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強くなりたい

 手を挙げたのは、八束だ。

「なんだ?」

「俺たちが何をやりたいか?より、何に向いているか?の方が、大切なんじゃないですか?」

「そうだな。その通りだ。確かに、向いてるもんがすぐ分かりゃ、それに越したことはねえよ。だがな、そんな便利な能力、この世には存在しねえんだ」

 そう言った瞬間、八束がちらりとこちらを見た。いや、こっち見んなよ。

 確かに俺は、皆の得意なことがすぐ分かる。分かるけど、まだ、ネーロさんのこと信用してる訳じゃないし。それに、ネーロさんが各自の得意なことを知らない状態で、何を教えてくれるのか……少し気になってるし。だから、この能力の事を教える気はない。


 俺が首を振ると、八束は小さくうなずいた。よし。これで伝わっただろう。


「そういうことだから、とりあえずやりたいことやって貰って、そこから見極めって感じだな。やりたいことの方が、やる気も出るだろうし、やりたいことに才能があるに越したことはないしな」

「なるほど……分かりました。ありがとうございます」

 このやり取りで、影井も自分が何を言えばいいのか、分かったのか、なるほど……と呟いた。


 まさか、八束は影井とネーロさんの意思を疎通させるために、態と質問したのか?だとするなら、凄すぎだろ。八束。コミュ力お化けかよ。


「でも、特にやりたいこととかは……なんでもやりたいって思いますし……」

「オールマイティになりたいって事か?」

「ええっと、まあ、そう。……言うことですかね?」

 僕がやると器用貧乏になりそうだけど。そう呟いて、弱弱しく笑った。

 その様子を見た、ネーロさんは不機嫌そうに目を細める。


「気に食わねえな……」

 低い声に、影井はビクリと肩を震わせた。

 不機嫌なネーロさんはなかなか迫力がある。だから、影井が怖がるのも無理はない。

 けど、ネーロさんがそこまで怒る理由は、よく分からなかった。

 確かに、影井のネガティブなところに腹が立つのはわかる。ただ、それも今の能力がないという状況を加味したら、仕方のないことなんじゃないだろうか?

 ……ああ、ネーロさんは影井が能力がない(と思い込んでいる)ことを知らないのか。これは、教えてあげた方がいいのか?いや、でも、他人が勝手に、言っていいことなのだろうか?

 うーん。

 ネーロさんが、影井を怯えさせなければいい、だけの話なんだけど。


 ただでさえ、影井は、可哀想な状況なのである。出来れば、これ以上辛い気持ちになって欲しくない。

 そう思った俺は、すっと影井とネーロさんの間に入っていた。とっさの反応だったので、何故そんなことをしたのか俺にもわからない。

 ネーロさんが影井を殴る、とは別に思わなかった。

 そこまで怒ってはなかったし、そこまで怒ってても、ネーロさんなら、殴ってこないんじゃないかな?という、謎の信頼感があったから。

 母性、とか、父性、の表れなんだろうか?よく分からないけど。

 よく分からないけれど、悪い気分ではなかった。寧ろ、誇り高いような……。


「はっはっはっはは」

 笑われた。

 そんなに笑われると、恥ずかしくなってくるんだけど。

「くっ。いや、すまん。すまん。お前らが、魔物に襲われた兄弟みたいな面してたから、な。俺が魔物かと思うとなんか笑えてきてよ……。ふふふっ」

 まだ笑いが収まらないのか、時折笑いながら、此方を見る。そのまま突っ立ってるのも、むず痒いので、元の場所へ戻っておく。

 そんなに面白いか?そんなに、面白いか?

 例え、面白かったとしても、あんまり笑うのは失礼なんじゃないか?

 いやまあ、笑ったことによっ、て怖さはなくなったけど。影井の方を見ても、驚いてはいるが、もう怖がってはいないようだ。


「まあ、とって食いやしねえから、そう怯えるな」

 やっと落ち着いたのか、真面目な顔をして言う。


「そんでな、お前、うじうじ鬱陶しいわ」

 ビシッと影井の方を指した。

 人を指すのはよくない。という常識はこの世界にはないのだろうか?

 ふと疑問に思った。今度、アンジェラさんに聞いてみよう。


 まあ、ネーロさんは非常識とか常識とか気にしずに行動してそうだけど。

 なぜそう思うかって?いや、なんというかキャラが、そんな感じがするから。


 小説を読んだり、書いたりしてると、色んなキャラクター、性格の人と触れ合うことが出来る。

 そのキャラクターたちを見ているうちに、第一印象だけでこの人はこんな感じの人なんだな、と分かってしまう。

 それが、当たっているか、当たっていないか、はさておき、そう思ってしまうのだ。

 そこまで、その人のことを知らない場合、知ったふうなことを思うのは、失礼なんじゃないか?とは時々思うんだけど、そういった思い込みを解消するのは、なかなか難しい。

 なるべく、そんな偏見はなくしていこう、って思ってるんだけどね。なかなか。


「つーか、さっきまでは、一撃で敵を倒したい!とか嬉しそうに言ってたじゃねえか。それが、今は落ち込んでるってのは、一体どういう心境の変化があったんだよ。情緒不安定か?お前は。さっきまでの自信はどこに行ったんだ?ええ?」

 怒鳴っている訳ではなく、声にも覇気がないので、俺は、そこまで怖いとは思えなかった。が、影井は違ったようで、ジリジリと後退りをする。


「だ、だって、僕にはなんの能力もない、ですから……」

 何も無い左下の方をじっと見ながら、言葉を吐き出す。


「あー、なるほど。能力のない勇者、ってのはお前のことだったか」

 はぁ。とネーロさんは息を吐いて、困ったように、頬をかいた。困った時のネーロさんの癖なのかもしれない。


「まーなんだ……」

 謝ろうとして素直に言えないのか、はたまた、謝るのもなんかおかしいと思ったのか、もしくはその両方か、言葉を濁らせる。

 どう言葉を続けるのか、素直に謝ることに、少しの期待を込め、耳を澄ませる。


「よし。分かった。俺がお前を最強にしてやる」

 予想外だった。

 それにしても、何が分かったのだろうか。全く分からないが、ネーロさんが冗談を言っているようには見えない。

 ま、まあ、影井の能力的には、たしかに、頑張っていけば最強になれそうではあるけど。

 でもそれを知ってるのは俺とアンジェラさんと八束だけであって、ネーロさんは勿論知らない。

 知らないってことは最弱に近い影井を最強にすると言ってるわけであって……、どこからそんな自信が湧いてくるのだろう?

 やっぱり冗談、というか影井を励ますための、はったりのようなものなんじゃないか?


「ほ、本当ですか!」

 影井は両手にぐっと力を入れている。……影井は真に受けてるみたいだけど。

 もしも、もしも……。これで、影井が最強になれなかったら?

 影井は傷つくだろう。いや、傷つく所では済まないかもしれない。もう二度と、立ち上がれなくなってしまうかもしれない。


 勿論、そんな日が来ないのが一番良い。良いけど、最悪が起こりうる可能性が少しでもあるのならば、それに備えておくべきだ。

 今回の場合は、嘘は吐くべきではないと思う。それが例え、影井の為だったとしても。否、影井の為なら尚更、だ。


 今の影井のやる気、やら、元気の良さ、ってのは嘘から湧き出た仮初のもの……つまりはドーピングみたいなものである。いや、ドーピングは言い過ぎだろうけど、まあ、似たようなものだ。一時のものに過ぎない。そして、いつ崩れるのか分からない。


 そんな危ない橋を渡らせる必要は、果たしてあるのだろうか?しかも本人に知らせずに。

 俺はそんなことする必要は無いと思うし、本人の知らない中で危険な橋を渡らせるなんて嫌だ。だって、まるで本人の意思を尊重出来てないじゃないか。

 ……なんだけどなあ。

 流石の流石に、元気になった影井を前にして、お前は強くなれねーよばーかばーか。と言って影井をどん底に落とし直すことは出来ない。だから、ただ見てるだけ。


 例え、仮初であっても、この状態が続けばなんの問題もないのだ。だから、この状態が続きますように、と神……は、この世界には悪い女神しかいなさそうだから、元の世界の神的な存在、ミューさんに願う。届いてないだろうと思うけど。何もしないよりはマシだろう。


「とりあえずお前は、走ってこい」

「はい!分かりました!」

 昨日とは打って変わって、嬉しそうに影井が言う。昨日とやってることは同じなのに。凄い効果だな、ドーピング。


 っていうか、また走らすのかよ。

 ……うん?ちょっと待てよ。

 アンジェラさんは、武術を学ぶにも、まずは魔力について学ぶ。と言ってたよな……?けどこの調子だと、魔力について教えてもらえないのではなかろうか?

 初めに指示するのが走り込みって……。昨日も筋トレばかりしてたし。


 俺達は別に魔力について教えて貰えなくても問題ない。おじいちゃんに教えてもらえるし。でも影井は違う。

 きっと影井の事だろうから、魔術の授業を受けようとはするだろう。然し、どんなに影井が授業を受けたくても、おじいちゃんにその気がなければ、教えてもらえるはずもない。

 つまり、このままいくと影井は暫くの間、魔力を使えない状態で過ごすことになるのだ。それは流石に可哀想じゃないか?


「ちょっと待ってください」

 今にも走り出しそうな影井を止めるかのように、声をかける。狙い通り、影井はぴたっと立ち止まった。


「普通は、初めに魔力について学ぶんですよね?何をするにも魔力を覚えることから始まる、って聞きましたし」

「普通は、そうだな」

「じゃあ、今日、魔力について教えて貰えるんですか?」

 普通は、という所を強調したので、まさか……と思いながらも、恐る恐る尋ねる。


「いや?魔力については教えないつもりだ」

 やっぱり。

 然し、なぜ教えてくれないのだろう?もしかして、魔力を覚えてない状態の方が、体を鍛えやすいのだろうか?

 ありそうだ。魔力の使い方を知ってしまうと、魔力に頼ってしまうから、体が怠けてしまう……とか?

 それが原因なら、大きく反対も出来ない訳だけど……。


「何故ですか?」

「面倒くさいからだ」

 違った。全然違った。

 ……面倒くさいってなんだよ。俺達を教えるように、王様に言われたんだろ……?それなのに面倒くさいからやらないって……。どういうことなんだ。職務怠慢か?って言うか、酷くない?

 俺の失望が顔に表れていたのか、ネーロさんは肩をすくめる。


「お前らがどんなスキル持ってるかは知らねえけど、どうせ魔術の訓練も受けるんだろ?ならそっちに教えて貰えばいいじゃねえか。俺は嫌だよ」


 えぇ……。

 うーん。嫌なら仕方が無いか……ってなる訳が無い!なんでだよぉ……。これはどうにか説得しないと……。


「話は終わりか?」

 あー、待って。

 と言いかけたけど、こういう時に限って言葉が思い浮かばない。嫌だ、って言われても……どう説得すればいいんだ……。


「じゃあ、次はコウスケだな。お前は何がしたい?」

 そう言われピンと来た。


「はい!魔力について、知りたいです!」

「はあ?お前、さっきの話、聞いてたか?」

「魔力を込めた拳で殴る!とか、魔法剣で相手を切り伏せる!とか、格好いいですよね!」

「おい、だからな……」

「元の世界には魔法なんてなかったから、すごく楽しみだったんですよ!今日、自分のやりたいことさせて貰える。って聞いた時も内心、すごい興奮してて……」

「……」

「それについて八束が反論した時は、我が友とはいえ、ちょっとイラつきましたけどね。でも、結局方針は変わらなかったので安心してた所なんですよ!」

「確かに。前の世界から、魔法使ってみたい!ってすごい言ってたもんな」

 と、八束が後押ししてくれる。


 もちろん、そんな事実はない。きっと、俺の思いを読み取って、支援をしてくれたのだろう。流石、空気の読める男だ。


 ここまで期待されて、無下に出来るほど、冷たい人間ではなかったのか。それともやりたいことをした方がいいと言った手前、強く反対できなかったのか。

 ネーロさんは渋々、頷いた。


「仕方がねえなあ。俺が魔力の使い方を教えてやるよ。影井もこっちに来い」


 走ろうとしたところを、俺に呼び止められた影井。その後、どうすればいいか分からず、そのまま固まっていたらしい彼に、ネーロさんが見かねたのか、声をかけた。

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