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生活魔法

「今日は少し遅かったのう」


 ドアを開けると、おじいちゃんがお茶を飲んでまったりとしていた。


「すいません。武術の授業が長引いてしまって……」


 謝ると同時に、さらりと人のせいにする八束。

 まあ、事実だからいいんだけども。俺なら謝るだけで終わってそう……。

 でも、八束みたいにこういう事さらっといえる方が、怒られるのは少なくて済む気がする。世渡り上手、と言うか、なんというか……。

 羨ましくはないけれど、凄いとは思う。


「そうか、そうか。それは災難じゃったのう。体は大丈夫かの?」

「余裕っしたね」

「なら良かったわい」


 八束が力こぶを作って見せると、おじいちゃんは微笑ましそうに、目を細めた。

 孫と祖父の会話みたいで、聞いてるこっちまで微笑ましい気分になってくる。


「ところで、今日は何をするんですか?」


 俺が尋ねると、おじいちゃんは髭をもふもふと触り始める。凄い触り心地がよさそうだ。


「ふむ、そうじゃな……話ばかりでもつまらんじゃろう。ちょっと実践を交えて、二人の属性について学んでいこうかと思っておるが」


 おお、となると、空間魔法について教えてもらえるのか……それはワクワクする。

 八束はちょっとピンとこないようで、首をひねっていたが、そんなものは無視である。


「その前にまず、魔力を出すところから始めなくてはの……」

「あ、魔力なら出せますよ」


 八束が遮るように言う。


「なんと」


 おじいちゃんはそんな八束の態度に怒りもせず、素直に驚いて見せた。いつもは細い目が、真ん丸になっている。


「それは……残念じゃのう」


 ぼそり、と呟いた。

 思わず……と言うように漏れたその呟きは、そっとこちらから目を逸らし、遠くを見つめるその顔は、とても悲しそうだった。


 ……そうか。

 確かに、せっかくの生徒なんだから、自分の専門分野の魔力の、しかも第一歩は教えてやりたいと思うのが自然だ。そのことにも気が付かず、武術訓練の時にいい案を思いついた、とはしゃいでいた自分が馬鹿らしい。


 いや、でも気が付いていたとしても、多分、同じことをしただろうな……。影井にとっては死活問題だと思ったし、……おじいちゃんには悪いけど、おじいちゃんが悲しむだけで済むなら、やっぱり早急に魔力を教わった方がよかったと思う。俺たちが魔力を使えるようになってからだと、教わるための口実を考えるのも大変だしね。


 だから俺は、見ない振り、聞こえない振りをした。




「まあ良い、魔力を出せるなら話は早いからの。お主等は鑑定石を使ったと聞いておる。それなら、なんの属性に適性があったのか、教えてほしいんじゃが」


 ちらちら、と八束と俺のほうを見る。

 まあ、そりゃ、教える上で、知っておく必要のある情報だよな。スキルを教えろ、と言っている訳でもないので、何の抵抗もなく、口を開こうとする。

 しかし、それよりも早く、八束が口を開いた。


「俺、生活魔法らしいんすけど……」

「……他に、適性はないのかの?」


 八束は一瞬、ちらりとこちらを見るが、すぐにおじいちゃんのほうを見て、ゆっくり頷く。


 ん?なぜ俺のほうを見たのだろう?何か聞きたいことでもあったのだろうか?

 この場面で見た、ということは、魔法適性に関することを聞きたかったのだと思うけど……。もしかして、適性を見てほしい、とかだろうか?

 それならこちらを見た意味は分かるが、鑑定石に見てもらっているのに、何故態々、俺に見てほしかったのかは……。

 鑑定石のことを信用してない、のだろうか?うーん。ありそう。胡散臭い目で見てそう。基本、何にも信用してないからな、八束は。


 もしかしたら、八束も実はこういうファンタジーの世界に憧れて……るのはあんまり想像できないから、それはないにしろ、使えるのが生活魔法だけだったということにショックを受けて、事実を受け入れられないのかもしれない。


 その場合は、はっきりと言って、現実を分からせてやった方がいいのかもしれない。現実逃避したままってのはだめだよな。うん。

 そのためには、実際に見てやった方が、誠実ではある。もしも、彼にほかの適正があった場合、確認しないで、他の適正はない!なんて言ってしまった日には、どうなることか。いや、たぶん誰にも分らないから、どうってことはないと思うんだけど、友達として、ね?

 凄い不誠実だし、それだけは避けたい。


 鑑定石の能力はしょぼいけど、偽物ではないし、魔法の適正に関しては漏れがあるようには思えないけど、まあ、念のため、だ。念のために、彼の適正を見ることにしよう。


 それが彼の望んだことでもあるだろうしね。



 ……えーと?生活魔法……はその通りだろ、その隣には、身体強化、とある。


 んん?

 これも魔法の適正なんだよな?

 だとすると鑑定石が検知しなかったのはおかしい。あれが偽物ではないことは俺の目で分かってるから、鑑定石の不備でないことは明らかである。


 となると、……その後に適性が変わったのだろうか?

 だとするといつ?


 八束は、俺が倒れた後、何をしていたんだろう?

 鑑定石で鑑定を行った後、フォルちゃんと出会って、追いかけごっこをした後、俺の部屋に来た、ってとこかな。その間に適性が変質したとは考えにくい。

 となると、その後か……?


 その後は、俺と能力について話して……、

 あ。


 ああ、もしかして、あれか?

 俺の執事になったやつ。


 そのお陰で、前衛系のスキルを会得したなら、魔法の適正が変化していても不思議はない。

 で、八束はそれが俺に聞きたかった、と。


 あー。なるほどね。それなら納得だ。


 ……自分のことじゃないから、すっかり忘れてた。


「そういえば、八束、身体強化の適正もあるって言ってなかったっけ?」


 俺が言うと、八束は数秒間こちらを真顔で見つめた。その後、ふっと笑顔になると、俺の背中をバンバン叩く。

 いったい。あまりの痛さに、げほげほとせき込んだ。


「そー言えばそうだった。すっかり忘れてたわ」


 な、なぜそんなに力いっぱい叩くんだ……。非難するように、八束をにらむが、こちらを見ようともしない。そのうち、目が疲れるだけで無意味だと悟ったのでやめた。



「ふむ」

 おじいちゃんは俺たちを眺めた後、


「そうか、身体強化か……」


 と難しい顔をしてしまった。


「どうかしましたか?」

「いや、身体強化はわしの専門ではないからのう。知識はあるが、実践的なこととなると、騎士団に教えてもらった方がいいじゃろう」


 あー。なるほど。

 確かに、身体強化魔法って、魔法ならざる魔法、みたいなイメージはある。おじいちゃんみたいな人が、身体強化魔法使えてもなあ……って感じもするし。


「となると、教えることがのう……」


 ない、という事か。

 んー。それは俺ではどうしようもないなあ。八束が悪いってわけでもないし、まあ、俺の適正を言ったら、落ち込みも軽減されるといいなあ。空間魔法だから、おじいちゃんの専門外ってこともないだろう。俺が魔法に適性があるからこそ、八束に魔法の適正が現れなかったんだろうしね。


 俺がおじいちゃんに声をかける前に、八束が切り出す。


「そもそも、生活魔法ってどんなのか教えてほしいんすけど」

「……と、言われてものう。そのままじゃしなあ」

「そのまま、って……」


 八束はあきれたような声を出した。そりゃそうだ。その説明じゃ、何一つ分からないもんなあ。


 でも、おじいちゃんの気持ちも分かるかもしれない。

 数学が苦手な同級生に数学を教えるのと同じ感じなんじゃないかな?

 基本的には分からないんだけど、たまに思わぬことを覚えていたり、知っていたりするから、何も知らない子供に教えるよりも却って、やりにくい、というケースね。


 そう考えると、こちらから何が分からないか、示した方が、効率は良さそうだ。


「んー。じゃあ、火を起こせるんですか?」


 お、ナイス対応。

 俺みたいにごちゃごちゃ考えたわけではない。恐らく、今までいろんな人と話してきた感覚とか、経験から導き出した結論なのだろう。


 うーん。羨ましい。こうやって頭の中でごちゃごちゃ考えるから、ワンテンポ遅れて人と会話しにくくなるんだよな。でも間違えるのが怖いから、考えてしまう。


 羨ましいのは、何も考えずに話せること。ではなくて、直感的に答えが導き出せること。なんだよな。でも、それを会得するためには、いろんな人と話す必要があるわけで、今のやり方じゃ、うまく人と話せないから……と、このループである。

 つまりどうしようもないんだよなあ……。


 思わず、ため息を漏らすと、八束が何事か、というようにこちらを見てきたので、慌てて何でもない、という意味を込めて片手を振った。


「いや、火は起こせないのう。火の調節ならできるぞい」

「んー、その辺が良く分かんないんすけど、生活魔法って、色々できるんですよね?」


 八束の言葉に、ぐっと詰まり、声を漏らすおじいちゃん。


「色々、とな。色々は出来ないかのぅ……」


 おじいちゃんは、うーんと唸り、あごの髭を触り始めた。


「まず、物質を生み出すことは出来ぬ」


 ふむ。なるほど?

 八束は今の説明ではいまいち理解できなかったようで、眉にしわができている。

 その様子を見たおじいちゃんは、さらに続けた。

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