サボリ魔
何も言わず、見送っていた……いや、茫然としていたのかもしれない。それなら動かなかったのではなく、動けなかったので、仕方のない話なのだが、二人の背中が随分と小さくなった時に、八束が、あ、と声を上げる。
何事かと彼のほうを見ると、神妙な面持ちをして、前……二人のいる方向を見つめていた。
「……俺たち、今から部屋に戻るんだよな……?」
「あっ」
理解した瞬間に声を上げていた。
みなまで言わずとも分かる。つまりネーロさん達と同じ方向にいかなければならない、ということだ。なんかあの別れ方した後、直ぐに会うのは、気まずい。
かといって、追いつかない程度のスピードで後をつけるのも、なんか気分が悪い。
「どっか、寄り道でもする?」
「どこにだよ」
……と言われましても。
「しょ、食堂とか?」
「マジで言ってんの?」
「……冗談でございます」
ふん。
……鼻で笑われた。
そこまで馬鹿にするなら、お前も案を出せよ。と、言いたくなったが抑える。
鼻で笑っておいて、何も言わない、ということは、八束にとって、寄り道をする、という案自体が下策なのだろう。
「そもそも、寄り道をして誰かに出会ったら、面倒くさいだろ?」
「誰かって誰だよ」
もしかして、神谷たちのことだろうか?まあ、確かにちょっと面倒くさかったけど、もう、討伐に誘われることもないだろうし、そこまで毛嫌いしなくてもいい気がする。あー、でも話してて、ボロが出たら最悪か。
……ん?
これって今後も、続くんだよな……?とすると、一生神谷たちを避けなければならない、と。それは……何というか、これからの行動にも差し支えると思うし、気分的にも宜しくないなあ。
うーん。
嘘なんてつくもんじゃない、ってことか。
まあ俺がついたものじゃないんだけど。
「言わせるなよ。メイドだよ」
あー。なるほど。そっちか。自分のことじゃないから、すっかり忘れてたけど、確かに。八束にとっては、苦手、とか、ボロが出たら不味い、とかよりも、真に迫った問題だもんな。
何故、言いたくなかったのかは分からないが、ご愁傷様である。
「まあ、忘れてました!てへっ☆みたいなテンションで行けば何とかなるだろう」
てへっの後に、星でもついているかのような、きゃぴきゃぴさだった。いや、自分でも何を言っているのかわからないけれど。
まあ、要はとてつもなく、気色が悪い、ということだ。
「吐き気を催すほど気持ち悪いな」
「……我ながらそう思ったわ」
わざとらしく、おええ、と吐くような真似をした。
他人は、本人が気持ち悪く思っているのの何倍も、気持ち悪く思っている、と自覚してほしいものだ。
いや、別にいいけど。
気持ち悪いのは否定できないけれど、それよりも、そういう事を恥ずかしげもなくできる精神力、というか、思い切りの良さに関心してしまう。
「まあ、何とかなるっていうなら信じるけど……」
その代わり、俺は何もしないからな、という言葉を心の中でだけ付け足す。
「おう、任せておけ。まー、そもそも、二人と出会えるとも限らないしな。ただ、出会ってもいい、って思ってるだけで、心持が違うだろ?」
それは確かにそうだ。避けたから出会わなかったのと、たまたま出会わなかったのは、全く違う。前者は罪悪感が沸くし、後者は何とも思わない。
八束はそういう事を気にするタイプじゃないから、俺に気遣ってくれているのだろう。
もしも、八束の何とかなる、が空元気だったとしても、心の中を見ない限り、俺には知る由もない訳だし、安心して部屋に行ける。
うん。素晴らしい対応だ。
とはいえ、これが俺一人だったら、メイドちゃんに追いかけられる懸念もないため、適当に寄り道でもして、難を逃れていただろうけど。
そう思うと、自分のしりぬぐいを自分でした、ってだけの話で、感謝する必要もないのかもしれない……?いや、それでも感謝はするけど。
俺はすっかり、安心しきっていた為、ずんずんと何の憂いもなく歩いて行った。
八束には
「信用しすぎだろ」
と呆れられたが、
「誰彼構わず、むやみやたらと信用している訳では無いので、安心してほしい」
と言うと、何とも言えない顔をされた。
そんなこんなで部屋の前の廊下まで辿り着く。それまで出会わなかったことにほっとしつつ、ここまで来たらいないのではないか?と思ったのがダメだったのかもしれない。
いた。
影井を抱えたままきょろきょろと辺りを見渡しているネーロさんが。
……。
影井の部屋が分からないのだろうか?
八束がそのまま歩いて行ってしまうので、慌ててついていくと、ネーロさんもこちらに気が付いたようで、近づいてきた。
「丁度良い所にいた。お前ら、影井の部屋知ってるか?」
正解だったらしい。
「え、知らないすけど」
そう答えながら、八束はこちらを見てくる。彼と親しくしている俺なら、部屋を知っていてもおかしくないと思ったのだろう。残念ながら知らないのだが。
「私も知りませんね……他に人とは出会わなかったのですか?」
使用人なら、例え、違う人の専属だったとしても、覚えていそうだ。アンジェラさん程ではないにしろ、皆、優秀だろうし。
「残念ながら、お前らが一番最初だ」
それはどうしようもない。
書類を一緒に運んだ後、俺の部屋のほうが手前にあったから、そこで別れたんだよなあ。つまり、影井は俺の部屋を知っているが、俺は影井の部屋を知らない、という状況なわけで……。
それって友達としてどうなんだ?
やっぱあの時、影井の後について行って、部屋を知っておくべきだったか……?いやいや、それはおかしいだろう。不自然にもほどがある。
またこういう事態に陥っても困るし、今度、部屋がどこか聞いておくか……。
「ふむ、他の人か。そうだな。……他の奴が来るまで待つか」
やれやれ、と肩を竦めるネーロさん。
「うわー、大変そうっすね。なんなら、部屋寄ってってもいいっすよ」
八束は全く大変だと思ってなさそうな口調で言った後、俺の肩を抱き寄せた。
「こいつの、ね」
にやにやとしながら、「ねー」と同意を求めてくる奴を、努めて見ない振りをする。
ネーロさんはそんな俺たちを見て、何故、言い出しっぺの八束の部屋ではないのか?とでも言いたげな顔をしていたが、口には出さなかった。
代わりに、眉をピクリ、と動かす。
「あほか。部屋の中にいたら、人が来てもわからないだろうが」
「それもそーだ」
怒っている、というよりは呆れた声に、八束はけらけらと笑って応えた。
……ん?
待てよ。これ、普通に部屋に戻ってアンジェラさんに聞けばいい案件なのでは?
これから、いつ来るかも分からない通行人を待ち続けることを想像して、憂鬱な気持ちになったのだろう、ネーロさんは渋い顔をしている。
そんな彼から注意を引けるように、「あの」と声をかけた。
ネーロさんがこちらに目を向けたのを確認してから、続ける。
「良かったら、私の部屋に来ませんかね?」
またか……というような顔をするネーロさんが何かを言う前に、それを遮る。
「部屋にいるメイドさんに聞けば、影井の部屋も分かるかもしれません」
「あー、なるほど、その手があったか」
八束はぽん、と手を叩く。
ネーロさんの表情には納得と少しの申し訳なさが現れていた。
「なるほど、そういえば勇者には専属使用人がいるんだったな……すっかり忘れていた。……そうだな。案内してもらえるとありがたい」
「分かりました。ではこちらへ」
そういって何故か八束が前へ出てくる。
ネーロさんに不思議そうな表情で見られる。その様はさも俺に説明を求めているかのように見えた。いや、そんな目で見られても……。俺だって不思議なくらいだから、説明なんてできるはずもない。寧ろ、俺が説明を聞きたいくらいだ。
んん?……ああ。
八束曰く、
〝せっかく執事になったんだし、それらしいこともしないとな〟
だそうだ。
本当は、執事だから……っていうのは気にしてほしくないんだけど、まあ、案内を買って出るくらい別にいいか。俺が案内したい、ってわけでもないし。逆にあまり出しゃばるのは得意じゃないから、ありがたくはあるし。
だから、特に注意をするでもなく、八束の後を追いかけた。
不思議そうな顔をするネーロさんは無視する形になってしまったけど、本来なら、八束の思っていることなんて分からなかったのだから、説明しなくても、許されるだろう。
少し経つと、ネーロさんは諦めたのか、後ろから足音が続いた。




