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異世界の文化

「そういえば、そろそろ夕食の時間になりますね。食事をする場所はどうなさいますか?グレイト・ホールの他にここでも召し上がれますが……」

 アンジェラさんは壁の時計を見やった。

 十二までの数字が円に合わせて均等に分けられ、書かれている。数字と数字の間には五つのメモリがあり、針は三本。つまり、俺達の世界の時計と同じような物だ。

 見た感じ、時間、分、秒と言った時間の単位は元の世界と同じらしい。一年や、一日はどうなっているのか?と疑問に思うと数字が表れた。


 294989/04/08 18:30:48


 これが今の時間と日付か……?とすると、なんか年数が半端ないんだけども……。もしかして人類が誕生してからカウントしてるのか?おおよそ二十万年前から誕生したというし。いや、でもこの世界と前の世界の歴史が同じとは思えないしなあ。

 なんて考えていると、数字の横にさらに文字が現れた。

 一日は二十四時間。一か月は三十日。一年は十二か月。

 なるほど。そこも前の世界とあまり変わらないらしい。

 学校にいたのが四時ぐらいだったから、そこまで時間はたっていないのか。いや、そもそもこの世界に来たときは四時だったのか?召喚されたときに時間がずれた可能性もある。

 謎を解こうとしたら、謎が増えてしまった。別にそんなこと知らなくても生きていけるだろうから、謎のままでもいいんだけども。


「グレイト・ホールとは」

 少し考え込んでいた八束がこちらの方を見る。いや、見られてもグレート・ホールがなんなのかは分からないし。日本語に訳すと大きなホール?食堂のように大人数で食事をするところの事だろうか?


 アンジェラさんはこちらをちらりと見る。

「グレイト・ホールと言うのは大人数が座れる部屋になりますね。長いテーブルに椅子が並べられています」

 言われてみてなんとなく理解する。グレート・ホールとは、ハリーポッターの組み分けが行われた部屋のようなものなんじゃないかな?西洋風の世界だし。ここ。

「そうすると、皆で食事を取ることになるのか?」

「そうなりますね。食事の時間は決められておりますので」

 八束はうーんと考え込んでいる。

 神谷と会うのが嫌なのは分かるが、悩む余地があるのだろうか?嫌ならここで食べればいいだろうに……。

「何を悩んでるんだ?」

「いや、まず殆どの生徒がその、ぐれーとほーる?で食事をするなら俺達だけが来ないのは違和感だろ?特に先生とかが心配するだろうし……。それに、皆と会って状況確認もしたい」

「あー。まあ、確かに、俺達だけいかないのはおかしいかも。けど状況確認ってのは?何か聞きたいことでもあるのか?」

「いや、特にないが……なにか重要な情報を得られるかもしれないだろ?」

 うーん。そうだろうか?この世界に知人がいる訳でもない、クラスメイト達が、重要な情報を、この短い時間で得られたとは、到底思えない。

 俺が余程渋い顔をしていたのか、情報はまあそんなに重要な事でもないがな。と付け加える八束。


「問題はどれぐらいの人数がグレホで食べるかということなんだよな」

 略した。いや別にいいんだけど、ホテルっぽい。いや、別にいいんだけどね。

「それなら全員は揃わないと思いますが……」

 今まで黙り込んでいたアンジェラさんは突如口を開いた。

「何故でしょう?」

 出来るメイドさん、アンジェラさんの事だ。根拠の無いことは言わないだろう、と思い聞いてみる。

「混乱してらっしゃる方もいたので、そういう方は落ち着いてから、自室で食べると思われます。

 カシオカ様は魔力欠乏症で倒れたので、自室で食事を取っても違和感はないでしょう。ヤツカ様はカシオカ様の付き添いとして、食事に行かなかったことにすれば良いのではないでしょうか?」

「あー。そういえばお前倒れたんだっけ?忘れてたわ」

 おい。結構大事件だったと思うんだけど、忘れるか?普通。少し薄情なんじゃないだろうか……。まあいいんだけどさ。

「つーか、この部屋から出たら、メイドと鉢合わせるんじゃ……」

 想像したのか、両腕を押さえ、ぶるりと肩を震わせる。

「その点は大丈夫です。彼女にはきちんと注意しておきますので」

 そうアンジェラさんが言うと、八束はパッと顔を輝かせた。

「流石、師匠!ありがとう!」

「だから師匠はやめてください」

 冷たい目を向けられている八束は、気にした様子はなく、寧ろにやにやと笑っている。これは態とだ。彼なりにアンジェラさんと仲良くなろうとしているのだろう。

 然し、知り合ったばかりの年上のしかも女性を弄れるとは、凄いな。これがコミュ力という奴なのだろうか?

 自分がからかわれていることに気付いたのか、アンジェラさんは、はあ。と大きな溜め息を吐いた。

 あれ?これ、仲良くなるどころか、好感度下がってない?大丈夫?


「では、此方で食事を召し上がる、と言うことでよろしいですね?」

 アンジェラさんの言葉に俺たちは頷く。

「苦手な食べ物はございますか?」

「いや、特には……」

 俺も特にないです。と言いかけてやめる。

 中世の頃の料理がどんなものかは知らないけど、コース料理って食前酒が出てくるイメージがある。そしてこの世界では大人と認められる年齢が、前の世界より低いらしい。

 法的に酒を飲める年齢が低くなっているどころか、そもそも未成年が酒を飲むことを禁止すらされていない可能性がある。

 郷に入っては郷に従えと言う言葉もあるにはあるが、別にこの世界に定住するつもりは無いしなあ。帰った時にちょっとした罪悪感が芽生えるのではなかろうか?

 何より先生が一つ屋根の下にいるのである。酒を飲むなんて法が許しても、先生が許してくれないだろう。


「あの、お酒はどっちの分も無しにしてもらえますか?」

「畏まりました」

 アンジェラさんは少し不思議そうな顔をした後、恭しくお辞儀をすると退出していった。


 ・


「酒かあ。盲点だったなあ」

 八束はぐてーっと椅子にもたれかかる。

 そういえばこの椅子も高いものなんだろうなぁ。装飾がかなり凝っているし、座り心地もいい。


「因みにだけど、どんな料理が来ると思ってた?」

 俺が聞くと、ふむ、と考え込み始めた。

「サバの味噌煮?」

 何故、こんな中世感バリバリの所でサバの味噌煮が出てくると思ったのか。不似合にも程があるだろう。

「……それ盲点以前の問題じゃない?」

「しょうがないだろ。サバの味噌煮が急に食べたくなったんだから」

 つまりサバの味噌煮が食べたすぎて、その事しか考えられなくなっていたのか……?どんだけサバの味噌煮食べたいんだよ。

 どれだけサバの味噌煮食べたくても、ここには味噌が無さそうだ。大丈夫なのか……?サバの味噌煮が食べられなくて暴れだした。とか嫌だからな。


「やっぱ、コース料理とか出てくるのか……?」

「多分ね」

 もし和食が出てきたら……、出てきたら八束に謝らなければならないだろう。いや、ないと思うけどね。


「コース料理ってあれだろ?フォークとスプーンが大量に出てくるやつ」

「え?いや、食べたことないからわかんないけど……そうなの?」

「料理によって使うスプーンが決まってるらしいぜ?俺、どれ使えばいいか分かんねえよ……」

 それは確かに、面倒くさそうだ。他にもフィンガーボウルの使い方、とか、ナプキンを何かする、とか……ぼんやりとした知識しかない。

「でもまあ、皆の前で食べる訳じゃないんだし、適当でもいいんじゃない?」

「アンジェラさんがいるじゃないか」

「アンジェラさんなら、別にいいんじゃない?」

「まあ、いくらうだうだ言っても、マナーは身につかないんだけどな。出された料理食べない訳にはいかないし」

 八束は足を組み、ふう、と息を吐いた。


 ・


 コンコン。

 ノックの後、返事を待たずして扉が開いた。そこにいたのは案の定、アンジェラさんだった。

「失礼します。食事をお持ちしました」

 ワゴンを押して室内に入る。

 そして俺と八束の前にナプキンとフォークとナイフを置いた。思わず背筋が伸びる。

「あれ?スプーンは?」

 八束の呟きで気が付く。確かにスプーンがない。それに、フォークとナイフも一本ずつしか置かれていない。

「すぷーん……ですか?」

 アンジェラさんは眉を顰めた。この様子から見るに、この世界にはスプーンが存在しない……?確かにナイフやフォークと違ってスプーンがなくてもそこまで困りはしなさそうだけど……。スープなんて器に口をつけて飲めばいいしね。

 いや、でも似たようなものがあってもおかしくはない気がする。だって構造としてはそんなに難しいものじゃない訳だし。


「スプーンと言うのは、こう丸い皿状の物に、柄がついた物で、スープなんかを食べるときに使う」

 八束もアンジェラさんの反応から彼女がスプーンを知らないことに気が付いたのだろう。身振り手振りで、時折首をひねりながらも説明している。

 アンジェラさんは興味深そうに頷きながら八束の話を聞いていた。


「うーん。そんな便利なものがお二人の世界にはあったのですね」

「ここにはないんですか?」

「少なくとも私は存じ上げませんが……」

「そうですか」

 俺達は顔を見合わせた。

 この世界は、魔法以外の所では前の世界の中世に似ていると思っていたけど、実際のところはそうじゃないのかもしれない。この国独自の文化が発展している可能性もあるのだ。

 もしそうなら、仮に前の世界のコース料理の食べ方を知っていても無駄なわけで……つまり、この世界のマナーを知らないのは当然のことなのでは?


「あの、私達異世界から来たんで、この世界のマナーとかは知らないのですが……」

 試しにそういってみる。

「ああ、その事はお気になさらないでください。いつも通り食べて頂ければ」

 アンジェラさんは微笑んだ。

 その言葉で、今まで感じていた緊張が解けた気がする。これで気負わずに食事をすることが出来るのだ。マナーを気にしながら、びくびく食べる料理はさぞかし不味かっただろう。そう考えると高級レストランより、異世界の方がいいのかもしれない。


「それでは一品目です」

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