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転移

「これで全員に説明が終わりましたね?」


 ミューさんの言葉に頷くのが殆ど。反応しないものもいたが、異論を唱える者はいなかった。俺以外の人にはきちんと能力の説明がされてる、ってことなんだろうな……。

 まあグダグダ言ってもしょうがない。いややっぱり心の中で、グダグダ言うぐらい許して欲しい。


 先生は最後に話をしたらしい。普通こういうのって、安全確認も含めて、教師が最初なのではないか?とは思わなくもない。

 最後にしたのは他に理由があるのだろうか?

 例えば三者面談や家庭訪問なんかでは素行の悪いものや、成績の悪いものは多くの場合、最後にまわされる。長い間話をするためだ。

 今回の件にこれが適用されるか、というとそんなことはない。

 話が終わった人から帰れるならともかく、最後まで待たされるのだ。こうなるともはや、後でも先でも変わるまい。

 そもそも最後だけ特別長いこと話していたとは感じなかった。それどころか、全員の話していた時間はほぼ同じだったように思う。これはどういうことなのか。

 世界の管理者というぐらいなのだ。時間の操作もたやすいことなのかもしれない。

 そもそもこの空間に時間という概念が存在するかどうかすら怪しい。教室の時計は動いていないし。あれ、電波時計のはずなんだけど……。


「では今から皆さんを転送……いえ、召喚術の受け入れを行います」

 ミューさんはパチンと指を鳴らす。

 すると、教室の床いっぱいいっぱいに大きな円形の文様が現れた。

 その文様からは、光が溢れだし、どんどんと教室内を侵食していく。俺もその光に巻き込まれ、その眩しさに眼を閉じた瞬間、


 キィィィィィィン。

 耳鳴りがした。頭が割れる。

 耳を塞ぎたくなったが、手が動かない。

 声を出そうとするが、何も出ない。

 意識が朦朧とする中、

 異世界に転移しかかっていたことで、能力が開花しかけていたのかもしれない。

 目を閉じているはずの俺の目にある映像が見えた。


 膝をつき、両手を握り、何かを祈っているミューさん。光に包まれているその様はとても美しく、絵画のようだった。

 世界の管理者であるはずの彼女は何に対して祈っているのだろうか?という疑問はあるものの、その光景自体はすんなり受け入れることが出来た。

 きっと、俺たちの無事を祈ってくれているのだろう。相変わらず、というか、なんというか。

 世界の管理者というのは、皆彼女のように自分の管理する世界に対しての愛が深いものなのだろうか?

 そんなことは無い気がする。管理者という無機質な響きからして、もう少し機械的な物を想像していたぐらいだし。

 きっと俺たちのいた世界はとても恵まれていたのだろう。この世界に生まれてよかった。色々制約はあるものの、出来ることならば、この世界に戻りたい。

 そう強く思ったのだった。


 ・


「召喚成功しました」

「きます!!!!!!」

 辺りが、眩い光で包まれた。と思った瞬間、そこに俺たちが現れた。

 右往左往する、白い法衣を着た者達。感じるのは混乱。焦燥。そして歓喜?

 そして、ざわめくクラスメイト。

 混乱。そう、あたりは混乱で支配されていた。

 そんな中、女がこちらに近づく。くすんだ金髪に、透き通った湖のような色の瞳。少し幼さを残すものの、見た人が息をのむような、彫刻のような整った顔立ち。

 混乱の中、ただ一人、毅然とした姿は異質を感じさせられた。どうやら、この国の姫であるらしい。

 〝見れば見るほど〟まるで物語のようなベッタベタな情報が次から次へと出てきて笑うしかない。

 というか、なるほど。何故だろう?と思うだけで、能力が発揮され、疑問に答えるかのように、文章が現れる。文章の為、脳内の情報過多で気絶……なんてことは起こらない。面倒なら読み飛ばせばいいのだ。

 そして、邪魔だ、消えろ。と思うと消える。

 これ、結構便利かもしれない。


「みなさん静粛に」

 ピタリ、とまるで指揮者が演奏最後、指揮を止めたかのように静まり返る。

 これは彼女の持つスキル、カリスマのおかげらしい。このスキルがあると、人々の目を自分の方に向けさせることが出来るそうだ。

 へぇ。ってことはお飾りの王女様、って感じではなさそうなのかな?


 彼女は心なしか寂しそうな顔をし、口を開く。

「ようこそ。勇者様方。よくぞおいでになられました。私はマレテーナ王国の姫、ルイーザ・アンジェリーク・マレテーナと申します」

 ルイーザ姫はドレスの端を軽く持ち上げ、礼をした。

 再びザワザワとし始めたクラスメイト達。

 それも無理のないだろう。日本ではお目にかかれない様な美人が、オーラらしきものを放ち話しているのだから。

 ルイーザ姫は、ざわめくクラスメイト達を見て、一瞬、ほんの一瞬、大きく目を見開く。まるで、ヴァイオリンから木琴の音が出たかのような驚きようだ。


 こちらも無理のない話だ。

 召喚された当初からチラチラと現れている文章によると、床に描かれている今だ消えることのない文様。ここには俺たちを召喚するためのものとは別の魔法が一つ、付与されていたらしい。

 それは……、


 隷属の魔法。

 掛けられたものを、抵抗のすべもなく奴隷にする魔法。かなり手間と準備が必要な為、実践ではほとんど使用されないそれは、召喚の魔法に組み込むことによって、そのデメリットが相殺されていた。

 主はこの世界の人間全てと設定されていたらしい。

 然し俺たちはミューさんによってそういった類の魔法は効かなくなっていた。

 よって、主の内の一人であるルイーザ姫の命令〝静粛に〟をいともたやすく破ることが出来たのだ。

 このことは、ルイーザ姫も予想できな……、いや、少し違うらしい。

 目を潤ませながら、彼女は小さく「よかった」と呟いた。

 これは確かだ。聞き間違いなんかじゃない。


「あの、姫様、?どうなさったのですか?」

 前に出、心底心配しています。という顔をしているのは、神谷光穂だ。

 イケメン。

 成績優秀。

 運動神経抜群。

 この三拍子がそろったアニメの主人公のような存在を異性が放置するわけもなく。下手な芸能人よりも人気な彼は、ファンクラブが存在すると噂されていたぐらいだ。

 この2人が並ぶと何かの話の一幕のように絵になる。

「いえ、なんでもありませ……」

 全てを言い終わる前に、ふらりと彼女の体が傾く。その身が床に投げ出される前に、一番近くにいた神谷が彼女の体を支えた。

 ふらついてしまったからか、それとも神谷との距離が息もかかりそうなほど近づいたからか、ルイーザ姫の顔が真っ赤に染まる。

「何でもないことはないでしょう?無理なさらないでください」

 ルイーザ姫は神谷の気を使うような言葉に、然し、唇をきゅっと閉じ、前を……俺たちの方を見据えた。

「ありがとうございます。でもそうはいきません。けじめはしっかりつけなくてはなりませんから。教皇、こちらに」

「何用でございましょう?」

 所々、金の糸で刺繍された白い法衣を着た、男が現れる。柔和な笑みを浮かべる彼は、結構年を取っているように見えるが、上品さというか、清潔感が溢れ出ていた。

 が、どうにも胡散臭い。使える能力の中に〝洗脳〟とかいう文字が見え隠れしているのだ。

 宗教と洗脳なんて考えうる限りの最悪の組み合わせではないか。

 怖いから近づかないでおこう……。


「この召喚魔法の中に巧妙に隠されていますが、隷属魔法が組み込まれているのはご存じでしたか?」

 ルイーザ姫は、睨みつけるように教皇を見た。

 その言葉に、クラスメイト達は驚きの声を上げる。その後、ポツリ、ポツリとミューさんに対する感謝の言葉が聞こえた。

 もし、ミューさんが俺たちに隷属魔法に対する耐性を与えてくれなかったら。そんな有り得ないもしもが脳裏に過り、ゾッとする。

「それが本当なら大変な事実ではないですか!!」

 教皇は目を見開き、声を荒げる。まるで本当に驚いているかのような表情をしていた。その演技力には関心を通り越して怖気が走る。

 そう、これは演技なのだ。

 さっきから彼が話す度に、嘘という言葉がチラつく。人の嘘は何かを思わなくても見破れるようだ。

 まあ便利な能力だよね、制約さえなければ。


「……貴方の仕業なのではないですか?」

 冷ややかに告げるルイーザ姫。おお、流石は姫。見る目がある。

 教皇はピタリと動きを止め、慌てたように言う。

「御冗談はおやめください。私がそんなことするはずもないでしょう?伝承されていた元の術式から組み込まれていたのではありませんか?」

「元の術式に隷属魔法が組み込まれていないことは確認済みです。この魔法陣を設置したのは教会。貴方を疑うのは当然だと思いますが?」

「責任の所在という意味では、私のせいではありますね。私の部下の暴走なのですから……」

 目を伏せ、重く、息を吐く教皇。口に手をあて、俯く姿は自分の部下が起こした愚かな行動に心を痛めている上司そのものだ。

 クラスメイトはその様子を見て、話しについていけないのか茫然としているもの、ちょっと姫様いいすぎなんじゃないの……。と教皇に同情するもの等、様々である。


「そういう意味ではありません!!貴方が勇者を陥れた超本人だろうと言っているのです」

 どうにも、ルイーザ姫は何らかの理由で教皇が犯人だと知っているらしい。何らかの理由は……うわ、長い。読むのパス。よく分からないが、2人には因縁があるようだ。

 ってまあそんなことは態々調べなくても、その態度で分かるんだけどね。

 彼女の教皇を見る目は、白々しい演技を見せられて激怒している者の眼と同じだ。言葉からしても、明らかに決めつけてるようだし。

 教皇はそんな彼女をあざけるように、肩をすくませる。


「そんなことを言われましても……。証拠がありません」

 その言葉こそ、犯人が言い逃れする時に使うセリフその物じゃないか!

 と突っ込みたくなる。

 だが異世界にはそんな法則はないのだろう。ルイーザ姫は、くっ……。と悔しそうな声を漏らす。

「それに、勇者様方をいつまで放置するおつもりですか?」

 呆れたような……じとっとした目で見つめられたルイーザ姫は、はっと息を吸い込み、こちらを向く。

「た、大変見苦しいところをお見せしてしまいました。申し訳ありません。今更ですがこんなところでお話するのもなんですし、いったん移動しましょう」

 ルイーザ姫はにこりと微笑むがもう遅い。クラスメイト達は貴族たちのドロドロな世界の一端を見せられ、引き攣った笑いを浮かべていた。

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