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魔王様と秘書さん その6

 本日は大規模果樹農園にやってきている。

 来訪の目的は産業振興を兼ねた果物農園視察。

 これまで果実の出荷のみであった産業に、観光を取り入れようという新たな試みへの第一歩である。


 見渡す限りの果樹は目に鮮やかな緑の葉を生い茂らせ、色とりどり鮮やかな果実と引き立てあう。

 そしてブドウや梨、リンゴといった様々な旬の果実によるたわわな実りは、漂う香りすら甘くする。

 視覚と嗅覚。

 そこから飛び込む暴力的なまでの瑞々しい感覚は、これから味わう実りへの期待感を嫌が応でも高めてくれる。

 この光景を楽しみながら、思い思いにこれだと思う果実を自ら摘み取りその味を堪能するのだ。

 成功しない訳が無い。


「素晴らしい出来ですね。流石は師匠様」


 この農園は先の四天王の一角にして先代魔王秘書でもあった私の師匠、サンドロス様の開かれた農園。

 師匠は先の大戦にて魔王様を守り切れなかったご自分を恥じ、軍から身を引かれると同時に宮殿からも去りこの地を終の棲家とされ、農場を開かれた。


「当たり前だ。魔王様を守れなかったばかりか、魔王様の細やかな希望すら叶えられなかったとあっては最早生きている価値すらないわ」

「はははは。流石は師匠様です」


 師匠が農園を開かれた切っ掛け……

 それは魔王様が先の封印前に果物を食されていた際、誰とも無く呟かれた「もっと甘いブドウが食べたいな」という言葉を耳聡く師匠様が聞き止められたことによる。


 その後、魔王様が封印され、以来三百年……

 師匠はずっと果物の品種改良へと取り組み続けられたのだった。


 その結果、今や魔王国産の果物は外貨獲得の主要産業の一つにまで押し上げられたのである。

 今回の視察は、その魔王様にその成果を直にご覧に入れるという師匠の悲願でもあった。


 どうですか? 魔王様。


「旦那様、ほら、たくさんブドウが実ってますよ」

「おお、本当だな。なんと瑞々しい。まるでお前の肌のようじゃないか」


 もっと甘々しいお二人がそこに居た。

 えーと、果物の甘さとかわかりますかね?


「本当ですか? でしたら触ってみます?」


 そう言って奥様がご自分の頬を指さされた。


「ごふっ……」


 もちろん魔王様は吐血寸前である。


「だ、旦那様、大丈夫ですか?」


 奥様が慌てて駈け寄ろうとしたところを魔王様が手を上げて制した。


「だっ、だいじょうぶだ…… だ、だから近づくのはもう少し待ってくれ……」

「え? あ、はい」


 わかります、魔王様。

 血圧が危ないんですね?

 それ以上奥様に近づかれたら、鼻血を吹くのでしょう。


 ここはお助けに入らないといけません。


「魔王様、奥様、お疲れさまです。こちらの農園主をご紹介さし上げたいのですが、宜しいでしょうか?」

「あ、ああ、頼む」


 助かった…… そんな、砂漠でオアシスを見つけたような目で私を見ないでくれませんかね、魔王様。

 そして魔王様はすっと表情を戻す。


「え? あ、あの、旦那様…… もう、お加減は大丈夫なのですか?」

「うむ」


 内心はともかく、外見上はいつもの落ち着きを取り戻した風に見える魔王様に奥様はホッと息をつかれた。


「そう。なら、おねがいねアストロス」


 そして奥様はいつもどおりの良い笑顔を返してくれる。

 ええ、いつもの笑顔です。

 ですからそこでこっそり鼻の付け根を押さえるのは止めて下さい、魔王様。


「はい、では。魔王様はご存じですが、こちらが先代の魔王秘書にして、私の師匠でもありますサンドロス様です。現在は、魔王国随一の果物博士としても有名な方です」

「魔王様お久しぶりでございます。奥様には初めてお目にかかります、私サンドロスと申します」


 師匠は相変わらずの渋いバリトンの声で奥様の前に跪き礼をした。

 もちろん手の甲へのキスは省略してもらっている。


 こんなところで師匠が死ぬ光景を見たくはありませんし。


「サンドロス久しぶりだ。よい仕事をしたな。見た目と漂う香りだけでもその素晴らしさがわかるぞ」

「……もったいない、お言葉を……」


 師匠が言葉を詰まらせる。

 そして目には涙が浮かんでいた。


 魔王を守りきれなかった悔しさ。

 そこから始まった今までの苦労。

 それら全てが報われた瞬間である。


「ははは、泣くでない。お前ほどの粋な男が台無しであるぞ」

「申し訳…… ありません」

「よいよい。お前の全てを見させてもらった想いだ」

「はっ」


 匂い立つ程の男っぷりが眩しいほどの師匠が泣く姿を見たのは三百年ぶりだな。


「本当に頭が下がる思いがするほど大変素晴らしい研究成果を見せて貰っています。貴方のような臣民がいることを大変誇りに思います」

「ありがとうございます、奥様」


 そして研究畑の奥様からのお褒めはまた格別な思いがある。


「そうだな。本当に素晴らしい研究成果を見せて貰っている。次は味だな、サンドロス」

「ええ。勿論そちらにも自信があります。どうぞご賞味下さい」


 師匠が胸を張って応えた。


「そうだな、勿論良い結果を確信しておる。さあ行こうか」

「ええ、旦那様」

「はい、魔王様」


 ここから先は私が案内することになっている。

 目的の、最高の実りが約束されている場所はあらかじめ確認済である。


 なぜか?

 もちろん、この先は師匠には見せられないからだ。


 先日の海水浴以来、爽やかな空気に溢れた空間で楽しさに浮かれた奥様は大変危険であるのだ。


 そう、わかっている。

 わかっていたのだ。

 だが、つい油断していた。


 お二人を案内する目的の場所はまだ先だという慢心……

 しかし、例え道中であろうとも気を抜くべきでは無かったのだ。


「はい、旦那様、あーん」


 そこにはブドウ棚があるのだから……


 そう。

 私の背後で奥様がその道中でブドウを摘み、あろうことか手にした粒を魔王様の口元に差し出していたのだった。


 しまった!!


「がはっ!」


 勇者の一撃程度ならば余裕で耐えられるであろう魔王様が、奥様のたった一言で崩れ落ちようとしている。


 まずい!


 私は咄嗟に奥様にお声がけをした。


「奥様っ、あちらに大変大きなブドウの房がございますよ!」

「え? まあ、本当」


 奥様の意識があちらのブドウに向いた。

 いまのうちです、魔王様!


 魔王様はその瞬間、指先に魔力を集めると鼻の付け根を押さえてそれを流し込む。

 そして私は掌に魔力を込めると魔王様の両足を叩いて筋肉に刺激を与え活性化する。


 この間、0.5秒。


 そして魔王様は立ち直る。


「おお、確かに素晴らしい房だな」


 そう言って魔王様は何事も無かったかのように奥様に先んじて歩き、その房を摘み取った。


「どれ一つ」


 そして自らブドウの粒をつまんで自らの手で食したのだ。

 だがそれでは五十点です、魔王様。


 私は目に力を込め、魔王様にアイコンタクトを送る。


 すると、魔王様はキッ!と顔を引き締め覚悟を決めたようである。

 よし、理解して頂けたようだ。


 魔王様はその手にした房からブドウを一粒摘み取ると奥様に差し出した。


「ほら、お前も食べてみるといい」


 そうです!

 そのままそれを奥様の口元に!!


「ほら」


 ……そして粒が奥様の掌の上に置かれていた。


 ……


 このヘタレ魔王ぉぉぉ!!!!!!!!



 ブドウも梨も大変美味しかったです。

 リンゴも素晴らしいものでした。

 果物観光農園いけると思います。



 このヘタレ魔王ぉぉぉ!!!!!!!!

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