力の乱用は身を滅ぼす
「で?結局何だったんだ。あの態度は」
「嘘だね」
俺が即答すると、八束は速度も緩めずに、片眉だけを器用に動かす。
「まあ、だろうな。で?なんでそんな嘘をついたんだ?」
「さあ?」
「さあ、ってお前」
ピタリ、と足を止める八束。釣られて、俺も足を止めた。
「……もしかして、お前、原因を探らなかったのか?」
ギギギ……、と油の切れたロボットのように、ゆっくりとこちらを向く。その表情は、強張っていた。
「心の中を見てないのか?と言う質問なら、見てないよ」
八束は、俺の言葉を聞くと、小さな声で、
「マジか」
と呟いた。
そんなに、何故嘘をついたのか、知りたかったのか?
まあ、確かに、気にはなるけど、本来なら、知りようのないことだし。分からなくても、害はなさそうだったから、見なかったんだけど。
「え?と言うか、気にならなかったのか?」
八束の首が苦しそうだったので、仕方なく、隣まで行ってやる。すると、くるりと、体ごとこちらを向いた。いや、それするなら、俺が動いた意味なくね……?まあいいけど。
「そりゃ、気にはなるけども、自分の好奇心を満たすために、人の心を覗くのは、なんか……駄目だろ?」
「いや、そうは言っても、もしかしたら、俺たちに何か、害を成そうとしている、かもしれないし、何より、心を見たことが、誰かにバレる訳でもないんだろ?」
腕を組む八束。
……言いたいことは、分からなくはない。納得は出来ないけど。
「そりゃ、自分から言わない限りバレないだろうし、害も、ないとも言い切れないけど、自分がされて、気持ちの良いと思わないことは、やらない方がいいでしょ。本人にバレてる、バレてない、に関わらず」
と、ここまで言っても、彼の眉間には、皺が寄ったままだ。まあ、それについては、別に意外でも何ともない。
八束は、あんまり、人の為に自分が被害を被るのを、良しとしていない節がある。言い換えると、自分が不利益なことは、たとえ誰の為だろうとしない。
彼の名誉のために言っておくと、八束が意地悪な人間だ、という訳ではない。寧ろ、困っている人は、多分助ける……と思う。
基本は、優しいからね。
ただ、こう、合理的で、線引きが、きっぱりと出来るだけなのだ。
「それに、ラルゴさんが俺たちに、害を成してくる可能性は、低いんじゃない?」
「証拠は?」
「態度と、それ以外に嘘をついてないこと」
ああ、なるほど。と、八束は漸く納得したように、頷いていた。
「確かに。お前の能力なら、それが分かるな。あの態度が本当なら、俺たちに害を成そうとしてるとは、思えないし」
「それだけじゃない」
まだあるのか?とでも言いたげに、八束は頷くのをやめ、こちらに顔を向けてきた。その顔には、疑問と好奇心が現れている。
「あ、違うよ。ラルゴさんが敵じゃないって証拠が、まだある訳じゃないからね」
「なんだ、違うのか」
がっかりとした様子を見せたが、それでもまだ、興味は失っていないようで、目だけで話を促してきた。
ここでもし、俺の話に興味を持ってなかったら……と思うと、恥ずかしい。何故かと言うと、聞くのを渋られたら、俺がまるで、勝手に自分語りをしようとする、痛い奴。のようになってしまうからだ。
そんなの俺には耐えられない。
「話したかったのは、俺が人の心を極力、覗きたくない理由、ね」
「なるほど。やけに反論するな、と思ったら、そういう事か」
合点がいった、と言うかのように、しきりに首を動かしている。
てっきり、八束には、俺が心を覗くのを避けていることも、その理由も、分かっている事、だと思っていたんだけどなあ。
この勘違いについて、分かってなかった八束が悪い!……なんて言う気はサラサラない。いや、と言うか、俺が悪いんだけど、一概に全部が悪かった。とも言い切れない。
何故かと言うと、それは、『八束が、俺の心の中を分かっている』と勘違いしてしまった要因にある。
そもそも、何故、『八束は俺の事を分かっている』と勘違いしたかと言うと、……それは、まあ、わざわざ言わなくても分かるだろうが、八束への信頼から来るものだ。
じゃあ、勘違いをなくすには……?
一番簡単に思いつく方法としては、信頼しなければいい。
……と、言葉で言うのは簡単だが、信頼をなくす、って具体的に、どうすればいいんだよ?というか、仮に、俺が自分の感情を、思い通りにコントロール出来たとしても、八束への信頼を減らす。なんてこと、俺はしたくない。別に、それの所為で、大きな被害を受けた訳でもないからな。
これだけごちゃごちゃ言ったけど、単純な話、俺を悪いことにすると、八束に対して抱いている信頼が、悪いみたいで、どうも、もやもやする。
……まあ、信頼以前に、きちんと言葉にして表すことが大事。ってことだね。そうすれば、変なすれ違いもなくなるわけだし。手間はかかるけど、当たり前だと思う事でも、きちんと確認しよ。
そうすれば、信頼云々の問題もなくなるし。
うん。問題解決だ。誰か悪いのか問題は解決してないが、解決した、と言うことにしておこう。うん。
「で?その理由ってのは?」
何やら考え込んでしまった俺に、痺れを切らしたのだろう。隣を見ると、難しそうな顔をして、首を捻っていた。俺が考え込んでいる間も、心の中を見ることの、何が嫌なのか、悩んでいたのか……。そう思うと、何だか申し訳ない。
せめて、今からでも、さっさと答えてあげよう。
「まあ、大した理由じゃないんだけどさ、そういう、些細な事で能力を使ってると、単純に、能力なしでは、生きていけなくなる気がしたんだよね」
「どういうことだ?」
……どうも、結論を、さっさと言おう。とし過ぎたがあまりに、間の説明が、言葉足らずになってしまったようだ。うーん。伝えるって、やっぱり、難しい。
「つまり、能力を使うと、その、情報に応じて……例えば、『この人イライラしてるから、近寄らないでおこう』……みたいに行動を変えるでしょ?」
「うん。まあ、そうだな。有益な情報を得られたなら、使わない手はないだろう」
「すると、使っていくうちに、その力なしじゃ、不安になっていくと思うんだ。例えば、目の前にいる人が、何を考えてるか、分からないと、満足に会話できなくなる……とかね」
「ええ……。いやまあ、それは、なる……かも、しれないが……」
最初こそは、若干、引いているようだったが、段々と言葉が、途切れ途切れになっていき……最終的には考え込んでしまった。
「いや、まあ、確かにその可能性は、あるだろう。それも低くない気がする。ただ……、何と言うか……よく思いついたな?」
どういう思考から、そんな言葉が出てきたのか、は、不明だが、どうやら褒められているらしい。褒められてる……んだよな?表情はどう見ても、飽きられてるんだけども。
「そうかな……?普通じゃない?多分、能力を持ってるから、現実的に考えられただけだよ」
俺は謙遜でも何でもなく、そう言うと、八束は
「どーだかね」
と俺に白い目を向けた。
そんな目を向けられるのは、納得がいかなかったので、抗議をしようとしたら、
「まあ」
と先手を打たれた。
……しかし、これが謝罪の可能性もある。そうなると、話も聞かずに、怒るのも違うだろう。怒らなくていいなら、それに越したことはないし。
と、ほんの少しの希望を胸に、耳を傾けることにする。
「お前が、傷つかないに、越したことはないからな。それでいいんじゃね?」
……謝罪ではなかった。なかったけども、どうやら、俺のことを思っているようだ。てっきり、血も涙もない八束のことだから、利点最優先で、反対してくるものだと思ってたけど。
……何と言うか、抗議する気も削がれてしまった。ぶつけられなかった物が、手にあまり、手持ち無沙汰になってしまったので、何となく、八束の方を見る。
「元の世界に戻ることを考えると、それこそ、能力が使えなくなる可能性もある訳だし、……俺としてはそっちの方がいいけど、心の中覗き中毒になってたら、能力ないのはきついだろうなあ……。まあ、何年かすれば、元に戻りそうな気はするけど、その辺は何とも言えないし」
ああ、なるほどね。
確かに、元の世界に戻ったら、能力がなくなる可能性が高いだろう。だって、前の世界には、魔力なんてもの、存在しなかったからね。もし、能力が使えたら、どういう原理だよ。と突っ込みたくなること、間違いなし。
そして、依存症みたいになってたら、確かに、元の世界に帰ったら、キツいだろうなあ。人と話すのが怖くなりそう。最悪、元の世界に帰れる方法を見つけても、帰らないかもしれない……。
そんな、『もしも』を考えて、ぶるり、と体を震わせる。
……自分で選ぶことなんだろうけど、いや、自分で選ぶから、こそ、かな。今では絶対に取らない選択肢を、自分から、取ってしまう。それって、なんかすごく怖くない?うまく言葉にできないけど、自分の大切にしてたものが、否定される感じ……。
そう思うと、やっぱり能力の乱用は、やめた方が良さそう。
人はいつかは、変わる生き物だけど、『人の心を見ないと、生きていけないから、元の世界に帰るのをやめる』なんてのは、どう考えても間違ってるから、予防できるに越したことはないだろう。
と言うか、俺は、帰った時のことまで、考えてなかった。帰りたくなかった……訳ではなく、帰れるビジョンが見えないから、その先が考えられなかったのである。さっき、八束に褒められたけど、八束の方が視野が広い気がする……。俺も見習わないとな。
「そういえば、折角、魔力の出し方も覚えたことだし、帰ったら、あのテレビ見ないとな?」
八束の声は弾んでいた。どうやら、あの……機械?を使うのが楽しみらしい。まあ、魔力を教わってから、まだ一回も使ってないもんなあ。気持ちは分からなくもない。
ただ、この調子だと、俺より先に、使い始めそうである。別にいいけど。
気を付けないといけないのは、テレビに映ったものの出来だ。ないとは思うけど、あんまりにあんまりな物を、映してしまうと、絶対に馬鹿にされる。想像力には自信があるから、ないとは思うけどね。
せめて、八束よりは、上のクオリティじゃないとなあ。
そんなことを、密かに思いながら、八束の言葉に頷いた。




