意外と間違っていると思っていることの方が正しかったりする
「じゃあ、光魔法の騎士ってのは存在しないんですか?」
「しないことはないかのう……。教会直属の騎士団なんかは、光属性持ちが多い。と聞くのじゃが」
まあ、実際に見たことはない。と苦笑いをして見せた。この苦笑いに、どんな思いが込められていたかは、分からない。
「まあ、教会がいくら非道な組織であろうと、その組織に属するもの、全員が全員、悪いとは思わないでおいてくれると嬉しいの」
ラルゴさんは困ったような顔を見せた。そんな顔を見せられては、こちらだって安易に、否定できない。
俺は小さく頷いた。
言ってることも、尤もだしね。教会所属ってだけで、悪い奴だと決めつけるのは、良くない。それって人種差別とか、男女差別と、何も違わないからな。
「もしかして、その教会所属だけど、優しい人、ってのは、ラルゴさんに、恩を売った人の事、なんじゃないすかー?」
聞いてはいるが、もう、そうだと、決めつけているのだろう。白い目で彼のことを見ている。
「いや、あやつは悪人じゃよ」
極めて冷静な声が返ってきた。冷静、と言うか、冷酷?落ち着いてはいるんだけど、ぴしゃりと言い放った感じ。
これは予測できなかったようで、八束は僅かに目を見開いた。
ラルゴさんが喜んで、教会に手を貸してもらった……のではなく、もう、どうしようもなくなって、頼まざるを得ない状況に追い込まれた。か、無理矢理恩を押し付けられた。か、だったのかも。
だとしたら、悪人だ。と言い切るのも頷ける。ただそうなると、律儀に教会を庇ったり、恩を返そうとするラルゴさんって、人が良すぎじゃない?
……ん。違うか。
教会にも、優しい人はいる。だから、その人のために、教会を庇っている。こうか。
まあ、恩を返す云々は、本当にラルゴさんが優しい、と言うか、義理堅い要素になるのだろうけど。
「じゃあ、優しい人、って例えばどんな人なんですか?名前や特徴が分かれば、私たちも安心して接することができると思うんです」
「……ぬ?」
ふむ……と少しの考え込んだが、ラルゴさんは静かに、首を横に振る。
「いや、具体的な人物はおらんよ。ただ、何事に関してもじゃが、そういう思い込みは良くないぞい。とそういう事が言いたかったのじゃ」
……あ、嘘だ。
ここで嘘をつく意味は分からないけど、能力が嘘だと言っているので、嘘なのだろう。
何で嘘ついたんだろ。多分、その優しい人、ってのは教え子だと思うんだよな。だとすると……教え子が、ラルゴさんに逆らって、教会に入る道を選んでしまった、とか?ラルゴさんは、優しい教え子のままだ、と、信じているけれど、実のところは、彼が正しいか、分からない。自分では、教え子、と言うバイアスが、かかってしまって、正しい判断が出来ていないかもしれない。
……そう思って、無関係な俺たちに、判断させようとしてるのでは?
いや、ラルゴさんは、実は、そいつに洗脳されていたから、教会を庇おうとしたのかもしれない。
然し、彼の優しい心が、奥底に眠っており、その部分が、今、作用して、俺たちにそいつの名前だけは教えまい、と抗っているのだ……。なぜなら、彼の名前を知ってまった者は、彼の洗脳下に入るから……。
うん。違うよね。知ってた。見るまでもなく、出会った当初から、ラルゴさんが何の異常状態にも、陥ってないことは分かっていた。でも、ちょっと、つまんないよね。
まあ、面白さより、安心安全が一番なのは、言うまでもないけど。
「そうなんすか。てっきり、誰かを指しているんだ、と思ってました」
照れを誤魔化すように、ハハハ、と笑い声をあげた。それを聞いて安心したのか、ラルゴさんもつられて笑う。その合間に、八束が、「どういうことなのか、後で説明しろよ」と言いたげに、目線をこちらに移してくる。
いや、そんなこと言われても、心の中を覗く気はないから、嘘をついた理由までは分からないぞ?それでもいいのなら……。
……なーんて、思っても、言わなきゃ通じないよなあ。
だから、まあ、うんうん、と頷くだけに留める。
勘違いしてそうだけど、まあその辺も後で説明するしかない。
「そういう事なら、分かりました。俺たちも、そういう偏見持ちすぎないように、気を付けますね」
そこは真面目に同意しかないので、さっきよりも激しく、頷く。するとラルゴさんは、満足げに微笑んだ。
「さっきの続きじゃが、守りに特化した属性があるように、攻撃に特化した属性もある。それは火属性じゃ」
「え?でも水さえあれば、すぐ消火できますよね?」
俺は疑問に思って、つい、間髪入れず、質問を投げかける。
「まあそうじゃの。じゃが、周囲を火で囲んでしまえば、土の壁も意味を成さない。蒸し焼きになってしまうからの。
重要なのは、ほとんどの攻撃を無力化できる、土属性の防御を、崩すことができる点、じゃな」
「あーなるほど。でもそうなると、皆が水属性を使いだすんじゃないすか?そうすれば、攻撃手段として使われやすい、火属性を完封できますし」
「属性が選べればの」
ラルゴさんは、小さく肩を竦めた。
そうだよな。ゲームと違って、属性を選べる訳でもないから、属性が一つに偏ることは有り得ない。故に、土属性は守りに適していて、火属性は攻撃に適しているのだろう。
「それ以外にも、火は燃え移るからの。攻撃手段として、一番、被害が大きくなる。場合によりけりじゃが、その辺も加味して、攻撃に向いている、と言われておるのじゃろう」
なるほどね。
戦争になった場合、確かに、火で攻撃した方が、効率良さそう。
こんな化学兵器顔負けの、魔法がある世界で、戦争がある、なんて、考えたくもないけど。
「じゃあ、逆に風と水の、他の属性と比べた、利点って何かないんすか?」
ここまで来たら、基本属性、全部の利点でも聞きたくなったのだろうか、八束は真剣な表情をしている。
さもすれば、全属性に利点があって欲しそう、にも見えるから、不思議なものだ。
さっきの態度からして、それは無いんだろうけど。
「風属性は飛べるのが利点じゃの。仲間の素早さも上げられるから、補助的な役割もこなせる訳じゃ」
あー。そういえばそんなこと聞いたね。飛べる、ってのはなかなか凄い。
あ、でも、金を払えば誰でも出来るんだよね?だったらあんまり凄くもなくない?
「でも、飛ぶのって魔道具でもできるんですよね?」
頷き、納得しかけていた、八束は、ぴたり、と動きを止めた。そして、ゆっくり、ラルゴさんの方を見る。彼も俺の質問の答えが気になるのだろう。
「そうじゃな」
よく聞いておったな、とでも言いたげに、ラルゴさんは微笑む。
「しかし、じゃ。その魔道具も完璧ではない。細かな調整、長距離の移動、スピード、なんかは、やはり魔法の方が、優れておる。
それに何より……」
そこでラルゴさんは、言葉を切る。
「飛ぶための魔道具は高いからのう……」
何故か、遠い目をした。何かを思い出すように。もしかして、その魔道具を、買おうとしたことがあるのだろうか?
それとも知り合いが、買おうとしてたとか?
まあ、何にせよ、ラルゴさんが高いと言うくらいなのだから、かなり高いのだろうなあ……。だって、ラルゴさん、お城務めだし、かなり稼いでそうだし。
貴族くらいしか買えないレベルのものだったりして。ますます、『空を飛ぶ』という夢は、遠ざかるばかりである。
「では、水属性の強みはなんでしょう?」
俺は思考を切り替えるためにも、ラルゴさんの方を見た。
すると、ちゃんと、こちらの世界に戻ってきていたようで、ほっと一安心する。
「なんと言っても、水を出せる、というのが凄いの。何も無いところから、綺麗な水を出せるのじゃから、それだけで重宝されるのう」
あー。そうかー。
うん、確かにそうだ。
蛇口を捻れば、すぐに水が手に入る。そんな環境……、いや、城の風呂では蛇口を捻れば、すぐにお湯が出たし、何なら、湯船にたんまり、お湯が溜まってたな……。
……うーん?
いや。
いやいや。
あんなに、水が使い放題なのは、お城の中だけだろう。流石にあのレベルで、町の人たちまで水を、それこそ湯水のごとく使ってたら、やばいよ。
近くに大きな川がないと、それは出来ないよね。それも何個も。
ただ、水が貴重だ、と言うなら、そんなことは有り得ない訳で。
だとすると、新鮮な水を何時でも出せる、水属性の使い手は、確かに貴重だろう。砂漠を渡る時なんかは、必須になりそう。
でも、魔法で作り出した水って飲めるんだ。てっきり飲めないものだと思っていた。とんでもなく不味い、とか。それは、水分としてはカウントされないから、最終的には脱水症状になってしまう、とか。
そうじゃなくて安心した。楽なことに、越したことはないからね。いつ追い出されるかも分かんないし。
……あ、なら、もしかしたら、だけど、水が無限に湧いて出てくる袋。なんてのも、あるんじゃないだろうか?だとしたら、便利すぎる。ドラえもんの秘密道具のような物じゃないか。
まあ、あっても、高そうだけど。
「なるほど、それぞれに特色があるんですね。俺はやっぱ、土属性で、がっちり守りを固めたいっすねー。柏岡は、貧弱そうだし?」
そういって、哀れみの目を向けてきた。俺は無性に腹が立ってきて、半分笑いながら、否定する。
「いやいや、そもそも、お前、基本属性の中の、何の属性も使えないし」
「……」
ぎゅっと、口を横一文字に閉じたまま、恨みがましい目で見てくる。無言の抗議だ。
そんな顔をされても、初めに喧嘩を売ってきたのは、そちらだろうに……。
ふん、と俺がそっぽを向くと、ラルゴさんが、まあまあ、と俺達を宥めた。彼に迷惑をかけるわけにもいかないので、不満を顔に出しながらも、先ほどの体勢に戻る。
視界に入ってきた八束も、気に食わないような表情をしていた。
俺も同じような顔をしているのだろう。そう思うと、急に自分が大人げないような気がして、謝るまで、許してやるものか。なんて思っていたけれど、そんな気持ちも失せていった。
「悪かった。さっきの言葉は取り消すよ」
僅かに残った怒りと共に、言葉を吐き出す。
すると、八束は驚いた顔を見せたが、すぐに、いつもの顔に戻り……それから、不敵に笑った。
「分かればいいんだよ。分かれば」
……えぇ。そっちからケンカを売ってきた癖に、言い返されて、傷ついて、挙句、謝っってやったのに、その態度って……。なんか、怒りを通り越して、呆れてくるんだけども。
え……?
暫く呆然としていると、ばしん!と背中に衝撃が走る。驚いて後ろを振り返ると、八束がニコニコ笑っていた。いや、まあ、ラルゴさんがいきなり、背中を叩いてくるなんて有り得ないから、叩いてきたのは八束だと、見る前から、分かっていたのだけど。
ただ、笑顔だったことには面食らった。
「冗談だよ、じょーだん!だからそんな顔するなって!」
そう捲し立てると、すっと、真顔になり、目を伏せた。
「いや、俺も悪かった。うん」
小声で呟く。
その様はかなり反省しているようで、事がくだらない事だっただけに、なんか、凄い、馬鹿らしく思えた。
我ながら大人気なかったしなー。何だったんだろあれ。
なんかもう、記憶から消し去りたい感じ。
俺は、気にするな、と言う意味を込めて、八束の肩を優しく叩く。八束がほっ、と、息を吐いたのが、背中越しに分かった。
「では今日の授業は、ここまでにしようかの」
声の方を見ると、ラルゴさんが目を細めていた。
なんだか、話しにくい空気が、流れていたように感じていた俺は、渡りに船だと思い、勢い良く立ち上がる。
がたっ。
勢いよく、椅子が跳ねた。
「ありがとうございました。明日もお願いします」
態とらしくならないように、軽くお辞儀をする。
顔を上げると、座ったままだったが、同じように、礼をしている、八束が見えた。
「ええんじゃよ、ええんじゃよ。わしの方こそ、色々とすまなかったのう」
召喚魔法の件と、異常状態魔法の件だろう。結果、教えている方も、頭を下げる、と言う異様な光景になっている。
「別にいいですよ。気にしないでください」
これ言うの多分二回目くらいだけど。なんて少し思ったけど、まあこればっかりは、ラルゴさんの気が済むまで謝ってもらうしか、道はないような気がするけど。
「そうそう。俺たちは気にしてないっすからね。俺たちは」
そこだけ、態とらしく強調し、片手を上げると、部屋から出て行ってしまった。
ええ……。そんな去り方ある?
俺は恐る恐る、ラルゴさんの方を見る。すると彼と目が合ってしまった。
慌てて苦笑いを向ける。然し彼は、八束の言葉をあまり気にしていないようで、こちらの表情を見て、不思議そうな顔をした。
その様子を見て、俺は心の底から、安堵した。
八束の言ってることは確かに、正しい。正しいんだけど、落ち込んでいる人に、そんなことを言ったら、追い打ちにしかならない。しかも、言ってることは正しいから、安易に否定もできないし。
本当、質が悪いと言うか、なんというか、拷問とかに向いてそう。
彼にはもう少し、老人を労わる心を持ってほしい。
申し訳なさから、俺だけでも、代わりに謝りたい気持ちが芽生えたが、いきなり謝られても、ラルゴさんが困るだけだろう。
だから、俺は何も言わずに、扉の前で一礼すると、八束の後を追った。




