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罵倒と葛藤

「おい、ミケ!

 さっさと、火を小さくしろ!

 バーカ!」


 しゅうう。

 先ほどまで、手のひらサイズだった火が、百円玉くらいの大きさになった。


「な、なんと……」

「これは?成功なんですかね……?」

「成功だろ!」


 胸を張る八束は無視して、おじいちゃんのほうを見る。

 と言うかお前、その魔法、ミケの助けを受けて発動してるんだぞ?あの呪文はあんなに嫌がってたのに、そこはいいのか。俺だったら嫌だけどなあ。


「まあ。成功じゃな……しかし、何故……?呪文が良かったんじゃろうか?」


 むぅ、と唸ると、片手で火を翳し始めた。


「ミ、ミケよ

 火を大きくしたまえ

 ば、ばーか?」


 しゅうう。

 火が消えた。

 ……消えたのである。


「め、女神さまのお怒りじゃ……、な、何故……」

「勢いがなかったのが、ダメだったんじゃないっすかね?」


 なわけがない。んー。なんとなく、八束だけが発動できた理由が分かった気がする。


「い、勢い……そんな、勢いよく女神さまを罵倒するなど……」

「こういうのは思い切りが大事なんだって!物真似とかも、恥ずかしがってやるとすげえ見苦しいっしょ?それと同じですって!」


 多分、ミケって結構ミーハーなんじゃないか?凄い人間らしい、というか、俗っぽい、というか。少なくとも、神様らしくはない。


「それは……確かにそうじゃな。よし、次は思い切ってやってみるとしよう」


 いや、そもそも、神様らしいってなんだ?

 そういえば聞いたことがあるな。ギリシャ神話だっけ?なんかめっちゃ、ドロドロしてて有名なのって。それはもう、昼ドラ並みのドロドロさらしい。昼ドラを知らないんだけど。


 そんな事例もあることだし、神様ってのは案外人間そっくりなのかもなあ……。


「その調子です!」


 八束の声につられて、二人の方を見ると、おじいちゃんが妙に力んでいた。あれ、これもしかして、また呪文ってか、悪口言おうとしてる……?しかも、もっと勢いのある感じで。

 嫌な予感がする……。


「ちょっっと待ってください。

 多分、唱えても、また発動できないと思いますよ。いや、寧ろ、大変なことが起こるかもしれません」


「な、なんじゃと……?」


 おじいちゃんはピタリ、と動きを止めた。


 そりゃあ、もっと酷いことが起こるかもしれないならとりあえず、止まるよね。

 止まってもらわないと困る。なんの魔法を使おうとしてたのか、分からないけれど、ここら一帯が火の海にでもなったら、俺だって困るし。……困るというか、最悪、死ぬんじゃね……?

 人間いつかは、必ず死ぬ。けれども、こんなどこかも分からない世界で死ぬのはゴメンである。せめて日本で、いや、地球で死にたい。


 その為にも、ここで呪文を唱えるのを食い止めなければ……。俺は、唾液を飲み込んだ。


「俺が思うに、女神……様は面食いなんじゃないでしょうか?」

「……ぬ?」


 目をぱちぱちと瞬かせるおじいちゃん。彼からしたら、この仮説は想定外だったのだろう。


「そんな訳ないじゃろう?」


 半信半疑、どころか、毛の程も信じていない様子で、笑い飛ばす。冗談だとでも思っているのかもしれない。


 んー、この様子だと信じてもらうのは難しいかもしれない。

 俺の中のミケの印象としては、完全に、鬱陶しいギャル、って感じなんだけど、おじいちゃん……いや、おじいちゃんに限らず、この世界の大多数の人にとって、女神様は神聖なものなんだろう。それをこの世界に来て間もない俺に、論破できる程の材料はない。


 ……本当にそうだろうか?確かに俺の中にはない。けれども、おじいちゃんの中には……どうだろう?あの女神のことだから、どこかでボロを出しているかもしれない。だって、何でも見れる勇者の目の前で堂々と偽装するくらいだからな。まあ俺如きには、何もできないと、腹を括っているだけかもしれないけど。


 それでも。なんとなく、予感があった。

 この女神、恐らく、欲望にはまっすぐなんじゃないか、と。


 だから……。


「本当にそう言い切れますか?女神が贔屓しているのは、イケメンばかりだったりしませんか?」


 俺は真剣な表情で語りかける。

 すると、おじいちゃんの表情から笑顔が剥がれ落ちていき、こめかみに皺を作り上げた。


「……いや、しかし……まさか……」


 どうやら心当たりがあるらしい。あと、もう一息だ。……と言っても、もう、畳みかける必要はない。俺の目的はミケがどうしようもない奴だと、認めさせる、のではなく、ただ、あの悪口を繰り返すことによって起こるであろう悲劇を起こさせたくない、だけなのだから。

 だから、ほんの少し、猜疑心を与えるだけでいい。


「信じられないならそれでもいいですよ。ただその可能性がある以上、下手に女神を刺激して、殺されても困りますから、悪口を言うのはやめていただけると……」

「そ、そうじゃな。それはそうじゃ」


 おじいちゃんは少し食い気味に同意してきた。

 ……ふう。おじいちゃんが話の分かる人で、良かった。まさか、「呪文を唱える」と駄々をこねる、なんて考えてもなかったが、その可能性もなくはなったわけで、ほんと、命拾いした気分だ。


「えー、呪文、唱えられたのう……」

「そうですね」


 まだ直面した現実が受け入れきれないのか、八束をつま先から頭の先まで、じろじろと見つめている。


「まあ、発動できるなら、それでも問題なかろう」


 さあ、次だ。と言わんばかりにおじいちゃんはこちらを向いた。俺も背筋を伸ばして、それに応える。


「俺思ったんすけど……」


 ぼそり、と八束が呟いた。何事か、と二人して八束の方を見る。彼は俯いていた。彼の表情は見えない。


「ミ……女神が嫌がってたら、魔法は使えないんすよね……?」

「うむ?そうじゃが……?」


 何が言いたいかさっぱり分からない、というような表情で答えるおじいちゃん。俺はなんとなくわかった気がする。


「つまり、あいつは俺の罵倒を喜んでるってことだよな?」

「い、いや、そうとも限らんが……」

「じゃあ、あの女が俺の罵倒を聞いて歯ぎしりをしながら、魔法を発動させてる。っていうのかよ!」

「そ、それは知らぬが……」


 何故八束はおじいちゃんを怒鳴っているのか……。

 おじいちゃん、タジタジである。可哀そうだから早く平静を取り戻してほしい。……いや、これわざとやってる可能性も否定できないぞ。そういう愉快犯的なところ、あるからなあ。


「あんまり、そのシチュエーションは想像できないね。神が何かに縛られるって辺りが特に」

「だろ?!」


 水を得た魚のように、さらに勢いが増す。

 おじいちゃんが何を言ってるんだ、と言いたげな顔をしているが、こういう時は全部吐き出させた方がいいんだよなあ。どうせ言いたいこと言うまで止まらないんだし。


「喜んでいなくとも、少なくとも不快には思ってない、ってのは確かだろ。でもさ、ラルゴさんが言ったときのは、あれ、完全に怒ってただろ。無視どころか、真逆の火を消す、なんて横暴な行いをしたんだからな」


 ……ラルゴさんって一瞬誰かと思った。おじいちゃん、おじいちゃん、って呼んでるから、名前が憶えられてないのか……。そりゃそうである。

 うーん。でも呼び方を変える機会を逃しちゃったんだよな。名前を教えてもらったときに、変えればよかったんだろうけど、おじいちゃん、が定着していたからね。変えるのに抵抗があったんだよなあ。違和感があった。


 でも、流石に名前を覚えられないのは失礼だから、呼び方変えるか。心の中から練習しておかないと、いざって時にできない可能性があるし。

 ラルゴさん、ラルゴさん、ラルゴさん。


「つまり、奴は俺の悪口だけを喜んでるんだぞ?!きしょくわりい……」


 苦虫を口に詰められるだけ詰め込まれたような顔をした。

 あー。そういえば前言ってたっけ。何よりも嫌いなのは、こっちが悪意をもって話してるのに、それに心から喜んで返してくる人間だって。

 まあ、俺も好きではないけど。


「き、気色悪い……とな……」


 今にも、白目を剝いて、卒倒しそうな顔をしている。まだミケを慕っている彼にとっては受け入れがたい暴言なのだろう。というか、暴言自体が受け入れがたいのだろうな……。


「ま、まあ、言いたいことは分かった。つまり、女神様の力を借りずに、魔法を発動させたいんじゃろう?」

「概ね合っているが、一つだけ間違っていることがある」


 八束は、人差し指を突き上げた。なんだなんだ、という顔をするおじ……ラルゴさんに、ニヤリと笑いかける。


「女神じゃない、ミケだ」


 ものすごい決め顔で言われた。いや、そこをラルゴさんに強要するのは違うだろう。だって、元の意味を知らないから、言われてもピンとこないじゃん。意味を教えても、ミケを慕っている、ラルゴさんが言うかどうかは、微妙なところだしね。


「さっきから思っておったんじゃが、何故女神さまのことをミケと呼ぶのじゃ?」


 ほら。

 慌てて、二人の間に割って入る。


「八束のことは気にしないでください。それよりも、他に魔法を発動させる方法はあるんですか?」


 俺は笑顔で、ラルゴさんを座るように促す。

 八束の方を横目で見ると、奴は不服そうな顔をしていた。


「まあ、そういう事なら、他の呪文がないこともない」

「おお」


 この言葉で、表情がころりと変わる。何とも現金な奴だ。


「この世界、その物の力を借りる方法じゃ」


 あれ、それって物語だと、結構終盤のほうに出てくる奴じゃない?それも、ドラゴンとか、エルフしか唱えられない……的な貴重な奴。

 てか、この世界、エルフとかいるの……?あ、それはいるらしい。へえ。


「そんな魔法あるなら、皆そっち使えばいいじゃないですか。なんでミケのほうを使ってるんすか?」

「いろんな意味で不安定なんじゃよ」


「いろんな意味で?」「不安定?」


 同時だった。反芻した言葉は違えど、抱いた疑問も同じことだろう。

 ラルゴさんは、そんな俺たちに対して、こくり、と頷いた。

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