視覚共有
昨日と同じように、アンジェラさんが、軽くお辞儀をして出迎えてくれた。
それをスルーして、テレビの前の椅子に座る八束。
どんだけ起動させたかったんだよ。
しかし、起動させるための、リモコンがないことに気が付いたのか、アンジェラさんの方を見る。
「アンジェラさん、リモコンってどこにあるの?」
「ああ、すみません。私が持っております」
スルーした八束を、不思議そうに、眺めていたアンジェラさんは、彼の行動に納得がいったらしく、ポケットから、リモコンを取り出した。
「貴重なものなので、リモコンは私が管理させていただいております」
なるほど。
前の世界での、テレビも高価なものが多かったし、同じくらい高価でも、何ら不思議はない。いや、ラルゴさんが魔法を発動させる道具は高い、みたいなこと言ってたし、元の世界のテレビ以上に高価なのかも。
見た目的には本体の方が高そうだけど、あの大きさの物を、アンジェラさんが、持ち歩いて生活するのは、無理があるだろう。持ち運ぶのは一人で出来そうだけど……。
ん?でも、そんなに高価な物なら、いちいち、仕舞いに行った方がいい気がする。
どこかは分からないけど、こんな大きな城なんだから、厳重な金庫くらいあるでしょ。鑑定石が保管されている所、とかね。
そうしないってことは、テレビ自体は、そんなに高価な物でもないのかもしれない。少なくとも、リモコンの方が価値が高そうだ。
「じゃあ、先に使わせて貰うけどいいか?」
リモコンを受け取った八束が尋ねてくるが、彼はリモコンを握ったまま、テレビの方を見て座っている。どう見ても、譲ってくれる気はなさそうだ。そんなんだったら、態々聞かなくても、いいだろうに。
俺は釈然としないながらも、小さく頷く。すると、早速、リモコンを強く握り、目を閉じ始めた。
彼が目を開けた瞬間、画面には猫のキャラクターが現れた。
……というと、アンジェラさんが出したものと、似ているようだが、その実は、全く違う。
単純化された線なのに、しっかりと猫であるということが伝わってくるからだ。プロが描いたゆるキャラ、と表現すると一番しっくりくるかもしれない。
いや、ていうか、当てつけかよ。同じ猫をチョイスして、それより完成度の高いものを作り上げるとか……。性格が悪いにもほどがある。
しかし、八束は、そのことに関して、あまり気にしている様子はない。むしろ、映ったテレビの方に気を取られているようだ。
アンジェラさんがテレビを使った時もそうだったが、……いや、それ以上に、興奮している気がする。まあ、自分で使うのと、人が使ってるのを、見るのとでは、全然違うだろうからなあ。
ただ、本当にそれでいいのか?八束よ。後ろでは氷のように冷たい目で、アンジェラさんに見られてるぞ……。まあ、そんなことはわざわざ言わないけど。言って、とばっちりを食らうのは、ごめんだからね。
熱が冷めたときに、気が付いて、後悔すれば良いのだ……。
八束は慣れてきたのか、目を瞑ることなく、猫のキャラクターを躍らせていた。……器用なことするなあ。
楽しんでいるところ、悪いけど、そろそろ変わった方がいいような気がしてきた。
ちらり、とアンジェラさんの方を見る。う、うん。微笑ましそうに見ているけど、目は笑ってない。
アンジェラさんのことだから、怒っているからと、怒鳴ったり、仕事に支障が出るようなことは、ないと思うけど、俺が限界だった。静かに怒るアンジェラさんと、それに気が付かない八束……。これ以上、この空気に耐えられない。
「あ、あの、さ、そろそろ変わってくれないか?その機械、結局、俺が上手く使えないと意味ないんだし……」
俺は八束の近くの椅子に座った。
その音に反応してか、苛立たし気にこちらを向く八束。その顔は……怖くないと言ったら嘘になるけども、元がイケメンだから、そう大して怖くないし、見慣れてるのもあって、『ああ、苛立ってるんだな』と思う程度の物だった。
ただ、八束はそうは受け取らなかったらしい。
と言うのも、八束には怖いと思っていなかったが、アンジェラさんには恐れを感じていた。いや、アンジェラさん、と言う存在が怖い訳じゃなくて、アンジェラさんの怒りが、ね。いつ爆発するか分からない、爆弾みたいな感じがする。
ついでに言うと、それに八束が気が付いてないことも、怖さに拍車をかけている。
だから、俺の怯えようを見て勘違いしたのだろう。『自分が怖がらせてしまった』と。
なんというか、まあ、……どんまい。うん。
これで、アンジェラさんの様子に気が付いてくれれば、こっちとしても、安だったんだけどなあ。今の状態は、いうなれば、猿が核爆弾のスイッチをいじってる。なんてのと同じ訳で。そんな状態、一刻も早く脱したいよねえ……。
未だ、謎のチキンレースが続いているという事実に、ため息が出そうになる。しかも直接伝えられないとか、無理ゲーだろ。
先のことを思えば思うほど、心が重くなった。
俺の心がマリファナ海峡くらい落ちたところで、八束は口を開く。
「それもそうだな。分かった」
予想よりも、あっさりと、八束はリモコンを渡してくれた。もっと抵抗すると思ってたのに。
ただ、予想外ではあったけど、譲ってくれたなら譲ってくれたで、そうした理由もなんとなく想像はつく。多分同情しているからだ。分かりやすく言うと、泣いている赤ちゃんに玩具を渡して、慰めるのと同じ。その扱われ方はなんとなく、腑に落ちないが、リモコンを渡してくれるなら、好都合である。
今一番する必要のある事は、『一刻も早く、猫を画面から消すこと』だからな。
俺は、八束の手から、リモコンをひったくるように、奪った。そのあまりの強引さに、八束は驚いていたが、そんなこと、今はどうでもいい。
はやく。画面を……。
……、何に変えればいいんだ?下手に適当な物を映して、八束に馬鹿にされるのはごめんだしなあ。
うーん。
……あ。
目に見えてるもの、そのまま映せばいいんじゃないか?
悩んでいる暇はない。
俺は、八束の方を見て、リモコンを強く握った。
ちらり、とテレビの方を見ると、テレビの中にテレビが映って、その中のテレビにも……と、無限ループしている映像が、見えた。きちんと映ったことが確認できればいいので、慌てて、視線を八束に戻す。
「何がしたいんだ?画面には俺しか映ってないけど?」
アンジェラさんも、不思議そうな顔をしている。そりゃ、今の映像を見たら、そんな反応になるだろうな。勿論、これだけで終わらせる気はない。
俺は、八束のステータスが見たい。と思った。
「おお……!」
画面を見ると、また、ややこしい事になりそうなので、見ないが、声だけで分かる。成功したのだと。
「私の見えてる景色はこんな感じです」
アンジェラさんも、八束も、画面に見入っているのが分かる。
俺は、二人をこちらの世界に、引き戻すために、いつもよりも、少し大きな声を出した。
「これで、視覚共有に、問題はなさそうだね」
狙い通り、この言葉に、意識を取り戻されたようで、二人とも、ハッとする。
「確かに……って言うか、凄いな……これ。話には聞いてたけど、なんて言うか……、マジでゲームみたいだわ……」
「ゲームみたいなのか?」
俺が首をかしげると、八束は大きく頷く。
「ああ、ゲームの設定画面みたいだな。ステータス画面その物、って感じ」
そりゃあ、どちらにしろ、ステータスが見たい訳だから、見やすさを突き詰めたら、同じになるのは、何も可笑しなことではない。寧ろ自然なことだろう。
……とまあ、興奮している八束を、冷たい目で見られるのは、俺が、ゲームに詳しくないからなのは、間違いない。
『似てるー!』だけ言われても……ねえ?『ふーん。そうなんだ……』くらいにしか思えない。ゲームに少しでも造詣があれば、また違ったのかもしれないけど。
ちらり、とアンジェラさんの方を見ると、じぃーっと画面を見つめていた。その表情に、先ほどの怒りはない。どうやら、俺の狙いは成功したらしい。誰にも気づかれないように、小さく息を吐いた。
「でもさ、その能力を持ってるのが、俺じゃなくて、良かったよ……本当」
「なんだよ。嫌味か?」
俺は、覗き魔と言う言葉が、頭にちらつき、眉をしかめる。
すると、俺の言葉が理解できなかったのか、一瞬、八束は固まった。しかし、すぐに頭が回ったのか、ブンブンと手を振る。
「いやいや、そうじゃねーよ?……ただ、無駄にゲームみたいだ、っていう先入観があると……やっぱし……良くないだろ?」
む。それは、その通りだ。
確かに、『この世界は、ゲームみたいだ』なんて思い込みは、ない方がいいだろう。そう思い込んでしまって、自分の命を粗末にしてしまったら、目も当てられない。それが原因で死んでしまいましたー。なんて、笑い話にもならないからね。それに、こんな、どこかも分からないような場所で、死ぬなんて嫌すぎるし。
「でも、俺だって非現実的な感じはしてるんだぞ?だってどう考えても、この世界は前の世界と違いすぎるし……まるで夢でも見てるか、小説でも読んでいるようだ」
「あー、なるほど。お前の場合はそうなるのね……」
呆れたような、納得したような、声で頷く八束。
むしろ、俺がそういった先入観、と言うか、思い込みをしない奴だ、と思われていたのだろうか?確かに、文章として把握している俺よりは、映像として把握している方が、『似た世界だ』と勘違いしやすい……のかもしれないが、うん。そうなのかもしれない。
でも、実際に勘違いしそうになってしまった手前、『俺はそんなことない』……なんて、言えないのは、何だか悔しい。
「お前が苦労してるのは分かったわ。なんか、軽々しいこと言ってごめんな」
そう言って、八束に、ポンと、肩を叩かれた。
……俺は、何を謝られているのだろう?理解できなかったので、じっと、八束の方を見る。
「いや、なんつーか、俺のさっきの言い方、まるでお前は頑張ってない、みたいな言い方だったろ?それが悪かったな。と思ってな」
ん。いや、俺はそんな風には思わなかったけど、まあ、謝ってくれる分は、素直に受け取ろう。その方が、謝った側も、気が楽になるだろうしね。
それに、自分では、頑張った。なーんて自覚、全くなかったけど、でも、言われてみれば、確かに。俺は、頑張っていたのかもしれない。思い込みや、先入観に負けないように。
あくまで自分のために行ったことだけど、こんな風に人に認められると、なんだか嬉しいような、くすぐったいような、気持ちになった。
照れ臭そうに、頬を掻く八束に、にっこりと笑いかける。すると彼は、より照れ臭くなったのか、とうとう、そっぽを向いてしまった。




