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この世界における八束の扱いとマスタードとタイツ

 カチャリ

 俺と八束。それぞれの目の前に皿が置かれた。

 皿には生ハムらしき物が乗っていた。

 恐る恐るフォークを使い、生ハムを口にする。

 ……旨い。本場の生ハムなんて食べたことないから、スーパーでパックされている物としか比べられないけれど、まったく違う。六切れしかなかったのですぐに食べきってしまった。


「では次の料理を持ってまいりますね」

「これ、料理を全部一気に持ってくることは出来ないのか?」

 八束は、付け合せと思われる何らかの葉っぱをフォークで刺す。

「できなくはないですけど……」

「何回もキッチンとここを行ったり来たりするの面倒くさいだろ?」

「いえ、そんなことはありません。それよりも料理が冷めてしまう方がよろしくないので」

 アンジェラさんからしたら、一皿ずつ持ってくることは、当たり前のことなのだろう。不思議そうにこちらを見ている。

 でも、こっちからしたら確かに、面倒くさそうなんだよな……。絶対に必要なことでは無いだけに、アンジェラさんをこき使ってるみたいで心が痛む。いや、それが仕事なんだけどもね。


「俺達の世界では、全ての料理を机の上に並べて食べてたんだよ。だよな?」

 同意を求められ、うんうんと頷く。

「だから、ほら、一皿ずつ運ばれてくると食べにくいって言うかさ……食べにくいんだよ。な?」

 俺は八束の言葉にうんうんと頷いて同意しておく。首振りすぎて、目が回ってきた……。

 ちらりとアンジェラさんの顔を伺う。もう一押しかな。


「三角食べと言って、おかずとパンをバランスよく食べる文化もありますからね。私もパンだけでは食べにくいかなあ」

「なるほど……。そういうことなら分かりました。次からは全ての料理を一気に持ってくることにします。

 しかし、デザートとコーヒーも一緒に持ってきた方がよろしいのでしょうか?」

 ここで一緒に持ってきて、と言うと間にコーヒーやデザートを挟んで食べなければならなくなるのだろうか……?ちょっと想像して、気分が悪くなってきた。それは嫌なんだけど。


「あー、コーヒーとデザートは別で」

 八束も同じことを思ったのか、顔を顰めている。

「かしこまりました。では」

 今度こそは何もないでしょうね?と言ったような表情で、俺たちのことを交互に見る。

 暫くした後、ワゴンを押して部屋から出て行った。


 ・


「生ハムってどこの国で生まれたか分かるか?」

「さあ?ヨーロッパの方だとは思うけど……」

 多分、どうにか似ている国を探してこの国の文化を推測したいのだろうけど、無駄な気がする。

 何せ前の世界とは違って魔法なんてものがあるのだ。前にも思ったが、元の世界とは全く異なる文化が発達していても何ら不思議ではない。

 そもそも、生ハムが出てきたからと言って、ここが生ハムの生まれた国とは限らないし。

 それにこの国が似てるのって、ただのヨーロッパではなく、昔のヨーロッパなのである。ヨーロッパのどこに似ていると特定できたところで、その国の知識を俺たちは持っていないだろう。

 だからこそ、そんなあてはめに意味なんてない。


「んー。分からないか……」

「別にそこまで気にしなくても、いいんじゃない?」

 八束は少し黙り込むと重々しく口を開いた。


「スプーンの話してたろ?」

「ああ、この世界……少なくともこの国には存在しないってね」

「その時に先輩とかお前が話してたことを思い出したんだ。確か……タイムパラドックス、だっけか?」

 そういえば部活の時にそんな話、してたっけなぁ。確かあの時は、部室の冷蔵庫に置いてあったプリンがなくなって……。いやそんなことはどうでもいい。


「それがどうかした?」

「つまり、俺が言いたいのは、俺がアンジェラさんにスプーンについて話したことによって、この国で発達するはずだった文化が歪むんじゃないか?って事」

 あー。俺たちがこの世界に来なかった場合、スプーンとは別の物を食べる器具が生まれる可能性があった。けれどさっきの会話でその可能性を潰してしまった……かもしれない。とそういうことか。

 矛盾(パラドックス)ではないけれど、確かに過去改変と似た話だ。


「バタフライエフェクトって知ってる?」

「それもあの時話してた気がするな……あれだろ?蝶の羽ばたきで竜巻が生まれる……とかなんとかってやつ」

「そうそう。それと同じだよ。前、お前が言ってたんだろ。この世に存在するだけでこの世界に影響を与えるって」

「あー、いや、確かにいってたけど。でも出来るだけそういうのは避けたいだろ?ここにずっといる予定もないし、責任とれないから」

 八束は顔をしかめている。文化が変わってしまったら責任を取る気概はあるらしい。ふざけているように見えて変なところで真面目な奴だ。そんなの放置しておけばいいじゃん、と思う俺は冷たいのだろうか?


「と言うか、俺達……いや、俺は分かんないけど、八束って、部外者なの?」

「どういうことだ?」

「ほら、過去改変物でも未来から来た主人公の行動自体が歴史に織り込まれていたってパターンがあるじゃん?」

 俺が八束の方を見ると、八束は首を傾げた。

「いや、俺はあんまり本とか読まないから分からないが、そうなのか?」


 こいつそう言えば漫画とかアニメとかも見ないんだっけ……。説明しにくいな。


「うん、まあ、とにかくあるんだよ。俺達がここに来たのって魔法の効果でしょう?言わば、この世界のこの時代にに元からある技術。ならその技術で呼び出された俺達が元から、歴史に組み込まれててもおかしくないんじゃない?」

「そう言われてみると、確かにその可能性もありそうだな」

「だからさ、積極的にそういうことはしない、ぐらいの心構えでいいんじゃないかな?止むを得ずなったらなった時ってことで。本当に文化を消しちゃってるかどうかなんて分からないわけだしさ」

「まあ、そうだな」


 八束はスッキリしたような表情になった。

 ……力になれたようで何よりだ。



 コンコン。

 ノックの音が聞こえた。

 この音の主はアンジェラさんらしかったので、立ち上がり、扉をゆっくり開ける。


「お待たせしました。料理になります」

 そう言うと、机の上に皿を並べ始める。

 何かの煮物。サラダに、スープ、パスタにパン、魚の煮物に……と、とにかく品数が多い。

 というか何故、パスタとパンが同時に出てくるんだ……。炭水化物はひとつでいいだろ。


 手始めに、魚を食べてみる。

 ……うん。美味しい。

 料理名どころか、なんの魚かすら分からないけれど、美味しい。


 皿の数は多かったが、量的にはそこまででもなかったらしい。美味しかったこともあり、直ぐに完食してしまった。

 途中パンを食べていたらアンジェラさんに変な目で見られていた気がするが気の所為だろう。きっと。


 アンジェラさんはただ俺たちのことを見ているようにだけのように見えて、ちゃんと考えていたらしい。

 ちょうど食べ終わった頃にコーヒーとデザートを持ってきた。

 器の中にはナッツのようなものや、果物をカットしたものと液体が入っている。

 これは果物の砂糖漬け……かな?八束が好きそうである。

 八束は心做しか嬉しそうに果物を口にした。


「からっ」

「マスタードが入ってますからね」

 涙目になる八束に淡々とアンジェラさんが答える。

 え?何故デザートにマスタードを入れたの?嫌がらせ……?

 と、アンジェラさんの心が見えるが別に嫌がらせやドッキリをしようとしていた訳では無いらしい。

 じゃあそういう文化……?なんだか変わってるなあ。

 出されたものを手を付けずに、残す訳にもいかないので、とりあえず、気を引き締めて、食べてみる。


 う、うん?

 なんとも不思議な味だ。

 甘いんだけどピリッと辛い。別に想像よりは不味くない。

 チョコポテチみたいに癖になる味だ。


 八束は親の敵を見るかのような目で、マスタード果物を見ながら、コーヒーに砂糖をドバドバと入れている。

 どうやらお気に召さなかったらしい。

 仕方がない。八束の分の器をこちらに引き寄せると、八束は驚き、それから両手を合わせてきた。

 ……祈るなよ!


 ・


「では、お風呂はどうなさいますか?」

 風呂。風呂があるのか。てっきり風呂には入らず、香水で臭いを誤魔化しているのかと思ったけど、そうでもないらしい。


「大浴場、みたいなのがあるのか?」

「はい。ありますよ。よければ案内いたしますが」

 大浴場と言うことは、湯船もあるのだろううか?

 ヨーロッパ風だったから期待はしていなかったけれど、そういえば古代ローマには大衆浴場があったという話を聞いたことがある気がする。

 いや、期待しすぎるのは良くない。期待が大きければ大きいほど裏切られたショックは大きくなる。

 だから、ほどほどに。


「ではお願いします」

 断るという選択肢はなかった。例え他のクラスメイトと出会ったとしても。

 そんな事より風呂に入りたい。あると分かると余計に入りたくなる。


「そのまえに、着替えはどうしましょうか?お風呂に入っている間に洗っておくことも出来ますが」

「それだと乾かないのでは?」

「魔法を使いますので」

 なるほど。魔法で服を乾かすことも出来るのか。便利だな……。


 アンジェラさんがじっと見つめてくるので、自分の体の方を見ると、そういえば制服だった。魔法は便利だけども、ずっとこの格好のままでいる訳にもいかないよな。絶対目立つだろうし。


「じゃあ、着替えを準備してもらえますか?」

「畏まりました」

「あ、タイツみたいなのだけは勘弁してくれ。マジであれだけは履きたくないから」

「……?畏まりました」

 不思議そうな顔をするアンジェラさんとその様子にほっと息を吐く八束。

 確かに、昔の貴族みたいな恰好はしたくないなぁ。俺は勝手にファンタジーの冒険者的な恰好を想像してたけど。


「それでは、少々お待ちください」

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