世界の力
「そうじゃ。原因は不明なのじゃが、唱えても発動できる人が少ないんじゃよ。発動できても、力の制御が難しいらしくてのう……。暴発した、という話も珍しくないのじゃ」
あ、やっぱり。難しいんだ。そりゃ、利点があるから普及してるんだよなあ。しかし、そうなると、この世界の魔法の殆どがミケによって賄われていることになる訳で……。人類、七十億人……もいる訳がないけれど、それでも相当な人数はいるはずなのに、そのすべてを一人で賄っているとしたら、相当な魔力量になるんじゃないか?
……ミケの奴、意外と優秀なのかもしれない。
「しかし勇者である、お主らなら、唱えられるやもしれぬ、と思ったのじゃ」
期待のこもった眼で俺たちを見つめるラルゴさん。
……あ、これなんとなく察したわ。発動しないパターンの奴でしょ。どうせ。ラルゴさんが残念そうな顔をして、八束が悔しがりながら、ミケを罵倒している未来が想像に難くないもの。
「わかりました」
神妙な面持ちで八束は頷いているが、内心ドキドキワクワクしているであろうことを、俺は知っている。
八束は呪文を唱えるたびに、喜んでいるミケを想像してしまうのだろう。それが気持ち悪くて仕方がない、と。然し、嫌悪感から、つい罵倒してしまう。と言うか罵倒なしの呪文なんて、唱えてらんねーよ、という感じなのだろう。
だから一刻も早く、他の方法を習得したい。ただ、全員が全員唱えられるわけでもないらしいので、ワクワクドキドキ。とこういう寸法である。
お……ラルゴさんは呪文を唱え、手に再び炎を灯すと、八束に向ける。
「では、先ほどと同じように、わしに続いて言ってみてくれ
大いなる世界の力よ
その力を持って
火を加減したまえ」
「大いなる世界の力よ
その力を持って
火を加減したまえ」
間髪を容れずに、八束は繰り返した。火を手で覆い、力を込めているが、やはり、火にこれと言った変化はない。
「残念じゃが……」
「もう一回だ!!」
言いかけたラルゴさんを遮って、八束は再度、炎と向き合う。
「大いなる世界の力よ!
その力を持って!
火を加減したまえ!!」
さっきよりも、気合いの入った声で唱える……と言うよりもはや叫んでいる。それでも変化は起こらない。
「適性がなかったんじゃない?」
俺が慰めの気持ちを込めて、肩を叩くと、勢いよく振り払われた。
え?何?痛い。
「罵倒してみたら、成功するかもしれない」
ご乱心か。
何言ってるんだこいつ……。ミケの時ので、アジを占めたのか。なりふり構ってられねーよ、状態だなあ、おい。
まあ、世界の力ともなると、怒りもしなさそうなので放置しておく。
「このくそ世界め!
滅びろ!
その前に火加減頼む!!」
無論、火は動かない。
って、おい。仮に、その呪文が本当に発動してたら、世界滅んでたんじゃないか?ん?あれ?それとも、火を加減する呪文の一部と認識されるのか?
うーん。分からん。
そもそも、呪文のメカニズムが分からないから、何とも言えない。
……んだけど、まあ、その辺はラルゴさんが教えてくれるだろうし、正座で待機してよう。
……もちろん、心の中でね。
「駄目だったな」
俺が哀れみに満ちた目を向けると、八束は黙ってしゃがんだ。
「クソが!!!!」
地面に向かって怒鳴る。
まあ、気持ちは分からなくはない。……うん。ドンマイだな。
然し、忘れてはいけない。
俺も同じ目にあう可能性が高いってことを。いや、それどころかもっと酷い目に合う可能性もある。何せ俺はイケメンではない。よってミケに悪口を言ったら、怒りを買うことだろう。
だから、魔法を発動させるには、ただひたすら、平身低頭する必要がある、ということだ。あのミケ相手に。
それだけは本当に勘弁してほしい。
ラルゴさんは、唐突な大声に驚いたようで固まっていた。
あー。そっか、ネタ分かんないんだよな。ってか、これくらいの年齢だと、たとえ現代の人でも通じるか怪しい気がする。
知ってても、いきなり言われると、心臓に悪いことには変わりないしな。
と言うか、さっきから、老人を虐めすぎではなかろうか?年上は敬え、と教わらなかったのだろうか?まったくもって酷い奴である。
「大丈夫ですか?」
軽く、ラルゴさんの背中をさすると、彼は
「ありがとう、大丈夫じゃよ」
とほほ笑んだ。
「他に呪文はないんですか?」
お願いします、ありますように。という副音声でもつきそうな顔をしている。
本当は勘付いているのだろう。他に呪文なんてないことを。本当に他に方法があると思っているなら、魔法が発動しなくても、ネタとは言え、叫んだりはしないはずだ。今、祈るような表情は見せないはずだ。
ほんの僅かな可能性にも、賭けたかったのだろう。……どんだけ嫌なんだよ。いや、俺も嫌だけど。
「すまぬのう……」
まるで、余命宣告をする医者のような、悲壮感あふれる声を出した。
女神を尊敬しているラルゴさんからしたら、残念な要素など一つもないだろうに、そんな彼に、こんな表情をさせるとは……。恐るべし、八束よ。確かに、今の彼はかなり哀れである。これなら、同情をしてしまうよなあ。
「そうっすか……」
何かを悟ったような、そんな表情を見せる。
それから、すべてを吹っ切ったような、そんな満面の笑みを浮かべた。笑顔なのに、どこか影を感じるような、心が痛むような、そんな顔だ。
「分かりました。俺、余程のことが起きない限り、魔法使わないことにします」
「お、おう。そうかの……」
困ったような、残念そうな顔を浮かべた。しかし、それ以上は何も言わない。魔術の先生としては、彼に魔法を使ってほしい。けれども、彼が女神を嫌っていることも知っている。だから、無理強いをしなかったのだろう。優しいおじいちゃんだ。
まあ、八束は体術中心のスキル構成らしいし、魔法が使えなくとも何とかなるだろう。執事業もそんなに本気でやってるわけじゃないし。
「あの、すいません。では、次は私の属性について知りたいのですが……」
おずおずと聞くと、ラルゴさんは
「おお、そうじゃの」
と、ポンと手を打った。
八束は散々暴れて満足したのか、どうぞどうぞのポーズをしている。
「して、何に適性があったのじゃ?」
「空間魔法?らしいです」
「な、なんと……」
驚きのあまり固まってしまった。そんなに珍しいのか……?まあ、凡庸な属性だ、とは思わないけれど。
まあ、でもこういうのって大概、期待外れなことが多い気がする。
期待させといて落とすやつね。
「いったいどんな属性なのですか?」
俺は、期待しないように、しないように、と自分に言い聞かせる。
「かなりの、希少属性じゃな。空間を操る魔法じゃ」
「例えば何ができるんですかね?」
「空間を広げたり、縮めたり、が基本的な効果じゃのう」
うん。それは聞いた。聞いたけど、いまいち活用方法が分かんないんだよなあ。
「それって、何に使えるんですか?胃袋を広げて大食い大会に出る、くらいしか思いつかないんですけど」
「むしろその発想が、わしにはなかったわい」
呆れたような目を向けられた。そんなこと言われても……思いつかなかったのだから仕方ない。俺がギャグで言っているような顔をされても困る。
「そうじゃのう……例えば、ただの袋に空間魔法をかけて、多くの荷物を持つ、とは聞いたことがあるの」
あー。冒険者が良く持ってる便利アイテムだな?あれ、魔法でも再現できるのか。いや、そもそも、アイテムとして存在しているのだろうか?リーズナブルな物だったら、ゴミ魔法ってことになりかねないけど……。
「因みに同じような効果の魔道具は存在するんですか?」
「まあ、あるにはあるかの」
ん?歯切れの悪い言い方だな。これはもしかして、そのアイテムがとんでもなく、レアなんじゃないか?と期待してしまう。
あの歯切れの悪さはそれ以外ない気がする。
だって、そのアイテムが、ありふれているのなら、勢いよく、『ある』と答えてくれないと文脈的におかしい。
……うん。
これは期待しても、裏切られる心配はないのでは?
むくむくと真夏の入道雲のように、沸いてきた期待を、すぐさま打ち消す。
まあ、いくらレアでも、俺がその魔法を発動できなければ、何の意味もないよなあ。魔力不足とか、才能不足とかで、発動できない可能性は十二分にある。
……期待はなるべくなら、しない方がいい。
期待を裏切られるよりも、初めから期待しない方が、楽だから。
いちいち、細かいところまで矯正していくのは、面倒だ、とは自分でも思う。けれど俺は、大事な局面だけで、切り替えられるような器用な人間じゃない。だからこそ、こういう細かい所から直していくのが一番の近道だ、と自分に言い聞かせる。
二人が妙に静かなので、目線を上げると、心配そうな顔が二つ、並んでいた。
「えっと……どうしました?」
俺が尋ねると、二人は顔を見合わせた。数秒間のアイコンタクトの後、その駆け引きに勝ったのか、負けたのかは不明だが、八束が、こちらを向く。
「いや、何か考え込んでるみたいだったからな……」
ふむ。そんなに分かりやすかったか。
最近、表情筋が活発に動いているような気がする。良い事なのか、悪いことなのかは分からないが。
……いや、誰が信用できるのか、分からないこの世界では、油断禁物だ。どこで弱点を突かれるかすら、分からないから、無暗に自分の気持ちを晒すのはよろしくない。
し、まあ単純に格好良くないしね。
俺は今までしていたであろう、思案顔を吹き飛ばすような、満面の笑みで答えた。
「なんでもないよ。続きを話してもらえますか?」
途中からはラルゴさんに向けて、言葉をかける。
八束は、俺が何も言う気がないことを察すると、黙って肩を竦めた。
……いや、別に話してもいいんだけどね。話すほどのことではない……というか、なんかセンチメンタルな奴みたいで、人に言うのが恥ずかしい。
だから、申し訳なくはあるけど、今回は八束には我慢してもらおう。
ラルゴさんは目を細めた。けどそれっきりだった。
二人とも、気にかけてはくれるけど、俺が何も言わなかったら、それ以上突っ込んでこない。凄い、良い距離間、と言うか、何と言うか、……俺としては助かる。
俺がニコニコしているのを再確認した、ラルゴさんは、
「では続きを話すがの」
と話を切り出す。




