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新たな友達

「ふぅ」

 ゆっくりと体を沈める。熱いお湯が体に染み込んでくるようだ。気持ちいい。

 隣りには、リラックスした顔で頭にタオルを乗せている影井がいる。

 そういえば何故風呂に入っている時って、頭にタオルを乗せるイメージがあるのだろうか。バレンタインがチョコレート会社の策略だったように、これもタオル会社の策略だったりして……?いや、でもタオルは頭に乗せなくても、風呂入るときに使うよな……。あれ?つまり、どういうことだ……?


「あの、背中流してくれて本当にありがとう。と言うかごめん。ちょっと自分勝手すぎたよね……ごめん」

 影井ははにかんだかと思ったら、落ち込んだ。なかなか忙しそうである。そんなに落ち込むなら、やらなきゃよかったろうに……。

 きっと何かのアニメかドラマか小説か漫画か知らないけどそれらを読むなり見るなりして憧れたのだろう。

 然し、何を見たらそんなに背中の流しあいをしたくなるのか不思議で仕方ない。気になって仕方がない。

「大丈夫大丈夫。気にしないでください」

 肩を落とす影井の肩をポンポンと気にするな、という意味を込めて叩く。


「柏岡君って優しいよね……」

「え?いや、別に普通だと思いますけど……」

 しばらくの沈黙の後、ざばあん!という音がした。

 影井が急に立ち上がったのだ。水しぶきが顔にかかる。

「と、友達になって欲しいんだ!」

 俺の素晴らしい反射神経のお陰で目にも鼻にも入らなかったが、顔にはかかってしまったお湯を拭うと、影井の手が見えた。まるでお見合い番組だ。

 影井は祈るかのように目を瞑っている。まるでお見合い番組だ。

 何だ急に。背中の流しあいも俺と仲良くしたかったからゴリ押ししたのか……?

 そうならば、俺のはじめの予想、友達になりたかった説もあながち間違いではなかったことになる。さすが俺。

 ……じゃなくて、えーと……。


「えっと、急にごめん。やっぱり僕なんかと友達になんてなりたくないよね……陰気だし、頭も良くないし、運動も出来るわけじゃないし、なにより能力ないし……」

 勝手に影井が落ち込み始めてしまったので慌てて、手をとる。

「えっと、不束者ですがよろしくお願いします?」

 ……まるでお見合い番組だ。

 違う。俺はホモじゃない。断じて違う。違うんだ!!これはそう、なんだかよく分からないが口走ってしまっただけなんだ。お見合い番組のようだとか言ってるからいけないんだ。やめよう。

 影井はじっとこちらを見てくる。やめて!そんな目で俺を見ないで!

 いや、そもそも、元はと言えばお前が悪いんだ。お前のせいだ影井め!かゲイめ!


 でも落ち着いて見てみると、向けられているのは哀れみの目ではなく、キラキラと輝きに満ちたものだった。

「ほ、本当にいいの?」

「いいですよ」

「本当に?」

「本当に」


 影井はぐっと拳を握り、い、よっしゃー!!と大声で叫びぶと、ガッツポーズをした。風呂場なのでぐわんぐわんと影井の声が響き渡る。そのあまりの音圧にかなり驚いた。周りは……こっち見られてる。まあ気にしないことにする。

 いつも物静かな影井にしては、珍しい大声である。それだけ嬉しかったと言うことなのだろうが、たかだか友達が出来たぐらいで大袈裟過ぎる。そんなに彼の人生は友達に恵まれなかったのか……。そう思うとなんだか涙が出てきそうになる。俺がそんな子の友達になるって結構責任重くない?大丈夫なのだろうか……。


 それにしても、友達って宣言してなるようなものか?そういうのは自然とそういう関係になるものだと今までの経験で思っていたけれど。

 その辺がわからない辺りも影井が友達初心者たる所以なのだろう。

 まあ、友達になって欲しいと告白される体験もそうそうできるものでは無い。貴重な経験が出来たと思うことにしよう。


 しかし良かった。影井に余裕がなかったおかげで変に口走った言葉に突っ込まれずに済んだ。これが八束だったら、生涯弄り倒されていたに違いない。

 ……放置されたらされたで、なんかモヤモヤするんだけども。弄られるよりはマシだ。多分。


「じゃあ、友達だから、とりあえず敬語はやめようよ?」

 定番のお願い来た。絶対漫画とかラノベとか教科書にしてるよ。影井くん。まるで心に傷がある系主人公の心を開こうとするヒロインのようだ。確かに、影井は主人公と言うよりはヒロインっぽい。俺が主人公ってわけでもないんだけどさ。


 影井が期待のこもった眼でこちらを見てくる。

 別にこれを断った所で影井は怒らないだろう。悲しむだろうとは思うが。

 ……俺にとって敬語を使うことは、自らを守ってる為に必要な事だ。ATフィールドなのだ。周りの人間から距離を取る為の。俺は貴方と仲良くする気は無いですよ、と周りに言いふらしているようなものだ。

 そうすると、大体の相手は、空気を読んで俺との距離を縮めようとはしなくなる。


 人と人との距離は互いが手を伸ばしてやっと届くくらい、と聞いたことがある。人と関わりたくない時は簡単だ。俺の方から手を伸ばさなければいい。

 実際、そうやって俺は過ごしてきた。その方が楽だから。疲れないから。

 でも偶に、俺が手を伸ばさなくても、無遠慮に距離を縮めてくる奴はいて……。


 偶然だとは思うけれど、敬語を外せと初めに言った影井はなかなか人を見る目があるのかもしれない。

 俺にとって距離を象徴していたのが敬語だったから。偶然にせよ必然にせよ、影井は確実に俺との距離を縮めていることになる。


「影井って意外と厚かましいよな」

「えっと、その……ごめん?あの、本に書いてあったから……友達ってワガママも言い合える仲だ。って」

 なるほど。なかなかいい本を読んでいるじゃないか。少なくとも俺には効果抜群だ。なんやかんやでゴリ押しされると弱いからな……俺。


「そうだ、友達になったからって訳じゃないけど、言いたいことがあったんだ」

「え?何?」

 影井は興味深そうにこちらをじっと見つめてくる。

「影井の能力の話なんだけど……」


 ばしゃーーーーん!!

 水しぶきが上がった。音の方を見ると、篠崎宏和が風呂に飛び込んだらしい。風呂の中でキメポーズをとっている。

 彼は池和田グループのうちの一人である。三人の中ではちょっとパシリっぽい役割を担っているように見えているが、実際のところは分からない。

 今回も池和田に飛び込めと言われて飛び込んだのだろう。まあ本人も楽しそうだから、どうしようもないのだが。親に教えてもらわなかったのだろうか?風呂に飛び込んではいけません、と。


「それで?能力の話って?」

 呆然と池和田達を見ていた影井もこちらの世界に戻ってきて話を促す。

「ああ、そのこ……」

 ばしゃーーーーん!!

 またもや水しぶきが上がった。どうやら今度は池和田らしい。なんだよ。どいつもこいつも。

 少し殺意を込めて池和田の方を見ていると、ムッとした顔をし、何故かこちらに近寄ってきた。

 ……嫌な予感がする。


「おい、さっきから何ジロジロ見てんだよ!なんか文句あんのか!」

 うわ、絡まれた。面倒くさい。もしかして俺が睨んでたのバレたのだろうか?だとしたら自業自得なわけなのだけども……。

 影井はオロオロと周りを見渡している。

 遅れてやってきたのは、篠崎と池和田グループの一人の藤家と……八束がいた。

 八束に助けてくれと目からビームが出そうな眼力で訴えてみるが冷たい目で見返された。

 心の中を読んでみてると、

(お前、さっき見捨てたよな……助けてやらねえから)

 だそうだ。

 くっ。なんてこった。自業自得すぎる!自業自得なのは分かっているが、八束は許せねえ!もうあんなやつ、友達じゃない!


「おい!注意してやったのにまだ睨むとは……。ふざけやがって……」

 池和田が俯いて拳を震わせるが、待て、それは勘違いだ。別に池和田を睨んでた訳じゃないんだって。本当だって。許して。

 拳を振り上げた池和田と俺の間に影井が入り込んでくる。

 影井だって怖いのだろう。その証拠にブルブルと震えているのに……。わざわざ、俺の為に……。


「風呂に飛び込むのは、その、よく、ないんじゃないかな……」


 火に油を注いだ。

 いや、言ってることは正しいんだけど、怒ってる相手に正しいこと言っても怒らせるだけなんじゃないかな。特に池和田のような自分が正しいと思っているタイプには。

 仕方がない。逃げよう、と影井の手を掴み引っ張ったと同時に、パシン。と音が鳴った。

 八束が、池和田の拳を受け止めたのだ。

 きゃーカッコイー!流石、八束だわ!僕、惚れちゃう!いや、惚れないけど。

 なんだ。助けないと言って、思って?おきながらいざとなったら助けてくれるじゃん。ツンデレかよ。流石俺の見込んだ男だぜ!八束!ヒューヒュー!


「……何すんだよ、八束。お前が殴られたいのか?」

 低い声を出す池和田に、八束はニカッと笑いかける。

「まあまあ落ち着いて。こんな所で喧嘩して騒ぎになるのも面倒でしょ?」

「……まあ?」

「でもこのまま放置しておくのも俺達の虫が収まらないよな。だ、か、ら」

 今までニヤニヤしていた八束が、こちらをギロリと睨んだ。

「気に食わないなら、お前らが出てってくれる?」

 凄いな、本気で怒ってるようにしか見えない。

 人が怒っているのを見ると、例え自分が怒っていても自然と落ち着く現象。あれを利用し、俺達に代わりの罰を与えることで、池和田を落ち着かせようとしているのだろう。

 腹の中では、お前ら、助けてやったんだから早く出てけよー。と思っている訳だが。

 そういうことを流れるように出来るとは……流石八束だ。


 まだお湯にはあまり浸かれていなかったが、折角の好意を無駄にするわけにもいかず、俺は不満そうな顔の影井の手を掴み、お辞儀をする。

 そうして、俺達は風呂場から立ち去ったのだった。

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