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影井の夢……?

「広いな……」

「広いね……」


 ジャアアア……。

 お湯の流れる音がする。音の発生源はライオンだ。

 金色のライオンの口から、お湯がダバダバと流れ出ている。


 ……なにこれ。すげえ。

 学校のプールかよと突っ込みたくなるぐらい大きな浴槽だった。

 そう、浴槽なのだ。浴槽なのだ!!!

 俺達が呆然としていると、池和田が近づいてきた。

「お、八束じゃん」

 八束をちらりと見ると、パッと笑顔に変わる。

「よー。池和田!奇遇だな」


 こっそりと二人から距離を取る。すまない。こちらをちらりと見てきた八束は見なかったことにする。

 無事だったらまた後で会おう。


 ・


 ふう。

 とりあえず湯船に入る。……前に、体を洗おう。

 アンジェラさんから聞いた話だとこの国にはシャワーがあるらしい。ちゃんとしたボタンを押すとお湯が出てくる奴ね。さすが異世界。

 そしてシャワーには二種類あるそうだ。

 一つは魔力を込めなければならないもの。もう一つは魔力を込めなくても使える物。

 どうやら、魔力を込めなくても使えるシャワーは、俺たちの時代のシャワーとおなじ構造になっている訳ではなく、事前に魔力が込められているらしい。

 魔力が込められている方のシャワーの前を選んで座る。

 アンジェラさんに貰った石鹸をアンジェラさんから貰ったタオルを使ってゴシゴシと泡立てた。


 はじめはタオルではなく、金属製の鎌のような形ものを手渡されたのだ。アンジェラさん曰くそれで体を洗うらしいのだが……どう使うのか分からなかったのでタオルと交換してもらった。金属で体を洗うとか痛そうだしね……。いや、想像と違って痛くないのかもしれないけれど、試す勇気は俺にはなかった。


 それにしてもこの石鹸思ったより泡立ちがいい。前の世界の石鹸とそう大して違いがあるとは思えない。

 石鹸ってどう作るのか分からないけれど、案外簡単に作れるものなんだろうか?それとも魔法で作れたりするのか……?

 あ。そういう魔法もあるみたいだ。魔法って本当に便利だなぁ。俺も使えるようになるのだろうか?一応勇者だから、普通の人より魔力は多いんだろうけど……。そういえば空間魔法に適性があったんだっけ……。

 そんなこと思っていながら、体を洗っていると、誰かから肩を叩かれた。


「あの、柏岡君?だよね……?」

 振り返ると影井がいた。手には例の体洗う金属があった。まさか、あれを使う気なのだろうか?


 振り返ったことで、俺だと確信したのだろう。不安そうだった影井の顔が晴れる。


「晩御飯食べる時もいなかったし、心配してたんだけど……、体調は大丈夫なの?」

 心配されるのは嬉しいけども、晩御飯食べる時にいなかったことを認識されるほどに、影井とは仲がよかっただろうか?

 いや、俺は影で同志だと勝手に思い込んでるけども、影井の方から特別になにか思われているようには思えない。


 例えばインフルエンザなんかで多数欠席者がでたとする。その中に興味のない人が混ざっていたとしても、誰が休んでいたか、なんて覚えてはいない。

 しかしこれが1人だけが休んでいたとしたら別だ。それならば、はっきりと覚えているだろうという自信がある。

 もしかしたら俺と八束以外は全員、晩御飯を食べるのに集まっていたのだろうか……?


「体調はだいぶ良くなりました」

「それは良かった」

 影井は安心したのか、笑顔になる。

「ところで、やっぱり晩御飯の時って全員集まってたんですかね?」

 影井は不思議そうな顔をしながら、うーんと考え込む。

「いや、そんなことは無かったよ。むしろ席は穴だらけだった」

 その言葉に俺は安心すると同時に疑問を覚えた。なら何故影井は晩御飯の時、俺がいなかったことを覚えていたのだろうか?

 ストーカー……というのは流石にないと思うけど……例えば俺と友達になりたかった。とか?影井って特定の人と仲良くしている印象はないしな……。むしろいつも一人でいるイメージだ。

 なんとなく憐れみの目を向けていると、影井はあ、そう言えばと俺を真っ直ぐ見すえた。

 あまりの真っ直ぐさに思わず目を逸らす。


「お礼を言いたかったんだ」

「お礼?」

 どうやら友達になりたい云々は俺の勘違いだったようだ。何これ……自意識過剰みたいで恥ずかしい……。忘れよう。


「そう。ほら、僕が能力がないって分かった時に柏岡君倒れたでしょ?そのお陰で皆の注目がそっちに向いたって言うか、僕の件が少し有耶無耶になったというか……あ、倒れたのにお陰って言うのは可笑しいんだけど、でも少し気が救われたから、どうしても言っておきたくて……でも僕が倒れて欲しかったみたいな感じになっちゃってるよね……ごめん!そういうことじゃなくて……えっと……」

 頭を思いっきり下げる影井。

「あ、うん、別に倒れて欲しかったと言ってる訳では無いのは分かりますよ。だから頭を上げて。とりあえず落ち着こう」

 何だか俺が影井を虐めているみたいである。誰かに見られていないかと不安になり、辺りを見渡すが八束達とは結構距離が離れていた。

 すいません……と落ち込む影井を、とりあえず隣に座らせる。


「私よりも、貴方を雑に扱うことを反対していた人にお礼をすべきじゃないんですか?」

「神谷君とか、白井さんとかはなんていうか、話しかけにくいんだよね……」

 影井はぎゅっと身を縮こませる。

 まあその気持ちは分からなくもない。彼らはなんというか、キラキラしてるんだ。青春してると言うか、爽やかすぎると言うか……。

 八束もパッと見はそんな感じだけど、中身は別物だからね。気兼ねなく話すことが出来る。


「あ、ちゃんとお礼は言ったけどね。

 柏岡君は食堂に来なくて、どうしようかと思ってたら、ここで会えてすごく助かった」

「そんなに礼がしたかったなら、私の部屋にこればよかったんじゃないですか?」

 部屋ならほぼ確実に会えるし。

「寝てるかもしれないし、部屋に行ったら迷惑になるかな、と思って……」

 なるほど。それはいい心がけだ。部屋に訪問してきた先生以外のヤツらにも聞かせてやりたい。いや、心配してくれたのは嬉しいんだけどね?勧誘とか隠れんぼとかはまた別の機会にして欲しかった。


「それに、他の人の部屋に行くのはなんだか緊張するしね」

 恥ずかしそうにする影井に激しく同意した。分かる。例え仲のいい八束の部屋だとしても、行くのには勇気がいる。だからまあ、全く来てくれないよりは、来てくれる方が楽ではあるんだけどね。まあ。

 やはり、影井とは気が合う。口には出さないけど。


 話も一段落したのでシャワーで泡を落とす。丁度いいぐらいのお湯の温度だけど、これも魔法の力なのだろう。凄い。

 桶にお湯を貯め、体を洗ったタオルを洗っていると、隣の影井が体を洗う時に使う(らしい)金属を見つめ固まっていた。

 そのまま放置しておくのも薄情だと声をかける。


「どうしたんですか?」

 いや、どうしたのかはだいたい想像がつくけど、一応聞いてみる。

「これどう使うのかな?」

「……タオル使います?」

 洗い終わったタオルを手渡すと、嬉しそうにぎゅっと握った。

「ありがとう。凄い助かる……お礼に……あ、そうだ。頭を洗ってあげようか?」

 タオルも金属も置いて、俺の背後に立つ。

 俺はばっと振り返った。

 頭だけは勘弁して欲しい。人に頭触られるとゾワゾワする。頭をマッサージしてもらうと気持ちがいいとか言っている連中の気持ちがさっぱり分からない。

 床屋や美容院にも行けないから、髪は自分で適当に切っているぐらいだと言うのに……。


「そんなに心配そうに見なくても大丈夫だよ。僕、こう見えて頭を洗うの上手だから。プロ並みって言われたことあるし……」

 誰から言われたんだよ。っていうかこう見えてってなんだ。頭を洗うのに下手そうな見た目とか、上手そうな見た目とかあるのか?それに上手下手の問題ではなく、触られたくないんだよ。と怒鳴りたい気持ちをぐっと堪え、笑顔を作る。引きつった笑いになってないといいんだけれど。

「それぐらい自分で洗いますから……」

「えー。じゃあ、そうだ!背中を洗うよ」

 お前はさっき何を見ていたんだ。俺は体を洗ったばかりだぞ?

「い、いや、さっき洗ったし……」

「じゃあ頭」

「いや、それだけは勘弁してください……」

「じゃあ背中」

 どんだけ俺を洗いたいんだ。いや、いいことをされたら、お礼をしたいという気持ちは分かるけど……いや、やっぱりわからない。ここまで俺が嫌がっているのだから、それ以上ゴリ押しはしないんじゃないだろうか?お礼どころか嫌がらせになりかねないし。

 このまま押し問答をしている訳にもいかないので、背中を洗ってもらうことにする。無限ループって怖いよね。

「じゃあ、背中を洗うね」

 影井は嬉しそうにタオルを泡立てている。

 背中をごしごしと擦られるが、痛くはない。背中を洗うのに上手か下手かはよく分からないけど、まあ下手くそではないんんじゃないかな。

 背中を洗ってもらいながら、ふと我に返る。何故俺は二回も背中を洗っているのだろうか……。いや、洗ってるのは俺じゃないんだけど。

「加減はどうかな?」

 心なしか声が弾んでいるように思う。

「うん。良いと思いますよ」

「それは良かった。風呂で背中の流しあいってしてみたかったんだ」

 それはあれか?俺に洗えって事か?

 いや、そういうことではないと思うけど、何故あんなにゴリ押ししてきたのかは分かった気がする。影井って意外とわがままなのかもしれない。まあ、大したことではないし、影井が嬉しそうならそれでいいか。


「じゃあ、今度は私が洗ってあげましょうか?」

「え?本当に?」

 影井は目をキラキラと輝かせてる。そんなにやりたかったのか。まあ、あんなにゴリ押ししてたぐらいだしな……。

「いいですよ」

 そう言って、俺は背中の泡を流した。

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