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説明

「職業、というのはこの世界と同じ意味で捉えて貰って構いません。

 その種類はもちろん違いますがね。

 これから向かってもらう世界には、その人の資質に適した職業。そしてそれに応じたスキルが魂に刻み込まれています。

 皆さんにはただの職業ではなく、その更に上。職業の中でも能力の高い天職という物。

 これと身体強化、魔力、さらには異世界で役に立つだろう能力を皆さんの魂に刻み込みこみます。いいえ、正確には刻み込ませていただきました。

 天職の種類はランダムですが、その方の性格に合ったものになっているはずです」


「その天職というのはどんな物なんですか?」

 ショートカットに黒縁メガネの霧島麗華学級委員長が質問する。学級委員長だからこそ自分が率先して皆を引っ張っていかなければならない、とでも思ったのかもしれない。責任感の強い人だからな。


「そうですね。では各自、説明していきたいと思います」

 ミューは、パチンと指を鳴らした。

「今、前のドアだけロックを解除しました。順番は……そういえば出席番号というものがあるらしいですね。その順で前のドアから一人ずつ入ってきてください。そこでスキルについてお話しましょう」

 誰かが何かを言う間を与えないように、立ち上がり扉の向こうに消えていった。


 出席番号一番の相原莉穂の方に目を向けると、小さな体をさらに縮こませ、周りをキョロキョロと見まわしている。まるで小動物のようだ。フェレットや栗鼠を想起させられる。


「大丈夫?私が代わりに行こうかしら……?」

 不安そうな相原を元気づけるように、肩に手を乗せたのは笹野優真。おっとりとした性格の彼女は、胸部にかなり大きなものをお持ちである。まあ、周りからの視線が恐ろしく直視したことはないんだけども。

 相原さんとは仲がいいらしく、二人でいる姿をよく見かける。小動物のような保護欲のそそられる相原さん。母親のように包容力に溢れた笹野さん。まるで親子のように……見えなくもない。同い年なのに。


 相原さんは笹野さんの提案に、首を振って拒否した。

「ありがとう。だけど、私がいかなきゃ、だから」

 勇気を振り絞るように途切れ途切れで言う様は、親離れする子供のような……なんとも感動的なシーンを目撃してしまった。

 相原さんをぎゅっと抱きしめた笹野さんも涙目になっている。

 そして、2人は涙目で抱き合った。


 暫くした後、相原さんは立ち上がる。

 ミューのいる場所に行くため、扉を開け、その向こうへ消えていった。


 ・


 結論から言うと、相原さんは無事に帰ってきた。

 嫌なことをされた訳ではなさそう……どころか心なしか嬉しそうである。その様子を見た次の生徒は安心したように扉の向こうに消えていった。


「何を教えてもらったの?」

 笹野さんは不思議そうに尋ねる。入る前は怯えていた友人がスキップでもし始めそうなほどご機嫌になって帰ってきたのである。内容が気になるのは当然だろう。

「天職の内容を教えてもらったの!!私の能力は〝テイマー〟っていうらしいの!」

「あら、そうなの?テイマーってことは、動物を飼い慣らしたり出来るのかしら?」


 相原さんは一転。悲しげな表情を見せた。とても罪悪感の湧く表情だ。直接向けられていない俺がそう感じるくらいである。向けられた本人はたまったものではない。

 やはりというべきか、笹原さんはおろおろとしていた。それに気が付き、決して泣くまいと唇をかみしめる。然しそれが更に罪悪感を増長させる結果になっていた。

 恐らく自らでテイマーの説明したかったのだろう。

 一緒に泣きそうになっていた笹原さんは何かを思いついたように動きを止めた。


「想像だけだと、大まかにしか分からないから、詳しく教えて惜しいわ!」

 場の雰囲気を明るくしようとしたのか、声が上ずっている。

「ほんと?じゃあ、説明するね!」


 こちらも合わせてテンションを無理やり上げようとしているのか、不自然に高い声だった。

 この二人はもう大丈夫だろう。女の子二人の会話をこれ以上盗み聞きするのも気が引けるので、二人から意識を外す。実のところ、話の内容はとても気になってはいた。けれど、いずれ自分の番が来るのだ。その時の楽しみとして、とっておきたい、という思いが強かったのだ。


 ・


 暫く〝音〟を聞いていると背中をトントン、と叩かれた。

 背後にいたのは、影井駿。長い前髪に隠れていて表情は窺えないが、俺を呼びに来たのだろう。

 ああ、もう俺の番か。

 好きなことをしていると時間が短く感じる、という言葉をこれほど実感できたことはない。

 〝態々呼んでくれてありがとう〟という思いを込め、小さく会釈すると〝相手も気にするな〟とでもいうかのように会釈を返してくれた。

 〝音〟を奏でる一員となるべく言葉を交わすのも好きだが、今のように〝音〟のないコミニュケーションもまた趣があって良い。

 言葉を交わさずとも意思の疎通できる人間は数少ない。そんな彼のことは結構好きだ。

 ほっこりとした思いを抱えつつ、教室の扉の前に立つ。

 そして、ガラリ、と扉を開けた。


 ・


 扉の向こうには、茶室が広がっていた。

 部屋の奥には正座をしたミューさんがいる。外国人じみた彫の深い顔に、女神のような服装をしている彼女がこの部屋にいるのはものすごい違和感だ。


「あら、貴方がこの場所を望んだのですよ?」

 心外そうな顔をするミューさん。

 然し、望んだ、とはどういうことだろう。

 ミューさんに目をやると大きな茶飲みでお茶を飲んでいる。中身は抹茶だろうか?一口、飲んだ瞬間、顔をゆがめた。どうやら苦かったらしい。


「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうです?」

「あ、はい」

 すこし棘のこもった口調だったのは、抹茶を飲んだ時のしかめっ面を見られたからか?だとしたら、何とも微笑ましい。

 俺は畳の縁を踏まないよう、正座をする。


「ところで、私がこの場所を望んだ、というのはどういうことでしょう?」

「そんなに畏まる必要はありません。私は貴方たちを召喚の魔の手から守れなかった、ダメな管理者ですから」

 彼女は、ほう、と息を吐き、茶飲みに手を付けようとしてやめる。パチンと手を鳴らすとティーカップが現れた。

 やはりこの場には不似合だ。

 どうも彼女は落ち込んでいるようだが、何と声を掛ければよいのか分からない。お前のせいで!!と怒鳴りつけられるほど血の気が多いわけでもないし、気にしないでください。と慰められるほど心が広い訳でもなかった。

 カップの中身を飲んでいるうちに気持ちの整理がついたのだろう、彼女は再び口を開く。

「少しでもリラックスしてお話できるように、と皆さんの落ち着ける場所にその都度変化させているのです」

「なるほど」

 この茶室……。そういわれてみれば見覚えがある。小さいときに通っていた茶道教室。俺のおばあちゃんが開催していたそれは決して本格的なものではなく、遊び半分で通っていたものだったけれど。俺はそれが好きだった。だからこそ、落ち着ける場所と言われてもすんなりと受け入れることができた。


「ミュー……さんは心が読めるんですか?」

「いえ、そういうわけではないのですよ。心と言ってもぼんやりとしたものが感じられるかどうかといったところなので。今こうして話していても貴方が何を思っているかは分かりません」

「そ、そうですか」


 言い訳をするように次から次へと言葉を放つ彼女に少し気圧されながらも答える。どうやら俺、いや正確には〝俺たち〟に悪感情を持たれたくないらしい。

 イメージと違う。世界の管理者という響きから、もっと無機質で機械的なものを想像していた。


「ところで私たちはもう、こちらの世界には戻ってこれないのですか?」

 ミューさんは口にティーカップを運びかけた手をピタリと止め、目を伏せる。

 不意打ちを受けた。それも致命的な。

 そう言いたげな顔だ。


「……実のところ、この事態自体、想定外なので何とも言えません。貴方たちを呼び寄せた者ならあるいは……、といったところです」

「そうですか」


 目を落とす。

 そこには、ミューがはじめ、飲んでいたものと同じ茶飲みが置かれていた。中には泡立った緑の液体が入っている。

 少し、それを口に含む。

 さやかな香りと体が引き締まるような苦味が広がる。

 昔はとても飲めたものではなかったけれど、今はそのどこか懐かしい味に愛着を感じている。


 俺はあの時から少しは大人になれたのだろうか?

 分からない。

 分からないが、覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。この世界から離れる決意を。最悪の場合に備えて。

 気が付いたら、茶飲みは空になっていた。

 ミューさんは俺の方を見て驚く。「すごいですね……」と聞こえたのは気のせいではないだろう。

 指をパチンと鳴らすと茶飲みはまた、緑の液体で満たされた。


「では少し違う話をしましょう」

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