる。

 いや、俺の好感度が上がってもなあ……。意味がないことはないんだけど……。


 まあ、俺の好感度が上がれば、ツィアフェーデさんを説得できる可能性も上がるかもしれない。仲のいい人の言うことは、信用したくなる物だからね。

 そう考えれば、遠回りではあるけれど、一歩前に進んだ……のかも?


「すいません……慣れない発音だったので、そう言ってもらえると、ありがたいです」

「確かに、勇者様方には、私のような名前の方はいませんもんね」


 合点がいった、と言うように、何度も頷くツィアさん。

 何と言うか、素直でいい子だ。目立つ美貌……と言うのはないけど、素朴でいい子だな、と思う。影井との相性も、悪くないんじゃないかなあ。ちゃんと、会話できれば、の話だけど。


「なんだよ、さっきから、二人ばかり楽しそうに話して……」


 ぷくっと頬を膨らませる影井。お前は女子か。俺の彼女か。

 俺的には何とも……いや、寧ろ、可愛いとすら思ったんだけど、ツィアさんはそうでもなかったらしく、ドン引きした表情を見せていた。

 ……えぇ。

 この様子だと、仲良くなるには、かなり、時間がかかりそうだ。


 なぜこんなにも、ツィアさんと、影井の仲を取り持とうとしているのか?と言うと、まあ、言ってしまえば『影井の為』なのである。


 このままだと、影井と一番仲がいいのは『俺』と言うことになってしまう。それは大変宜しくない。何が宜しくないかと言うと、俺が、意味の分からないスキルに呪われているからだ。そう、干渉不可とかいうあれね。確かに、影井に何かあっても、一番に知る事が出来るだろう。でも、ただそれだけだ。助ける事が出来ないんだったら、何の意味もない。

 そんな俺が、一番の仲良しってことは、実質、影井を助ける奴はいないってことになる。それだけは避けたい。


 じゃあ、影井と誰に仲良くなって貰うか?と考えたときに、適任だと思ったのが、メイドさんだったのである。接してる期間は一番長いはずだし、この世界の住人だから、この世界で生きていくうえでも、助けになってくれる筈……。


 これを『影井の為だ』と言うのは、押しつけがましいのかもしれない。けど、善意なんて、得てして、そんなものだろう。

 だったら、押しつけがましがろうが、何だろうが、俺は、影井の為に、行動したい。


 ……改めて考えてみると、影井を大切に思うからこそ、影井と仲のいい人を探さなければならない、と言うのが、中々複雑な状況だなあ。と、ちょっと笑えてくる。

 少し悲しい気持ちが、ないでもないけど、まあでも、もっと仲のいい奴が出来たからって、影井は俺を無下にはしないだろう。そう信じているからこそ、俺は頑張ろうと思えた。

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