メイドたちの懸念
「分かりました。では私が彼をベッドに運びますので」
これで満足でしょう?というかのように、アンジェラさんはメイドのほうを目だけで見た。メイドの方はと言うと、るんるん、と効果音が付きそうなほど、ご機嫌そうな顔をして、「ありがとうございます」と頭を下げた。
素直に礼を言われたのが嬉しかったのか、アンジェラさんは何も言わなかったが、その表情は少し和らいでいるに見えた。
アンジェラさんは、ネーロさんから影井を受け取ると、流石と言うべきか、案の定というべきか、危なげなくベッドの上に乗せた。
その様を、メイドは尊敬の眼差しで。ネーロさんは何とも言えない表情で眺めていた。運んでいる本人は、と言うと無表情である。
まあ、もっと重いものも平気で運べそうだしな。寧ろ、重たそうに物を持っている所を想像できない。
運ばれている影井は、と言うと、幸せそうな顔で気絶している。あまりにも幸せそうなものだから、俺も気絶なり、倒れるなりしたら、アンジェラさんに運んでもらえるのでは……?と想像してしまった。
その後、すぐに、八束が出しゃばってきて、俺を運び始めたけれど。まあそれが自然だよな。
アンジェラさんは丁寧に、布団をかけ終えると、こちらを振り返る。
「ほかに用事はないですよね」
「そうだね。ありがとう」
明らかに俺のほうを見ていたので、半ば反射的に答える。
「では帰りましょうか」
この言葉をきっかけに八束とアンジェラさんが部屋を出る。
「じゃあ、俺も戻るわ」
ネーロさんは軽く片手を上げながら、退出した。
俺も三人の後を追うように部屋を出る。なんとなく、振り返ると、深々とお辞儀をしているメイドが見えた。見えはしないだろうけど、一応、軽く頭を下げておく。
「おーい、なにしてんだー?」
八束だ。
早く来い。という事だろう。慌てて、彼らの後を追いかける。
思い込みは激しかったけど、悪い子ではなさそうだった。あんなに警戒しているのも、影井のことを思っているから、なんだよな。そう思うと、あまり否定的にもなれない。
初めに、ミケの差し金なんじゃないか~と思ったのが恥ずかしいくらいだ。
影井にも、いいメイドさんが付いて良かった。
……そういえば彼女の名前、聞いてなかったな。今度会ったときにでも、聞いてみよう。
・
「お、ついたな」
ネーロさんは俺たちの部屋を覚えていたようで、立ち止まる。
「あーっと」
と、何かを言おうとして、黙り込む。
「……なあ」
「なんですか?」
ネーロさんの声に八束が反応する。
「今思い出したんだが、さっき俺たち、いい感じで別れたよな?」
「分かれましたね」
「その後、すぐ会ったよな?」
「会いましたね」
「なんか俺ダサくない?」
「ダサいっすね」
「……」
ネーロさんの表情が能面のようになってしまった。
だ、大丈夫だろうか?八束もそこまではっきり言わなくていいだろうに……。確かに恥ずかしくはあったけども。
はじめ、触れられなかったから、忘れているものだと思って、安心しきってたんだけどなあ。言われるまで思い出せなかったくらいだし。そのまま、触れないで別れていれば、みんな幸せになれた気がする。なんで掘り返してしまったのか……。まあ、対応するのは俺じゃないから、いいんだけど。
一番恥ずかしいのは、言った本人だろうしね。
「そもそも、お前らが、部屋戻るんで、同じ方向ですよ、とか言ってくれりゃ済んだ話なんじゃないのか?」
わ。八つ当たりだ。八つ当たりだけど、一理あるっちゃ、あるんだよな……。
「影井を運びに行く、なんて知らなかったんだから、仕方がないじゃないですか!」
「倒れてんだから、運ぶに決まってんだろ。それくらい考えりゃ分かるんじゃねえか?それともなんだ?俺がシュンをそのまま放置するとでも思ったのか?」
「運ぶのは分かっても、どこに運ぶかなんてわかりませんよ。医務室みたいなところに運ぶ可能性もありましたしね」
「む……」
ネーロさんが言葉に詰まったところで、八束がさらに畳みかける。
「そもそも、考えれば分かる、と言うなら、訓練後、俺らが部屋に戻ることも、分かるべきなのでは?」
「いや、食堂に行くもんだと思ってた」
「……」
「……」
二人はしばらく、無言で見つめあった後、ネーロさんが切り出す。
「この件は事故だった、ということで」
「さんせー」
二人は、息を合わせたかのように、同時に頷いた。
え?いやいや、今のはいったい何だったんだ?まったく意味が分からないんだけど……。
謎のノリに、困惑した俺は救いを求めるようにアンジェラさんを見る。
彼女は二人に絶対零度の視線を向けていた。
そこに救いはなかった……。
まあ、予想してないことはなかったけど。
はあ、仕方ない。結局のところ、信じられるのは自分だけなんだから……。
「じゃあ、私、帰りますね」
そういった瞬間、アンジェラさんがドアを開けてくれる。
流石だ。
「ひとつ言いたいことがあります」
アンジェラさんが、ドアを開けたまま固定させた後、ネーロさんのほうを向いた。気になったので、立ち止まり、二人を見る。
ドン。
視界が真っ暗になった。
いきなり止まったせいで、そのまま進もうとした八束とぶつかったらしい。
慌てて一歩下がり、視界を確保する。
八束も同じように下がったので、丁度いい距離ができた。
アンジェラさんが、心配そうな、申し訳なさそうな目でこちらを見てきたが、俺に怪我がないことが分かると、ほっとした表情の後、きりっとした顔に戻る。
「あまり、カシオカ様を虐めないで頂けると助かります」
ネーロさんはその言葉に、心外だ。と言いたげな顔をして、反論をしようと口を開くが、アンジェラさんに遮られる。
「ツィア……カゲイ様のメイドも心配しておりましたが、気絶するまで訓練するなんてありえません」
「……そうか?」
「ありえません。それに、彼ら勇者は騎士でも何でもありません。今までごく普通に暮らしてたんですよ……それを気絶するまで訓練をするなんて……」
「……そうだな。今度から気を付ける」
ネーロさんは真剣な表情でうなずいた。
思ったことが二つある。
まず、影井のメイドの名前。ツィア……っていうのか。名前は複雑、というか発音しにくい名前なんだなあ……。まあ、この国ではメジャーなのかもしれないけど。
出来れば、本人から名前を聞きたかったのはある。ある、けど、まあ仕方ないな。
少し残念だけど。
二つ目は二人の会話についてだけど……
んー。何というか、微妙な気持ちだ。影井が無理やり訓練させられたなら、何らかのハラスメントに該当して、ネーロさんが悪いってことになるんだろうけど、今回の場合は本人が望んでたからなあ。
本人了承済みだったら、気絶するまで鍛えていいのか?と聞かれると、これもまた微妙だと思うけどね。やっぱ本当に本人のためを思うなら、縛ってでも止めるべきだとは思う。気絶して倒れるときに、頭でも打ったら、それこそ、取り返しのつかないことになる訳だし。
まあ、実際にできるかどうかは、別にしてもね。
何が言いたいかって言うと、ネーロさんも、訓練をやりすぎた、とは思ってたみたいだし、傷口に塩を塗りたくってる感じがするなあ、と。
うん。アンジェラさんの言ってることは正しいし、俺のために言ってくれてるのは分かるんだけどね。
「分かって貰えてよかったです。では明日からも、カシオカ様方をよろしくお願いしますね」
「ああ」
アンジェラさんがお辞儀を、八束が手を振り、ネーロさんを見送る。
俺も、軽く会釈すると、振り返ったネーロさんがにやりと笑った。
「気絶する手前なら、良いってことだよな?それまでは甚振ってやるから覚悟しとけ」
アンジェラさんが何かを言う前に、ネーロさんは走って逃げる。
ものすごく綺麗なフォームだなあ、と場違いな感想が浮かび上がった。




