魔王様と秘書さん その4
今日、魔王様は最後の夏を満喫する為、海水浴に来ていた。
提案したのは秘書である。
もちろん魔王様と秘書二人でキャッキャウフフと海辺に戯れているわけではない。
今回、海水浴を提案したその秘書はビーチパラソルの下、メイドを傍らにトロピカルドリンクを口にしつつ荷物番をしていた。
遠くに魔王と黒巫女さんを眺めながら。
◇ ◇
「海水浴?」
「ええ。今回はまだ泳いでいらっしゃらないですよね。先代の記録には魔王様は海水浴がお好きだとあったのですが」
「あ、ああ、まぁな……」
「おや? どうされました? かつてビーチで千人斬りの魔王様と呼ばれた方がそんな──」
その瞬間、魔王が目の前から消えた。
そして気がつけば秘書の背後で手刀を背中に当てている。
「この私にも全く見えませんでした。流石でございます、魔王様」
「その事は二度と口にするでないぞ」
「はい。特に奥様の前では」
「うむ」
そして魔王は席に戻る。
「それで海水浴なのですが、奥様とご一緒に行かれては如何ですか?」
「妻と?」
「はい。魔王様のプライベートビーチも流石にシーズンも終わりに近づき、利用の申請も少なくなっております。今でしたら完全に貸切日を作れますが」
「そうか…… しかしな──」
「奥様の水着姿を見たいと思われませんか?」
「……いつなら貸切日を作れる」
「はい。こちらをご覧下さい」
そして秘書は内ポケットから予約カレンダー表を取り出し、魔王のテーブルに広げた。
既に予約カレンダーにいくつかの日に丸が付けられている。
ここから選べということらしい。
「わかった。妻と相談してみよう」
◇ ◇
そして実現した今日という日。
奥様……
うん、わかってた。
奥様が今日という日の為に選ばれたその水着。
膝丈のワンピースを腰のリボンで絞り、その下にふくらはぎまでのズボンを穿いている。
うん。
それ、いつもとどう違うんですか?
秘書は水着と言えば同族の紐水着が最もイメージが強く、流石にいくら奥様であろうと水着であればもう少し露出があるものだとばかり思っていたのだ。
水に入るんですよ?
なぜそんな重装備なんですか。
ちなみにこの世界の世間一般的には、ボディースーツのような形状の水着が現在の流行である。
そこからしても奥様の水着は行き過ぎだ。
「申し訳ありません、魔王様」
「ん? 何を謝っているんだ、アストロス」
「いえ、魔王様に普段よりもう少し軽装の奥様を見て頂ける事を狙っていたのですが……」
「何を言っているアストロス。見ろいつもより軽装であろう」
「……え?」
えーと、ふくらはぎが少しと素足が出てますけれど…… あれですか?
「よいか? 見えるだけが萌えでは無い。普段見えないものが僅かに見せる素肌。それこそ萌えだ」
「はい? も、もえ?」
「そうだ。 はぁ、可憐だ…… 流石、我が妻…… これぞ天使……」
「て、てんし?」
「はぁ……」
意味がわかりません。
なんですか? そのもえとかてんしとか。
時々意味不明なことを仰る魔王様ですが、今回は特にわかりません。
ですが、満足していらっしゃるのはよくわかりました。
満足されているのなら結構です。
……
…………
………………
「奥様、楽しそうです」
隣に立つメイドが声をあげる。
「そうか」
「はい」
魔王様も実に幸せそうだ。
せめてもう少し距離を縮めて頂ければな…… ん?
「あ、お二人が」
手を繋いだ!?
「お幸せそうです」
これぞビーチの魔法である。