空間魔法
それから、ようやく、下手すると、自分が死にかけていたんじゃないか?という事実に思い至り、ぶるり、と体を震わせる。
「あっ。ごめーん」
超軽い感じで謝られた。
いやいや、土下座するレベルの奴でしょ。え?いや、いやいや、確かに、確かにね。急に背後に立った俺も悪いよ。悪いけどさ。えっ。殴りかかるとか酷くない?
しかもあれは、おふざけとかじゃなかった。本気で殺しにかかってきてたよ。それを、そんな軽い、感じで謝られても……。
抗議したいのはやまやまだったが、驚きからなのか、恐怖からなのか、何なのか知らないが、声が出ない。仕方ないから、八束の足を、げしげしと、踏ませていただく。
「おい、何すんだよ」
と、嫌そうな顔はするものの、全く痛そうではない。俺の攻撃力では、こいつに太刀打ちできない、とでもいうのか?!
いやまあ、そりゃそうなんだけど。なんか悔しいな……。
俺は、不服そうな八束を無視して、ラルゴさんの方を向く。彼は、何かを必死に書き込んでいた。……あれ、俺の呪文をメモ、してるんだよなあ……?多分。
「あの、すいません。何を書いてるんですか?」
「おお、お主の呪文を書いておるのじゃ。何かの手掛かりになれば、と思っての」
話している間も、紙から目を離すことはない。
やっぱりね。
「あんまり参考にはならないんじゃないでしょうか?」
そのあまりにも必死な姿に、つい思っていたことが零れる。
「ふむ。どうしてそう思ったのかの?」
純粋にただ疑問に思っただけなのだろう。その証拠に、彼の瞳にそれ以外の感情は映っていない。けれど、余計なことを言ってしまったような気がした。ここで今更撤回する訳にもいかず、しぶしぶ説明をする。
「いえ、大した理由じゃないんですが、私が思ったのは、呪文も個人個人で違うんじゃないかなあ、と。だから、他の人が、私の真似をしたところで上手くいくとは思えません」
「なるほどのう……」
もさもさ、と髭を触りながら、唸った。
何か可愛らしい気がする。こんな年上の人に、可愛いっていうのは失礼かもしれないけど……。マスコットキャラ的な可愛さがある。
「例え、個人個人で適する呪文が違うとしても、お主の成功した、呪文を書き留めるのは、無駄ではないぞい。将来的に、お主と似た人間が現れないとも、限らないし、こういう個人の事例が集まると、ある法則性が見えるかもしれんしのう。」
それはもっともである。現代で言う、統計学、みたいなもんかな。未来のために、データを残して悪いことはないだろう。うん。
「すいません……差し出がましいことを言ってしまって……」
「いやいや、寧ろ言ってくれて嬉しいわい。お主らにはわしとは違う価値観がある。だからこそ、常識にとらわれない発想が出てくることもあるじゃろう。重圧には思ってほしくないんじゃが、そういう意味で、期待しておる。だから、今後も、思ったことがあったら、どんどん言ってくれると、わしとしても、嬉しいのう」
……なんだろ。凄い嬉しい。
何にも知らないくせに、要らない口出しをしてしまった、と後悔していた時に、言われたから、尚更。もしかして、俺が思っていたことが、バレていたのかもしれない。
何にせよ、凄い……うん。凄い人だなあと思う。
だって、タイミングは、なしにしても、こんな若輩者の意見を取り入れられる人間なんて、そうそういない。若輩者、どころではないかもしれない。なんせ他の世界の住民。それも、来たてホヤホヤだもんなあ。数日たったとはいえ、まだ湯気は出てるはず。
しかも、ラルゴさん、結構な重鎮?ぽいし。偉くなればなるほど、思考は凝り固まって、偉そうになっていく気がする。所謂、老害、と言うやつね。
まーでも、本当に優秀な人は、ラルゴさんみたいな考えがあるだろうし、偉い人は、その、両極端になるのかもね。超優秀か、役立たずか。
「あ、じゃあ、空間魔法で、空間を切断!とかはできないんすか?」
意見、と言うよりは、質問を八束はする。
「空間を切断……?歪ませることは出来るようじゃが」
「歪ませるとどうなるんすか?」
「そこにあるものが壊れるのう」
「何それ怖っ」
ぶるり、と体を震わせるが、本当に怖がっている、と言うよりは、茶化している要素の方が多いと思う。
それにしても空間を歪ませる、か。そんなこと出来るんだなあ。いや、前の世界とここでは物理法則とかが違うのかもしれない。それなら、空間が歪もうが、切断されようが納得できる。
「やってみてくれよ」
不意に肩を、ぽん、と叩かれた。
え?やるって空間を歪ませる、とかいうやつのこと?
いやあ、それはちょっと……。ここでやるのは危険すぎやしないだろうか?
その辺の判断を聞くために、俺はラルゴさんの方を見た。
「ふむ、そうじゃな。かなり危険な魔法じゃからのう……。カシオカがもう少し魔法に慣れてから、場所を変えて行うことにしようかの」
「ちぇ……」
怒っている、と言うよりは、不貞腐れているような舌打ちをした。
でもふざけたその行動の合間に、不貞腐れている、と言うよりは、心の底から残念がっているような表情を、一瞬見せる。
これは、真面目に残念がってるパターンだな。
まあ、八束は魔法らしい魔法を使えないっぽいし、そういうの憧れる気持ちも分からなくもない。まあ、いつかは絶対にやるだろうし、あんまり落ち込まないで欲しいわ。
「では他に、どんな魔法があるんですか?」
……なんて聞かなくても、どんどん教えてほしい。おそらく多くの魔法があることだろうし、全部知りたいって言うか、そのたびに聞くのは面倒くさい。
「それなんじゃが……空間魔法は極端に魔法の数が少なくてのう……他にもあることはあるのじゃが、かなり難しい……と言うか誰も発動できないような、伝説級の代物が多くての……」
えっ。まじか。もう魔法ないの?いくらなんでも少なすぎじゃない?空間魔法ってもしかして、あんまり役に立たないんでは?いや、確かに強力なものは多いけど、汎用性がないというか……。一撃必殺!みたいなのには向いてそうだけど、ちょっと敵を弱らせる……、みたいなのには使えなさそうだし。
「空間魔法は、他の属性の魔法と比べて、強力ではあるが、魔力量の消費が激しい、と言われておってのう……。せっかく適性があっても、魔力不足で魔法が発動できない、と言うことが多々あるのじゃ。だからこそ、研究が進んでなくてのう……。ようやく使い手が現れた、と思ったら、大技ばっかり編み出したりしおるんじゃ」
へえ。
やっぱり、人間て大きな力を持ちすぎると、調子に乗っちゃうんだろうか?
調子には乗らないまでも、自分の限界を試したい、と思うのは仕方のないことかもしれない。その所為で、基本的なことが、御座なりになってしまった、と。
凄い迷惑な話だけど、まあ、どうしようもないよね。気持ちは分かるし、別に先人たちも先人になりたくてなってるわけじゃないし。それに頼ろうとすること自体が、間違っているのかもしれない。
ないなら、ないで、俺たちで時代を切り開いていくぜ!みたいな?そんな精神が必要なのかもしれない。
「そう思うと、お主は恵まれておる。運が良かった、と言うか、取り合わせが良かった、と言うか……のう?」
選ぶ言葉に困ったのか、助けを求めるように、こちらを見つめてきた。勿論、言いたいことは伝わっているので、頷いておく。
「なるほど……」
折角、魔力が多くても、生活魔法しか使えなかったら、宝の持ち腐れだし、逆に、せっかくの希少属性持ちでも、魔力が少ないと残念な結果になる、と。
言われてみればそりゃそうか。
その点、うまく噛み合ってる俺は、筋がいいのかもしれない。
世界に干渉できないけどな!!!
どんだけいいことがあっても、この言葉だけですべてを台無しにできる。そんな素晴らしい言葉、世界に干渉できない。
……はあ。
まあ、別にいいや。俺tueeeしたい訳じゃないし。いざと言うときに、なんかの助けにさえ、なってくれればそれでいい。
「さて、それで話を戻すがの。おぬしらに宿題を与えたいと思う」
その言葉を聞いた瞬間、八束の背筋がピンと伸びた。面白い。いやね。確かに俺も宿題は好きじゃないけども。過剰反応にみえて、笑えてくる。
「自分たちの属性の魔法に、どんなものがあるか、考えてきて欲しいんじゃ」
まじか。
そりゃ、さっき、『俺達で時代を切り開くぜ!』とか言ってたけど、あれは冗談、と言うか、もう少し先の話だと思っていた。基礎的なものを学んだ後に、考えるなら、こう……それはそれでありかな、と思っていたのに。思っていたのに。のに。
「マジすか。面白そうっすね」
なんでお前は楽しそうなんだよ。さっきまでの緊張感はどこに行ったんだ。
ていうか、全然楽しめる要素なんてなくない?『ああ、それは難しいのう』って言われてるイメージしか想像できないんだけど。
「まあ、そう気負わんでもいいぞい。ただ、話を聞くだけだと、詰まらんじゃろう?仮に風変わりなことを言っても、それが学びの糧となるのじゃ」
そういって、俺の肩を優しく、ぽん、と叩いてくれた。
なるほど。
失敗したならしたで、俺たちの勉強になるからいいのか。むしろきっかけ作りとして、ありかもしれない。
失敗は成功の基、なんて言うしね。
そう思うと、間違えることへの恐怖が少し和らいだ気がする。
俺は、大きく息を吸い込んだ。
「ありがとうございます。力を抜いて頑張ってみたいと思います」
俺が笑顔を浮かべると、ラルゴさんは、優しい表情で、ほむほむ、と頷いてくれた。




