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開かずの教室

「ねえ、ねえ!昨日のテレビ見た~?あのドッキリの奴!」

「今日もカラオケ行かね?いくよな?」

「一緒に部活行こうぜ!」

「あー。今日バイトかよ。マジ、だりぃ」

「ごめ!今日はちょい無理!!」

「見たかも。あれでしょ?頭からスライム落ちてくる奴」


 ホームルームが終わりクラスメイト達は弾かれたように話し始めた。意味のあるはずの言葉たちは俺の耳に届く前に混ざりあい、意味のない音へと変質する。

 その音を聞くのが俺は好きだ。何故それが好きか?と聞かれたらそれは困るんだけども……。

 人間の感情はきっと言葉では、説明できる代物ではないのだ。何か理由があったとしても、それはその感情を飲み込みやすくする為の後付けに過ぎない。そう思うがゆえに、何かを感じてもそこに理由を求めることはない。否、理由などという無粋なものをつけたくない、というべきか。


「おい、ドアが開かねえ!!!」


 音が言葉に為ったのは、知らず知らずのうちに危機感を察知したからか。

 前扉の方に目を向けると、思い切り扉に体重をかける男子生徒の姿が映った。彼は、速水智明。いの一番に教室を出る生徒だ。その手の大会にでも出るのか?と思うほどに早い。実は、神速みん、と心の中で呼んじゃったりしている。

 そんな彼がこの異常事態に真っ先に気が付くのは必然。


 初めは、おいおい冗談きついぜ~と聞き流していた皆だが、変わらない速水の態度を見て、雰囲気は変わる。

 そもそも……まあ、俺の見る範囲では、という前提が付くが、その前提の範囲内では、速水は皆の前でうそを吐いき、騒ぎ立てるお調子者タイプではない。そんなことをするとは思えない。失礼を承知で言うのなら、そんな度胸は持ち合わせていないのだ。


「ちょっと、いいかな」


 のそのそとやってきたのは、安元亮太。熊のような体形に、熊のような動作に、熊のような顔。要するに熊のような奴なのだ。その大きな体に反して彼は決して前に出るタイプではない。縁の下の力持ちという言葉の方が似合うのだ。

 そんな彼が前に出た。彼もやはり速水の行動の異常さを感じ取っていたのだろう。


 そろりそろりと後ずさり、十分な距離から助走をつけ、扉に突進する。


 ドーーーーン


 ものっそい音はしたが、残念ながら扉はびくともしない。無傷な扉とは対照的にダメージを負ったらしい安元が痛たた、と体をさする結果に終わった模様。

 そこからは、誰が何を言っているかはわからない。

 誰か一人にスポットをあてれば、その言葉の意味を読み取れるのかもしれないが、そんなことはしない。やる意味がない。

 それに俺はこの音が聞くのが好きなのだ。

 実際に聞くことは出来なくても、予想することはできる。一人以上の誰かが混乱の言葉を口にしていることは明白だ。

 今、この場で、明日の宿題の話をするような、そんなやつはいないだろう。


「皆さん。静かに、落ち着いてください」

 凛とした声に、ざわざわとしていた教室は嘘みたいにシン……と静まりかえった。

 谷上愛……このクラス担任だ。担当教科は国語。

 若いながらも、生徒の信頼を集めている。いや、その若さを上手く利用している、と言うべきだろうか?

 その少しふくよかな体型に愛嬌のある顔で、生徒との距離が近い先生、として知られている。本人に利用している自覚はないんだろうけど。


 しかしそれも長くは続かない。

 あまりにも堂々とした、落ち着き払った姿勢に、クラスメイトは違和感を持ったらしい。

 これ、愛ちゃんの仕業なんじゃない……?あーあのテレビみたいな感じ?俺たち人質ですってか?というような声が聞こえてきた。


 だが、よく見ると、谷上先生は両手を握り拳でぎゅっと握っている。これは先生がテンパっている時によくやる癖だ。

 つまりこれは先生の仕業ではないのだろう。そもそも生徒を閉じ込める、なんてことできるような人じゃないしな……。


「さすが、この子達の引率者ですね」

 誰のものか分からない謎の声が聞こえた。別にクラスメイト全員の声を覚えている訳では無いが、内容からして部外者なのは間違いないだろう。

 声がしたのは教壇の方、つまり谷上先生の近く。


 先生の隣には、美しい……なんて言う言葉も安っぽく感じてしまうような、そんな女性が立っていた。白いワンピースのようなものを体に纏い、金髪の髪をたなびかせている。

 翡翠色の目をきゅっと細め微笑む姿は、まるで女神だ。

 女神女神しすぎて逆に女神ではないのではないか、と思うぐらいには女神だった。


「ああ、突然すいません。自己紹介がまだでしたね。私の名前はそうですね。μ(ミュー)とでも呼んでください。この世界の管理者をさせて貰ってます」


 呆気に取られているクラスメイトたちの様子に気がついたのか、ミューさんは、恭しい態度で言う。

 なるほど、世界の管理者なら確かに女神のようなものだろう。だから女神のような姿をしているのかもしれない。


 ……いや、なるほど。では無い。世界の管理者だと……?何を言っている。これではまるでゲームのような……、ああ、なるほど。何となく話が読めた。現実に本当にそんなことが起こるのか?と疑問はあるものの、その疑問の答えはきっと見つからない。現実逃避するより、受け入れこれからの事を考えた方が建設的だろう。


 視線を感じた。

 女神がじっと俺の方を見ている。いや、別に俺の方を見ているわけでもないのかもしれない。が、俺にはこちらをじっと見ているように思えた。

 何故こちらを見る?俺、何かしただろうか?

 気味が悪くなり、キッと睨み返すと目を逸らされた。

 なんなんだ……?


「あら、そこにちょうど空席がありますね。これから説明が必要ですから、先生もどうぞ」

「あ、ありがとうございます?」

 混乱しているのだろう、谷上先生は、言われるがままに椅子に座る。


「では……話をしたいと思います。皆さんはこれから今までいた世界とは別の世界に行くことになります。これは決定事項です」

「は!何を馬鹿なことを……!」


 ガタン!

 激しく音を立てて立ち上がったのは、池和田翔二。

 よく授業中に騒ぎ立て、色んな方面に迷惑をかけている男だ。ムードメーカーと言うには空気を読めていないが、ヤンキーという程もめちゃくちゃなわけではない。

 ただ、彼は人一倍反抗心の強い人間なのだろう。別に彼と仲がいいわけではないので信憑性はあまりない推測だが。


「その節は大変申し訳ありません。本来ならこのようなことは起こりえないのですが、貴方たちを呼び出した世界の術式があまりに強力で……いえ、これでは言い訳がましいですね。

 とにかく、私の望んだ現象ではないことは確かなので、皆さんに出来うる限りの手助けをしたいと思っているのです」

 存外低姿勢なミューに怒りのやり場を失ったのか、おう、そうか……、分かりゃいいんだ。分かりゃ……。と椅子に座った。

「質問!!」

 眼鏡をかけた男が、ピンと挙手をする。あれは……山田聡だったっけか?やたらとテンションが高いのが売りなオタクだ。

 山田聡は、手を挙げたくせに呼ばれるのを待つ様子もなく、立ち上がる。


「手助けとは、一体どのような物のことなのでしょうか?もしや、身体能力が上がったり、特別なスキルが貰えたりするのではないですか?」


 興奮気味に。

 畳み掛けるように。

 口を挟む間もなく。

 彼は言う。

 その様子から興奮しているのは明白だった。

 何が面白いのか、理解できない。不安はないのだろうか?……ないのだろうな。どうにも〝別の世界〟〝世界の管理者〟などという単語からゲームや小説と混同している節がみられる。

 簡単にいうなれば、〝異世界キタアアアアアアア〟という心象なのだろう。どうにもよろしくない兆候だ。


「ええ、そうです。そういえば、驚くべきことに似たような展開の物語が貴方たちの世界で流行っていたようですね。ですがああいうものは参考にしないほうがよいと思いますよ」

「それは何故でしょうか?」

「そうですね……。例えば現代物の推理小説に登場する殺人鬼を模倣する人が現れたらどう思います?」

「え?そりゃ、やばい人だなと思いますが……」

「そういうことです」

「はあ……なるほど?」

 あまり納得いってないようなもやもやとした語調であるものの、山田聡は大人しく座った。


「ではまず初めに職業について説明したいと思います」

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