魔王様と秘書さん その1
本編第一章「閑話 魔王目覚めの時」の後のお話しです(*^ー゜)b
「なあ、アストロス」
「なんでしょう、魔王様」
魔王が報告書に目を通しつつ、執務室で書類を分類している秘書に声をかけた。
「うちの嫁、可愛くないか?」
至極真面目な顔を崩さぬまま、魔王はさらっとのろけを口にした。
「そうですね、魔王様とお似合いで大変お可愛らしいと思います」
秘書も慣れたものである。
こちらも至極真面目な顔を崩さないまま、分類中の書類から目を離さす世辞を口にする。
「そうか、お前は見る目があるな」
「ありがとうございます」
そう言いながら、分類済の書類を魔王の机の上にある決済依頼のトレイに置き、確認済の書類を持っていく。
「ところで相談があるんだがな」
「なんでございましょうか、私が魔王様のお力になれる事であれば良いのですが」
秘書は決済済の書類を部署ごとに分類しながら魔王に答えた。
「そうだな、インキュバスであるお前なら適任だと思うのだ」
「さようですか」
そこに至急案件の印章が押された書類が秘書の机の上に転送されてきた。
秘書はそれにちらっと目を通し、確かに至急であると確認すると、すぐにその書類を魔王の前に置いた。
魔王はそれを手にし目を通しながら秘書に聞く。
「我があいつとイチャイチャするにはどうしたらいいと思う?」
まだしてないんですか!?
秘書はそう思いはしたものの、それを口に出す事も表情に出す事もしない。
プロである。
「イチャイチャとは具体的にどのような?」
魔王は至急案件の書類に不可の印を念で刻み込み、確認済のトレイに置いた。
秘書はやはり駄目でしたか、と思いつつ魔王の言葉を待つ。
「そうだな、まず手を繋いで歩きたい」
「まだ手を繋いだ事もないんですか!?」
しまった、つい。
あまりにもあまりな内容だった。
秘書の鉄壁の精神を凌駕するほどに。
だが魔王はそれを気にする事なく話を続ける。
嫁が絡むと沸点は随分と高くなる魔王である。
「そうだ。あいつから抱擁された事はあるのだが、緊張しすぎてつい余計な事を言って怒らせてしまった。次こそ失敗できないと思うと手すら繋ぐことができなくてな」
あなた、どこのフェアリーですか。
この世界では、純情すぎる者を揶揄するときフェアリーと呼ぶ。
秘書は魔王に対して失礼と言えば失礼だが、誰しもが思う事を心に浮かべた。
「ですがいつも一緒にお休みになっているでしょう?」
魔王と奥様のベッドは寝室にひとつきり。
であれば仲良くするチャンスなどいくらでもあるではないか。
「ああ。もう十センチは距離を縮めたいんだがな」
「くっついてもいないんですか!?」
くそうっ、こうもあっさり私とした事がっ!!
あまりの内容に冷静さを保てない。
一流を自負する秘書にとってはこれ以上無い屈辱である。
「バカを言うなっ! 一度、三十センチにまで近づいたときのあれの頬を赤らめた姿を見て心臓が止まるかと思ったのだぞ。迂闊に距離を縮められる訳がないだろう!」
奥様もですかっ!?
なんとか耐えた、口にする事は耐えてみせた、が……
表情が口に出せない苦痛に歪んでいる。
くそう、このフェアリーカップルめ!
「でっ、でしたらっ…… 一度っ、街にお忍びでっ、お買い物にでも出掛けてみられたら如何でしょうかっ……」
「おおっ! それは名案だな。よし、では早速明日にでもあいつを誘ってみる事にしよう」
魔王が提案を機嫌良く受け入れているうちに、秘書は何とか気を取り直すことができた。
そして思う。
この程度の事に感心するんじゃない、と。
「はい、どうぞごゆっくりと。こちらは私で処理できるものは処理しておきますので」
「そうか、悪いな、任せたぞ」
「はっ」
そして、洋服店で黒巫女さんの頬を染めながらの白ワンピース姿にときめいた魔王様が鼻血を出した事を秘書が聞いたのはまた後日のお話。
くそっ!このフェアリーカップルめっ!!