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影井のメイド

 コンコン。

 八束がノックをする。


「はい、どちら様でしょうか?」


 アンジェラさんの声だ。まあ、当然だよな。他の声が聞こえたら、びっくりどころの騒ぎではない。


 すぐに出ないのは、あくまでアンジェラさんがメイドだから、なのだろう。主人の俺がいないのに、勝手に部屋に通す訳にもいかないからね。

 俺はわざわざ自分の部屋に入るのに、ノックなんてしないから、今まで分からなかったけど、こういう些細なことからも、アンジェラさんの優秀さが浮き彫りになる。

 これなら影井の部屋も知ってそうだ。


「俺だよ。俺」


 まるで一昔前に流行った詐欺のようだ。いや、名乗れよ。


 それでも、アンジェラさんは分かったようで……まあ、電話越しでもないしな……ドアを開けてくれた。


「お帰りなさいませ」


 相変わらず完璧なお辞儀である。

 そして彼女が顔を上げると、ネーロさんも視界に入ったようで、微かに目を大きくする。


「こちらの方は……?」

「ああ、しがない騎士だ。気にしないでくれ」


 ネーロさんがアンジェラさんから目を背ける。なんだ?疚しいことでもあるのだろうか?


「騎士団長のネーロさんっていうんだ。俺らの先生でもある」


 八束が何かを察知したのか、ネーロさんの後ろに行くと、彼の背中を押し出した。ネーロさんは、半ば躓くように、前に躍り出る。なんとなく、俺も半歩下がっておく。


「あら、騎士団長様がこんな所で何をなさっているんですか?」


 きゅうっと目を細めるさまは、まるで獲物を見つけたライオンのようだ。笑顔なのになぜか怖い。

 ネーロさんも、冷や汗をかいているようだった。


「こ、今回はサボりではないぞ?倒れた生徒を部屋まで運ぼうと思ってだな……」

「今回は、ですか……」

「ぐ……」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだろう。

 いや、出てるけどね。ぐうの音。


 数秒間、沈黙が続いた後、アンジェラさんが、はあ、とため息をついた。


「まあいいです」


 その瞬間、ネーロさんの肩の力が抜けたのが分かった。

 それに二人の関係性も。

 要は、ネーロさんがサボリ魔で、アンジェラさんはそれを窘める立場にあるのだろう。

 うん。なんとなく想像ができるなあ。


「それで、その、倒れた生徒、というのは……?」


 そういいながらも、ちらっと、ネーロさんの腕の中に目を向ける。


「そうそうこいつ。影井っていうんだけど、誰も部屋が分かんないからさ、もしかしたら、アンジェラさんなら知ってるかも。って」

「なるほど。そういう事でしたか……それなら案内できますよ」


 それを聞いた影井は、おお……と感嘆の声を上げた。ネーロさんの表情も心なしか、和らいでいるような気がする。



「では、ついてきてください」


 アンジェラさんは部屋の外に出る。俺たちもそれに倣って、部屋から退出した。



 ・



 影井の部屋をノックし、事情を説明すると、メイドが出てきた。

 専属メイドには、美人な子が多い。しかし影井のメイドは……何というか、地味だった。

 茶色の目に、茶色の瞳。鼻や頬には雀斑があり、長い髪の毛を、三つ編みにして……田舎の町娘、と言われたら大多数の人が想像するような……そんな顔だ。

 不細工ではないけれど、顔が整っているとも言い難い。


 こんなことを言うと彼女に失礼かもしれないが、作為を感じる。これも、ミケからの嫌がらせ、と言うかなんというか……。


 ……いや、流石に考えすぎか。

 こんなみみっちい嫌がらせ、仮にも女神なんだからする訳ないよなあ。一応女神なんだし。


「カ、カゲイ様……!!!」


 影井のメイドは悲鳴に近い声を出すと、ネーロさんに駆け寄る。


「大丈夫だ。気絶してるだけだからな」


 温室育ちの俺にはどこが大丈夫なのか分からなかったが、この世界の人とは感覚が違うのだろう。


「だ、大丈夫じゃないじゃないですか……」


 眉を落として、半泣きで言うメイド。

 ……この世界の人と感覚が違うわけじゃないな。


 影井のメイドの意見ががこの世界の世論、というのは無理があると思うけど、なんとなくの印象の感じ、メイドは一般人に近い感覚を持っていそう。特に、影井のメイドに関しては。

 対して、ネーロさんは騎士だから、今まで、多くの修羅場を乗り越えてきことだろう。そんな彼が、ごく普通の村人と同じ感覚を持っている……とは考えにくい。

 騎士特有の感覚……と言うべきなのか、そんなものがあるんだと思う。


 因みに、俺の印象だけで話すと、同じメイドでもフォルちゃんは村人より。アンジェラさんはネーロさん寄り。根拠は全くないので外れてても知りません。



 とまあ、それはともかく、そんな彼にとっては気絶なんて大したことがなかったのだろう。

 危うく騙されるとこだった。


「とりあえず、早くベッドにカゲイ様を寝かせないと」


 ずいっとネーロさんに向けて両手を突き出す、メイド。ネーロさんの動きが固まった。何がしたいのか分からないのだろう。大丈夫だ。俺も分からない。

 そんなネーロさんにいら立ちが募ったのか、声を荒げるメイド。


「カゲイ様をこちらに引き渡してください」


 なんですと。

 いくら影井がこの年頃の男の中では小さな方だからと言って、無理があるだろう。どう見たって、影井のほうが重たそうだし、こんなか弱い女の子が運べるとは思えない。


 ……もしかして、アンジェラさんみたいなパターンなのだろうか?見た目に反して、力持ち……という。それがメイドの必須スキルだったりする?


 だとすると、世の男の夢が壊れかねないのだが……。

 嫌でしょ。自分より力持ちな女の子なんて。

 ……勿論、そういうのが好きな人もいるだろうけど。俺からしたら、少数な気が……って、なんの話だよ。


 どう対応するつもりだろう?とネーロさんのほうを見てみると、彼は彼でアンジェラさんのほうを見ていた。了承するか否か、ネーロさんも判断しかねているのだろう。だから、アンジェラさんに助けを求めた、と。

 うん。俺もそれがいいと思う。アンジェラさんに任せておけば悪いことにはならないからね。


 アンジェラさんも視線に気が付いたようで、やれやれ、と肩を竦めると、メイドのほうを向いた。


「あなたの力では、カゲイ様を移動させることはできないわ。彼に任せておきなさい」


 あ、やっぱ無理なんだ……。

 正直、彼女まで力持ちじゃなくて少しほっとしている自分がいる。いや、彼女が力持ちだとしても、彼女が悪い訳じゃなくて、むしろ非力な俺が悪いんだけど……。その癖に中途半端なプライドはあるっていうね。

 ……今後の訓練で、筋肉が付くといいなあ。



「で、ですが……」


 悔しそうに顔を歪ませ、唇を噛みしめるメイド。


 というか、なんでそんなに影井を運びたいんだろう?

 メイドの矜持みたいなものなのだろうか?『私のご主人様の世話をするのは、私の仕事だ!ほかの誰にも渡さない!』みたいな。



 〝あの、男は信用ならない……。騎士団だか、何だか知らないけれど、気絶するまで訓練するなんて……ここまで連れてきてくれたのは、感謝してるけど、それとこれとは別。さっさとカゲイ様を悪の手からお救いしなければ……!〟


 ん。ん、ん?

 矜持なんて全く関係なかった。

 なるほど、ネーロさんを警戒してたのね。

 それにしても、警戒しすぎな気がするけど……。親でも殺されたのだろうか?ってくらいの敵意だ。


 向けられた本人は対して気にする様子もなく、のほほーん、としているけれど。……気づいてないのだろうか?

 いや、気付いてはいるみたいだ。

 これだけ警戒されていても、気にも留めないその図太さ。是非、見習いたい。


 これどう始末付けるんだ、とアンジェラさんを伺うと、彼女は二人を交互に見て、深いため息をついた。

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