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魔王様と秘書さん その2

 今日は朝から魔王様が大変良い顔をしておられる。

 恐らくはあの、これ見よがしに魔王様の机の上に置かれている花柄の布に包まれた長方形立方体の包みのせい。


 というか、朝からずっと私を横目でチラチラ見るのはやめてください。

 鬱陶しいので。


 秘書は、チクチクと感じる視線を心の中で払いのけながら省内に配布する通達文書の清書を続けている。


 よしっ。


「魔王様、確認をお願い致します」


 秘書が清書を終えた文書を魔王の机の上に置くと、魔王は「早かったな」と声をかけつつその書類を手に取った。

 そして、確認を終えた書類の署名欄にペンを走らせ、自らの名前をサインした。


「ありがとうございます」


  秘書はその書類を受け取ると、自らの机の上に置いてある白紙の束の上にその書類を寸分狂わずに重ねて置いた。


「三十枚……」


 そして、その書類の上に自らの手の平を重ね、そうつぶやいて魔力を通す。

 秘書は適量の魔力が通った事を確認し、一番上の書類を取り去った。


 すると魔力を通すまで白紙だったその紙が、上に置いた書類と全く同じように内容が写された書類になっている。


 秘書能力・書面複写。


 この能力を使って無駄複写を全く出さない者は宮中でも数えるほどしか居ない。

 これぞプロの技である。


 秘書は念を込め、複写した書類を各省庁担当者に飛ばした。

 これで一連の作業終了である。


 秘書は一仕事を終え軽く息を吐いた。

 さて、そろそろお昼なんだが……


 ああ、鬱陶しい。

 これはやはりお相手しなくては駄目か?


「魔王様、そろそろお昼でございますが、今日のお食事は如何なされますか?」


 すると、魔王はその言葉を待っていたとばかりに目を輝かせる。

 表情も満面の笑みだ。


「ああ、そうだな、もうお昼か。全然気がつかなかったぞ」


 嘘つけ、ずっとその包みと私の間を視線が行き来していたぞ。

 勿論そんな思いはおくびにも出さない秘書である。


「アストロスはどうするのだ?」

「はい、私は久しぶりにドラキュラ亭の鴨肉のロースト血のソース添えでも頂こうかと思っております」

「ははっ、外食か」


 魔王様、すっげぇ良い顔。

 ムカツク。


「そうかそうか、お前は外食か。いやすまん、今日はお前に付き合えそうにないな」


 付き合って下さらなくて結構です!

 勿論表情には出さない。

 チラチラと見ているその包みに触れないわけにいかないだろうな。


「そうでございますか、それは残念です。では魔王様はどちらでお食事を?」

「はははっ、今日の我の食事はこれだ」


 ばーん!と音を立てそうな程に決め顔を見せつけてくれる魔王様がそこに居た。

 その手は勿論、包みの上に。


「おお、なるほど。してその包みは何でございましょうか?」


 ああ、聞きたくない……


「ははは、やはり気になるか? そうか気になるか。はははははは」


 ちくしょう!殴りたい。


「これはな、妻がわ・れ・の・た・め・に!作ってくれた弁当であるぞ!」

「おおっ! 奥様が魔王様のために」


 わかってた。


「ははは、先日、ワンピースを買ってやった礼に是非と言われてな。いや、我も宮中でも食事は用意されているし、お前に付き合って外食をするかもしれないからと断ったのだがな? いやあれも常に忙しい身である。このような真似をさせるのは心苦しいと思っておったのだ。しかし、是非に是非にと言われれば断れぬであろう? いや、全くあれも一度決めたら頑固でな。はははははは」


 うっとうしい。


「これが奥様のお作りになった愛妻弁当。魔王様は大変な幸せ者でありますね」

「そうだな、全くその通りだな。どうだ? お前もこれを見てみるか?」


 別に見たいとも思わないが、勿論秘書の答えは常に一つ。


「是非!」


 そして、魔王がその答えに実に良い顔をすると、目を輝かせながら包みを解き始める。

 ウキウキという音で魔王様の周囲を飾りたくなる。


 包みを解けばあとは蓋である。

 魔王はその蓋に手をかけると、ごくり、とツバを飲み込み、ゆっくりと持ち上げていく。

 そして充分にその蓋を持ち上げると、さっ!と横に移動させた。


 魔王の顔がこれ以上無いほどの笑顔に溢れる。

 そこに現れたのは奥様の愛情が一目でわかる光景。


 その弁当は色とりどり、沢山の料理が可愛らしく詰められていた。


 それを見た秘書は、ああ、奥様だ……そう実感する。


「どうだ、アストロス」


 秘書はベストな回答を求められている。

 さてどうする。


「大変美しい弁当ですね。これは味もさぞや期待出来るでしょう」

「ああ、そうだな。妻の料理は大変に素晴らしいぞ? 宮廷料理長もかくや、いや妻の方が上では無いかと思っておるほどだ」

「さようですか、それは素晴らしい」

「であろう? その妻の料理が食べられる我は幸せ者であるぞ」

「素晴らしい奥様です。魔王様にぴったりのお方ですね」

「はははは、そうだろう、そうだろう」


 よしっ。


「そうだ、お前もひとつ、このコカトリスの卵焼きでも食べてみるか?」


 なん、だと?


「それは光栄ですが、私などがそれを頂いては奥様が悲しまれます」

「いやいや、お前が我のために常日頃最高の働きをしてくれているのは妻もよく知っておる。お前なら妻も文句は言わん。食べてみるがいい」


 魔王からは逃げられない。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。


「大変光栄です。では一つ頂ける光栄に預かりたいと存じます」

「うむ」


 そして秘書はその卵焼きを口にする。

 うん。

 確かに美味い。

 何事も器用にこなされる奥様の料理だ。

 不味い筈は無い。

 そこは安心していた。


 だが


 宮廷料理長よりも上かと言われればそれはない。


 しかし


 求められている回答はこれではない。

 必要なのは、誰にも迷惑をかけずどこにも問題を発生しない言葉。

 さあ、考えろ。


「大変素晴らしいお味です。流石は奥様。魔王様の魂の伴侶。魔王様のお口にこれほど合う料理を作れる者は他におらぬでしょう。これは正に魔王様の為のお料理。やはり他の者に食べさせるのは勿体ないと感じます」

「そうか! そうか、そうかぁ! ははは。そうだろう、そうだろう。お前は実によくわかっておるな。流石は美食家としても名高い男だ」

「ありがたきお言葉です」


 よしっ!


「うむ、ああ、これも、これも美味い。我は幸せだ」


 魔王様は奥様の弁当を味わうのに手一杯となられた様子。

 では私は退席させて頂くとしよう。


「では私も食事に行って参ります」

「うむ。ゆっくりしてこい」

「はっ」


 そして秘書は一仕事を終えた顔をして食事に向かっていった。

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