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先生の心配

 八束はフォルちゃんがいないか何度も確認した後、サッと出てきて鍵を閉めた。出てきてから鍵を閉めるまでの時間、たったの数秒。どれだけ警戒してるんだ。


「ふう、やっと帰ったか……」

 額の汗を拭うように、腕を動かす。


「フォルちゃん、かなり可愛い子だったじゃないか。そんなに邪険に扱わなくても……」

「お前まさか……ロリコンだったのか……」

 物凄い憐みの目で見られた。

 誰にも告白されたことなんてない俺はどうせ哀れですよ。ふん。

 いや、でも本当に可愛かったな……。うん。


「大きくなったら美人になるんじゃない?」

 そういうと見るからに不機嫌そうな顔になった。

「興味ない」


 そんなに嫌か。

 うーん。まあ、これ以上ぐだぐだ言っても意味はない。正直少しうらやましいが、本人が嫌と言っているのだ。フォルちゃんには申し訳ないが、彼女には諦めてもらうことにしよう。八束の心変わりはなくもないわけだし、心の中でそっと応援しているよ……。


 コンコン。

 またもやノックの音が響いた。ビクリと八束の肩が震えたのが面白いが、流石に、フォルちゃんではないだろう。


 扉の前にいるのは……。

 そう思った瞬間、扉が半透明になり、扉の向こう側が見えるようになった。

 透視も出来るのか……。凄いな。

 向こう側にいるのは、アンジェラさんと谷上先生のようだ。


 謎のセットだが、大方、報告に行ったアンジェラさんと、倒れた俺を心配した先生が、ばったりすれ違ったとかそういうことなのだろう。


「はい、どうぞ」

 声をかけるが、ガチャガチャという音が鳴るのみで、扉は開かない。……あ、そうか、鍵。

 俺は慌てて立ち上がり、鍵と扉を開ける。


 アンジェラさんはぺこりと一礼した。

 先生は何か赤いものを手に持っている。

「まあとりあえず、中へどうぞ。適当に座ってください」


 そう声をかけると、二人は中へ入る。先生は机を挟んで、椅子の向かい側にあるソファに座った。アンジェラさんは立ったままだ。

 俺は椅子に座る。隣に座るように八束を促した。


「お飲み物の希望はございますか?」

 アンジェラさんはワゴンに手をかけた。

「じゃあ俺はお茶で」

「私はお茶で」

 二人が同時に言う。え?何?お茶人気なの?二人が頼むってことは変なお茶ではない……のか?しかし俺はコーヒーを頼……頼……



「じゃあ私もお茶でお願いします」

 まなかった。

 いや、一人だけ違うのを頼むとアンジェラさんも準備が大変だろう?これが優しさというやつだ。流された訳では無い。決して。


 カチャカチャとアンジェラさんがお茶を入れ始めた。紅茶こい……紅茶紅茶紅茶……。


「何故二人ともそんなにアンジェラさんの方を見てるんですか……?」

 谷上先生が少し引き気味に言う。いや少しじゃない。結構引いてる。

 これはやばい……。ちらりと八束の方を見ると、同志よ……!とも言いたげな目線を向けてきた。

 え?何……?


 どうも八束はお茶の入れ方を学ぶ為にガン見してたらしい。一応、八束は、天職執事だしな。お茶ぐらい入れられるようになりたかったのだろう。

 だがすまん。別に俺はお茶の入れ方をマスターする為に見ていた訳では無い……。変なお茶が運ばれてこないように念じていただけなのだ……。


「いえ、こう、本格的なお茶の入れ方なので物珍しくて……」


 ね、と八束の方を向くと、彼は満面の笑みで頷いた。

 俺は不味いお茶だったらどうしよう。と失礼なことを考えておりこの思考がバレてはならないと気が気ではないが、八束は疚しいことなど何も無い。

 そんな八束の自然な笑みに納得したのか先生はなるほどね、と呟いた。


 ティーカップがそれぞれの前に置かれる。

 コーヒーの時は器なんて見る余裕は無かったからこそ、今気がつく。白い陶器に金色の模様が描かれているこのティーカップはとても綺麗だ。

 値段は……うん、相変わらず見てもよくわからない。

 鑑定石よりはさすがに安いみたいだけど……、比べる相手が間違ってるよな。


「調子はどうですか?」

 谷上先生は心配そうにこちらを見る。


「見ての通り元気です」

 思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。

 クスクスと笑いながら、それは良かったです。と先生は言った。


「わざわざ来てくださってありがとうございます」

「いえ、こちらこそ突然来てしまってごめんなさいね。邪魔だったでしょう?」


 俺と八束は顔を見合わせ、ほぼ同時にブンブンと首を横に振った。


「二人とも、本当に仲がいいんですね」

 先生は何かを懐かしむような遠い目をした。先生も仲の良かった友達のことを思い出しているのだろうか。


 思えば先生って今、一番大変だよな……。頼れる人は誰もいないし、生徒達は守らなければならない。

 それがベテラン先生ならまだしも谷上先生はまだまだ新米の先生。ストレスでどうにかならないか心配だ。俺が倒れてしまったのも、先生の心配の種か。うーん。申し訳ない。


「あ、そう言えば、これ持ってきたんですよ」

 そう言って差し出されたのは手のひらサイズの赤くて丸い実だった。子供が好きそうな見た目だな。

 なんだこれ。見てみるとヒスズという名前の木の実らしい。


「なんですか?これ」

 八束は興味深そうに俺の手の中の実を見つめている。


「ヒスズという名前の実だそうです。柏岡さんが魔力欠乏症?で倒れたと聞いて、何かいいものが無いかと使用人の方に聞いてみたんです。そしたらこの木の実を食べるといい……と」


 たしかに。ヒスズの実に、効果:魔力回復(極小)と書いてある。味は……林檎と桃が混ざったような味……?どんな味だそれは。


 恐る恐る、一口、ヒスズの実を齧ってみる。

 シャクシャクとした食感にみずみずしく甘い味、時折酸味を感じる。なるほど、確かに林檎のような桃のような……。どちらかというと、林檎より桃だな。

 意外と美味しい。

 不思議とどこか懐かしい味がした。

 似たような味を食べた覚えはないけれど。不思議な実だ。


 先生の方をふと見ると口を開けた状態で固まっていた。


「どうしましたか?」

「いえ、随分と躊躇なく口にするんだなと思って……。いえ、その実は安全なものですから安心していいですよ。試しに私も一つ頂きましたし」


 不信感を抱かれないようにか慌てて先生は付け加える。

 ふむ。言われてみれば不用心だったのかもしれない。

 いや、でも先生が持ってきたものだよ?

 先生がまさか俺に変なものを持ってくるとも思えないし(実際その気はなかった)、そもそも折角、俺の為に持ってきてくれたものを食べるのに躊躇するのは、感じ悪い……んじゃないか?

 恩を仇で返す……みたいな。

 良心が咎める……というか。まあ、そういうことだ。


 然し、態々味見?毒見?までしてくれていたとは、予想できなかった。

 俺と違って情報を見られるわけでもなさそうだし、食べるのにはかなり勇気が必要だっただろう。体を張ってまでこの実を持ってきてくれたのは嬉しい。

 さすが先生だ。


「それ美味いのか?俺にも一口くれないか?」

 目をキラキラと輝かせながらこちらを見てくる。少年でもない男がそんな顔をしても可愛くない。

 無言で、八束の口にヒスズを押し込む。

 目を白黒させながらも、ヒスズを咀嚼していく八束。


「うん。美味い」


 そんなことを言いながら、お茶に角砂糖をボトボトと投入していく……。見てるだけで胸焼けがしそうだ。


 そう言えばまだお茶を飲んでなかった。中身は紅茶ほど赤くはない。というか黒い。コーヒーかよってぐらい黒い。

 ……紅茶ではなさそうだ。

 名前もオルヅォとかいう謎の文字が出てくるだけでこのお茶が何者なのか判断が付かない。


 もしかして八束がやたらと砂糖を入れるのは砂糖を入れるのは不味いからだろうか?という考えがふと浮かぶがすぐに否定する。

 あいつはコーヒーにも同じようなことをしていた。飲み物には砂糖を大量に入れたい派なんだろう。


 ……なんて考えていても仕方が無い。

 試しに少し飲んでみる。


 ……うん。麦茶だ。凄い濃い麦茶。少しコーヒーに似てるかもしれない。このカップで麦茶を飲むのは違和感があるが、美味しい。

 俺が満足げにオルヅォ?を味わっていると、先生がチラチラとアンジェラさんを見ていることに気づく。

 アンジェラさんもそのことに気づいたのか、

「少し席を外させていただきますね」

 と一礼し、部屋を出ていってしまった。


 アンジェラさんがいなくなって少し経った後、先生が徐に口を開く。

「2人は、これからどうしますか?」

 俺達は顔を見合わせた。どうするか……とはどういう意味だろう?


「とりあえず、訓練……とか?あとこの世界のことを学ぶべきだとは思います」

 と八束が答えた。俺は頷くことで追従の意を表す。

 それにスキルについても何が出来るのか、試す時間が欲しい。

 先生は、コーヒー麦茶を口に含む。


「では、世界を救うことに関してはどう思いますか?」

「俺はパス」

「俺も無理……ですね」

 この答えに安心したのか、ほっと息を吐き、慌ててキリッとした表情に戻る。


「一応理由を聞いてもいいですか?」

「あー、俺もこいつも戦闘向きの職業じゃないんですよ。俺は執事だし、こいつは鑑定士だし?」

 な、と同意を求める声に頷く。


 八束が全て説明してくれるのが楽だ。ありがとう八束。鑑定士チョイスもいい。それならただ鑑定が出来る人、と捉えられるだろう。多分。普通にそういう職業ありそうだし。


「あ、だからさっき、ヒスズの実を躊躇無く食べたんですね」

 先生は納得したように、唸った。

 む。そう言えばそうだな。職業を隠そうとするあまりに自分がスキルを使ってること自体隠そうとしてしまったが、対物に関する情報なら知っていても問題ない。寧ろ知ってる素振りを見せないと違和感になる……か。気をつけよう。


「ちなみに先生の職業は何なんですか?」

「私は、先生でしたね」


 そのままかよ。

 いやでも確かに、確かに、先生の職業欄には先生と記されている。スキルは、担任教師……担当の生徒の能力を向上させる効果があるとかなんとか……なるほど、先生だ。

 ということは先生は本当に向いてる職業に就けたということなのか。

 確かに先生はいい先生だ。俺も先生には先生が向いていると思う。


「じゃあ、元に戻る方法も……」

「そうですね。出来ればほかのやつに任せたいと思います。というか余程のことがない限り、この城に篭っている予定です」


 八束の答えに、今度こそ安心しきったのか、先生は肩の力を抜いた。


「先生はどうするつもりなんですか?」

「私はまだ決めてはいませんが、とりあえず、ここに残る子達のケアと、時間があれば帰る方法を探そうと思います」


 そう言えば召喚されて、動揺してる子もいる……とか言ってたっけ。精神が不安定な子もいるのだろう。その子達の為にも、先生はここから離れられない。だからできるだけ生徒にはここから離れて欲しくないが、言うことを聞かない子もいる、と。神谷とか神谷とか神谷とか。大変だな。


「二人なら大丈夫だと思いますが、一応言っておきます。無理だけはしないようにしてください。特に柏岡さんは1度倒れてますからね。気をつけてください。死んだら、どうにもなりませんから」


 ぐ、痛い所をつかれた。

 今度からは本当に魔力には注意しよう。先生にも余計な心配をかけないためにも。


 二人が各々頷いたのを確認した後、先生は、コーヒー麦茶を飲み干す。


「それでは私はこれで。今日はゆっくり休んでくださいね」

 そう言って、先生は立ち去った。

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