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報告会

「ありがとうな、わざわざ庇ってくれて」

「いいよ、気にしないで」

 影井はわしゃわしゃと頭を拭く。男にしては少し長めの髪の毛だから、乾かすのも洗うのも大変そうだ。邪魔だろうし、その髪のせいで余計に陰気な印象を与えるんじゃないだろうか?切ってしまえばいいのに……。


「体が勝手に動いたんだ。今までなら、見て見ぬふりをしていたと思うけど、僕が変われたのは、柏岡君のお陰だよ。ありがとう」

「助けられたのにお礼言われるってなんか変な感じなんだけど……」

 俺がなんとも言えない顔をすると、はは、と影井に笑われた。

「いや、ごめん。……それにしても、あいつら最低だったね」

 風呂の中が見えないようになっているガラス模様の向こうを、まるで見えているかのように睨みつけている。

「池和田ね。まあ、若さがありあまってるんだよ、きっと」

「でも、悪いのはあっちだし。それに池和田だけじゃなくて八束もムカついた」


 八束、俺達を助けたのに影井に嫌われるの巻。可哀想な八束。

 でも面白そうなので訂正はしない。曖昧な笑みを浮かべて頷いておく。恩を仇で返すとはこのことだ。


 あらかた体も拭き終わったので、アンジェラさんから貰った服を着てみる。

 もしかしたら、貴族のようなキラキラと装飾が沢山ついた服が渡されるかと思ったが、そんなことは無かった。

 例えるなら、旅人A、みたいな格好である。動きやすくてちょうどいい。

 そういえば、訓練をする、みたいなことを言っていたし、それを加味してのこの恰好なのかも。生地の質とかはよく分からないけども、着心地の良さから言って安物ではなさそうだ。ここにも金がかかっているのか。


 影井の方を見ると彼も同じような格好をしている。正直に言おう。あまり似合っていない。

「どう?似合ってるかな……」

 頬を染めて恥かしそうにもじもじする影井。ヒロインかよ。まさにショッピングにデートに行って、気に入った服を見つけ、試着したヒロインの反応そのものじゃないか。しかもこういうのっていつも可愛いヒロインがさらに可愛くなってドキッとする……みたいな展開でしょ?

 可愛いどころか、似合ってないし。と言うか、そもそも影井は男だし。


 まさか本当に似合ってないという訳にもいくまい。ここは彼を傷つけないように嘘を吐くべきか……?いや、友達だからこそ、ここは嘘を吐かずに正直に話した方がいいのかもしれない。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言うだろう。似合わない物は似合わないとはっきり言った方が、後々、彼の為にもなるのではないだろうか?

 嘘は良くないっていうしな。うん。


 ……影井はこちらをじっと見つめている。


「……に、似合うと思うよ」

「本当に!?」

「う、うん……」


 無理だった。俺には無理だった……。あの真っ直ぐで純粋な目を見ていたら、「全然似合ってないよ」なんて冗談でも言えない……。大体、俺達はさっき友達になったばかりなんだ。これが八束だったら大笑いしてやるけど、影井を笑うなんて、出来ない。やはりどうしても気を使ってしまう。

 まあ無理して距離を縮める必要も無い。時間がないって訳でもないし、ゆっくりでいいんだ。

 とりあえず、影井と別れるまででいい。それまで、人と出会わないことを祈ろう。

 別れた後に他の人に出会い、似合ってないと言われたところで、そこに俺はいない。

 つまり、内心似合わないと思いながら、似合わないと言い張るやつと口論する、という最悪の事態は免れることが出来るのだ。

 後々、似合ってないって言われたんだけど……と影井に相談を受ける可能性はあるが、その時はその時の俺がきっとなんとかしてくれるだろう。


 ・


「じゃあそろそろ行こうか」

 ドライヤー(のような機械)で髪を乾かし終わった俺達は、荷物を持って、暖簾をくぐった。

 向こうの方から、女子五人組が近づいてくるのが見えた。俺は影井の方に手を伸ばしたが、手は空を掴む。


 やばい。これはやばい。

 女子高生というのは総じて、素直で辛辣だ。あの五人組は、その女子高生の中でもきつい方のグループ。

 集団でいるから気が大きくなってるのか、何も考えてないのかは知らないけれど。こちらとしては、もう少し気を使って物を言って欲しいと思う。

 彼女達は俺達を見てヒソヒソと話し始めた。明らかに、影井の方を見てくすくすと笑っている。何言ってるかは聞こえないけれど、決して褒めている訳では無いだろう。

 然し、実際の所は彼女達が何を言っているかは分からない。全く別の話をしているかもしれないのだ。

 そんな中、池和田のように、「笑ってんじゃねぇよ!」などと言って絡むと、「何?全然関係ない話してたのに、何絡んできてるの?きもっ」と言われ、恥をかいてしまう。つまり、ムカつくが、どうすることも出来ないのだ。

 俺達は無言で彼女達の横を通り過ぎた。


「あの……」

「いや、いいんだよ。本当は、似合ってないんだね……?なんか、気を使わせちゃって、ごめん」

 影井はとぼとぼと歩いている。

 その悲しげな顔に俺は言葉を詰まらせた。

「やっぱり、僕なんか、何をやっても上手く出来ないんだ。何をやっても……」

 またブルーになってしまった。なんか面倒くさくなってき……いかんいかん。

 それにしたって何故そんなに落ち込むのか。この世界に来る前ではそこまでネガティブじゃなかったような気がするんだけど……。もしかして能力の事、まだ引きずってるのか?


「何をやっても、ってのは流石に言い過ぎなんじゃない?」

「そんなことないよ……だって能力がないから少しでも役に立とうと思って、使用人の人達のお手伝いをしたんだ。そうしたら失敗だらけさ。掃除をしたら、高そうなツボを割ってしまったり、料理を運ぼうとしたらこぼしてしまったり。挙句の果てには、何も無いところで転んでしまう始末。この世界に来てから、何をやっても上手くできないよ……」


 何も無いところで転ぶなんてそんな、ドジっ子じゃあるまいし……。影井が元の世界で、そんな風に転んでいるところなんて見た事がない。なにか影井の身に、

 異常が起こっているんじゃないだろうか?

 じっと影井の方を見ていると、

 状態:不幸という文字が現れた。


 これは……?通常よりも、運が悪くなっている状態のこと、という説明文が現れるが、そういうことが知りたいわけじゃない。

 つまり、これは彼が何者かに嫌がらせを受けている、とそういうことだろうか?

 しかし、一体何のために……?


 とりあえずこのことを彼に教えようと口を開こうとすると、紙が舞った。

「あ……。す、すいません!」

 眼鏡をかけたショートカットの女性が、そこに立っていた。

 とりあえず、目の前に落ちてきた紙を拾い上げる。その書類の文字は読めるものの、小難しい内容で、意味はさっぱりだった。

 影井と俺とメガネの女性。三人で書類を拾いあげる。


「あの、これ……」

「すいません。わざわざありがとうございます」

 影井が最後の一枚を女性に渡す。女性はそれを受け取り、深々と礼をした。

 そのまま書類を運ぼうと進む彼女を影井は引き止める。

「あの、良かったら、運ぶの手伝いましょうか?」

 まあ、彼女を手伝いたくなる気持ちも分かる。なぜなら、彼女が書類を持つと、彼女の背の高さよりも書類が高くなる程、書類の数が多いのだ。

 それでは前が見えず、転ぶのも無理もないだろう。


「え……でも、申し訳ないです……」

「そ、そうですか……」

 影井は、肩を落とした。そして女性の方もあっさり引き下がった影井を見て残念そうな顔をしている。


 これはあれだな?別に助けを必要としていない訳ではなく、「手伝わせてください」「いや、いいです」の問答の繰り返しを期待してた顔だな?助けてほしいなら、素直にいえばいいだろうに……。仕方ない。

 俺は女性の書類を奪い取った。

「え……?」

 それから書類の半分を影井に押し付ける。影井は心なしか嬉しそうに書類を受け取った。

「さて、早くこれを運びましょう。どこに行けばいいんですか?」

「あ、えっと……そのまま真っ直ぐ……」

 戸惑う女性を横目に俺は歩き出した。


 ・


「……と言うことがあってね」

「へえ、っていうか、お前、影井に何勘違いさせてんだよ」

「おかしいと思わないか?」

 俺はアンジェラさんに入れてもらった牛乳を口にする。風呂上がりはやはり冷たい牛乳だよね。瓶じゃないところが残念だけど。


 眼鏡の女性の書類を運び終えた後、影井とは別れ、俺は自分の部屋に戻った。すると、既に部屋には八束がいた。

 だから、こうやって気になったことを報告している、という事だ。


「確かに、おかしいな。なんで助けてやったのに、弁明してくれないかったんだよ」

「そう、俺が彼の状態を伝えようととするたびに、邪魔が入るんだ」

「そんなこと一言も言ってねえよ。無視かよ」

「お前はどう思う?八束」

「全然話聞かねえなこいつ」

 八束は大きなため息をついた。


「単なる偶然……とは言い難いよな。ご都合主義じゃなさそうだし」

「実験も三回行うしね」

「それがなにか関係あるのかよ?」

 八束は不思議そうな顔をする。


「正確なデータを取る為には、三回が一番良い数字らしいよ。つまり、三回同じデータが出れば、偶然ではなく、それは必然と言えるんじゃないか?」

「なるほど。然し、なんで三回なんだ?四回でも五回でもいいだろうに」

「……」

 俺は牛乳を一気に飲み干す。八束はこちらをじっと見て、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。


「……俺は俺の能力が原因じゃないかと思っているんだけど」

「理由はどこいった。理由は」

 俺はバンと机を叩く。

「そんなもん知るわけないだろ!俺に聞くなよ!」


 バン!

 八束も俺に負けないぐらいの勢いで机を叩いてきた。

「いや、お前明らかに、分かってる風を醸し出してたじゃねぇか。なんでも聞いてくれ、的な!」

「知らないよ!っていうか分かってる風な顔ってどんな顔だよ!」


 八束は頭を抱える。

「あー、理由が分からないとなると余計に気になってきた。何故、四回でも五回でもなく三回なんだ……お前の能力で調べたり出来ないのかよ……?」

「どんだけ知りたいんだよ。無理だよ。わかんないよ」

「くそう!」


 カチャリ。

 興奮気味の八束の前にティーカップが置かれた。

「ハーブティーになります」

 これを飲んで落ち着けと言うことだろう。流石アンジェラさんだ。ナイスタイミング。そして流れるような動き。

 八束は戸惑いながらも、ハーブティーを口にした。


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