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戦わずして勝つ

 ……え?……う、ま、まじか。ネーロさんの話ぶりからして、魔力を会得するにはかなりの時間がかかると思っていたのに……。


 それが、俺の勘違い、読み取り間違い……って訳では無さそうだ。ネーロさんも驚いてるもんな。

 八束が異常なのだろう。


 これが勇者の能力、なのだろうか?

 だとしたら俺にも同じ現象が……?……起こるといいんだけど。

 ただ、何故か、ネーロさんにボコボコにされてる未来しか見えない。勿論、影井も一緒にね。


 あー羨ましいなあ。

 まあ、ものすごくプラス思考をすると、さっさと戦闘が終わったお陰で、八束がボコボコにされる所を見ずに済んだ。そこはありがたい……のかもしれない。


 いやいや、無理矢理プラス思考に持っていこうとしても、もはや羨ましすぎて、羨ましいという感情以外浮かんでこない。はぁ、狡っ。

 まあ俺に出来ることといえば、俺にも他の勇者と同じように優遇されてますように……と願うことだけである。


「流石、勇者だな……」


 呆気にとられていたらしいネーロさんも復活を果たす。

 しかし、あれだけ脅した手前、こうも直ぐに習得されると気まずいのだろう。口を噤んだままである。

 影井は影井で、ショックを受けているっぽいし、八束に至っては、この反応にどう対応していいか分からないらしい。指示待ちの顔をしている。


 ここは俺が話すしかないか。


「……やっぱり、これだけ習得の速い人は珍しいんですか?」

「……初めてだ」

「マジですか……」

「マジだ」


 ネーロさんが心無しか、しょんぼりしているようにも見えた。せっかく教えようと思ったら、教える必要がなかったので、やりきれない気持ちが残っているのかもしれない。


 さすがにもっと殴りたかったドSマンではないはずだ。そう、信じたい。

 ふと浮かんだ失礼な可能性を、頭を振ることで、吹き飛ばす。


「ま、まあ、大丈夫ですよ、私は魔力をすぐ出せないでしょうから……」

「果たしてそうだろうか?」


 ネーロさんに訝しげな表情を向けられた。


「どういうことでしょう?」

「魔力と言う物は、危機的状況に陥ると、自然と出てくる物だ」

「は、はあ……」

「俺は、さっき、ヤツカに魔力を飛ばした。その時、お前から、僅かな魔力を感じたんだ」

「え?でも私、魔力の出し方とか、分かんないのですが……」

「本当にそうか?一度も魔力を使ったことはない、と?」

「……」


 ……あ。使ったじゃないか。ここにきてすぐに。


 つまり、あのときに魔力を使ったから、俺はもう魔力を出せる状態になっていた、と言うことだろうか?だからこそ、ネーロさんの魔力に反射的に反応してしまった、と……?

 全く自覚がないゆえに、それが事実なら、かなり怖いのだが……。


 俺はじっと自分の手のひらを見つめ、そして、魔力よ、出ろ、と念じてみた。

 すると、八束と似たような感じの光が、俺の手に灯る。


「出ましたね」

「出たな」


 ネーロさんが冷たい目でこちらを見てくるのが分かる。なんとも居たたまれない。影井は魔力を出せないだろうが、流石に本人を前にして、「影井は魔力をすぐ会得できないでしょうから大丈夫ですよ!」なんていえまい。


 何を言うべきか、考えていると、ネーロさんが口を開いた。


「なぜ魔力が使えるのに、魔力を覚えたい、なんて言ったんだ?」


 なんて慰めようか、悩んでいた俺は、とっさに意味が分からなかった。すべての動作を停止し、脳をフル稼働して、ようやく理解する。


 ……やばくないか?

 嘘をついた理由自体は悪くないと思うけど、嘘をついたこと自体がよろしくない。

 理由を言えば、許される気がするけど、できれば言いたくないよなあ。影井もいることだし。まあ、まだ知らぬ存ぜぬで押し通せるだろう。


「とは言っても、魔力が使えるなんて、知りませんでしたから……と言うと語弊がありますね。こう、魔法とかみたいに、ド派手な奴を期待してたんですよ。魔力を体の外に出すことすらできなかったですしね」

「じゃあ、なにで魔力を使ったんだ?」

「鑑定ですよ」


 鑑定なら、魔力も消費するし、似たような能力だから、誤魔化しも効くだろう。というか、やってることは鑑定と同じなのだから、鑑定といっても差し支えないはずだ。


「鑑定?何もしてないのに鑑定が使えたのか?」

「え?ああ、はい」

「ふむ」


 ……何やら考え込んでしまった。何か変なことを言ってしまったのだろうか?気になるが、こういう聞き方だと、俺の能力は答えを教えてくれない。心の声を読めばわかるんだろうけど、それはなあ……。まあ、直接聞けばいいか。


「何かありましたか?」

「……ん?」


 俺の声に、顔を上げるネーロさん。顰めていた顔をふっと緩め、顎に当てていた手を外した。


「あ、ああ、普通、魔力を消費するスキルは、魔力を出せるようになってからじゃないと、使えないんだ」

「え?そうなんですか?」


 と、言われても、俺はこの世界に来た時にはもうスキルは使えていたしなあ……。


「勇者だから、出来た、ってことは無いんですか?」

「うーん、その辺は俺にもよくわからん、が、他の勇者も急にスキルが使えた、という話は聞いたことがない。それよりはお前が特殊だと考えた方が自然だろう」

「なるほど……」


 ふーん。なんだか俺だけが特別、と言われるとどうも不信感が湧いてくるけど、まあ変なスキルもある事だし、それくらいの恩恵はあっても、おかしくはないのかもしれない。


「とは言え、魔力が初めから使えたなら尚更、それに気が付かない、というのは可笑しくないか?魔法に憧れていたなら、例え魔力が使えなくても、魔力を出そうとするのが、自然なんじゃないのか?」


 ふむ、それで、その過程で、魔力が使えることに気がつく、と。

 でもそもそもが、さっき魔力出てましたよ、って言われるまで、気がついてなかったんだよなあ……。


「思い込みのせいだと思います。この世界に来たばかりの自分に魔力が使えるわけが無い、そう思い込んでたので……」


 八束と早いうちから一緒にいたせいで、実際に試す機会がなかったし。八束の目の前で、ファイヤーボール!とかやったら爆笑されるのは目に見えてたからね……。

 それからメイドさんの説明とか聞いてて、なんか、出来ないんだろうな、と勝手に思い込んでた。他の勇者たちも使えないみたいだったし。


「……なるほど。確か、勇者達の世界は魔法の使えない世界だったな、そう思い込むのも無理はない……か」


 納得してくれたようで、満足そうに頷くと、こちらを見た。


「疑って悪かったな」


 ほんとそうだよ……。なんて言えるわけもなく、「そうですね」と適当に相槌を打っておいた。苦笑いを添えて。



「あ、あの、じゃあ、次は僕……ってことでいいんですよね?」


 遠慮がちに尋ねてきたのは影井だ。その申し訳なさそうな佇まいに、こちらまで申し訳なくなってくる。実際に話を長引かせて、影井を放置したのは、ネーロさんであって、俺には何の落ち度もない、……と俺は思っているのだけど。


「ん?ああ、そうだったな。すまない」


 ネーロさんはそう言いながら、軽くお辞儀をした。影井の中では責めたつもりはなく、謝られるのも想定外だったのだろう。慌てて、ぶんぶんと手を振りながら、「気にしないでください」と声を上げた。



「では、影井との訓練を始めるぞ。準備はいいか?」


 そう尋ねられて、はい!と大きな声で言える人間はそういないだろう。特に、影井なんかは、運動部に入ってなさそうだし、鍛えるという言葉とは無縁そうから、余計に、だ。


 しかし、ここで、待ってください!という勇気も彼にはなかったのだろう。俺と八束がすんなりと終わったのも関係していたのかもしれない。

 〝 曲がりなりにも僕だって勇者なのだ、魔力だって直ぐに出せるようになるかもしれない〟……と。


 何が要因か、見ていない僕には分からないが、何はともあれ、影井は遠慮がちに頷く。


 それを聞いたネーロさんが、了承の代わりに口角を上げた、かと思うと、影井との距離を急速に縮めた。

 ちょうど拳が届くくらいの距離だ。

 その行動に対する、影井の反応は、と言うと、何もしていない。いや、驚いた顔をして、腰が引けているけども、これは何かをしたうちには入らないだろう。


 瞬きをした、一時の間で、場面は一転する。影井が腹を抑えて、呻いていたのだ。

 何が起きたか見ていなかったが、恐らく、ネーロさんは、八束に行ったのと同じことを、影井にもしたのだろう。


 影井が、何も出来なかったことを、馬鹿にはできない。八束は、抵抗を見せていたが、あれは八束だからだ。俺だったらきっと、影井と同じように、なんの反応も出来なかっただろう。

 俺はただ、運が良くて、ああならなかっただけの話だ。


 せめて、影井が直ぐに魔力を覚えられるように、祈ることにしておこう。

 ……神とやらがそれを認めてくれるとは思えないが、そうすることしか俺には出来ないのだから……。

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