第6話『ゴリラの思い出』
「じゃあ、動画撮影するから」
俺の全身の毛を乾かした涼は、ドライヤーを足元に置いて、机の上のハンディカメラに手を伸ばした。
「え! 急に!?」
「いや、さっき言ったじゃない、あたしはこれでお金稼いでるの」
「え、俺どこに隠れればいい?」
「は? シュンも出るに決まってるでしょ。なんの為のゴリラよ?」
ふむ。言われっぱなしではエリートの名折れだ。見せてやるよ、マウンテンゴリラの力を!
「よし、何をやればいい?」
とりあえずドラミングか?
「何やったって数字は取れるわよ。JKとゴリラよ?」
「JKはわかるが、ゴリラって数字取れんの?」
俺はドラミングの練習をしつつそう言った。
「うるさい! いくら防音とはいえ、ドラミングは響くわよ。どんだけ縄張り意識強いの」
ほう、ゴリラのドラミングについての知識も持ち合わせているとは、GYARUは見かけによらないな。
「じゃあ何すりゃいい?」
俺がしょんぼりしつつドラミングをやめると涼はこう言った。
「バナナがあるわ」
「そりゃベタ過ぎるだろ?」
「自宅でゴリラがJKと並んでバナナ食ってる動画なんてどこにあるのよ」
「た、たしかに……」
「動画の最中は喋ったらダメよ? 着ぐるみだと思われるから。あくまで貴方は天才ゴリラのジェームス君だから」
「いやいや、どちらにしろ着ぐるみだと思うだろ普通。というか、なんで涼は俺が本当にゴリラになってしまったって信じてくれたんだ?」
「え? そりゃ、父親がゴリラだからよ?」
What?
「え? ゴリラってこの?」
そう言って自分の顔を指差す俺。
「うん。私の父親はある日突然ゴリラになったの。母はロシア生まれのロシア育ちだったから、夫がゴリラになったのを受け入れられなくて離婚したの……」
国籍は関係ないと思うが。そんなツッコミすら言えないほど、涼の横顔には陰が差していた。続けて彼女は口を開く。
「両親が別れて、私は父親について行ったの。でも、父はゴリラの姿で外に出るのに抵抗があったから、仕事も失くしたの。だからあたしが稼がなくちゃいけなかった。でも父のお世話もあるし、学校もあったから手軽に出来るものがよくて、結果ネット配信に行き着いたの」
うつむきながら涼が語る。
「そんな経緯があったのか……」
俺の辞書にはこんな時にかける言葉の一つも載っていなかった。
「なぜか私の動画は瞬く間に再生数が伸びて、二人で安定して暮らせるだけのお金も貯まってきたの。でも、その生活は長くは続かなかった」
「なぜ?」
恐る恐る問いかけた俺。
「急に父が理性を失ったのよ。そして父は完全なゴリラになってしまった。命からがら逃げ出したあたしは警察を呼び、父だったゴリラは捕まった。今では動物園で保護されているわ」
無理をして、苦笑いを作りだす涼。
「そうだったのか……」
「うん。それから、叔母の名義だけ借りてこのマンションで一人暮らし。高校に行ってもこの髪色にこの瞳だからね、悪目立ちするのよ」
母親が残してくれた美しい髪と瞳は偽りたくないのだろう……。
「だから今日、一人で公園にいたんだね……」
「えぇ、でもそのおかげでシュンに会えた」
父親の面影を俺に重ねているのだろうか。
「……」
「なにシュンとなってんのよ? それでもゴリラなの?」
俺が暗い顔をしていたからだろうか? 涼に気を使わせてしまった。
「全然ゴリラの表情をわかってねーな! 別に暗い顔なんてしてないし、なんなら、お昼のバナナについて考えてたから」
「あんた、そんなペースでゴリラ化したら、すぐにマジもんのゴリラになるわよ?」
「え? ちょっと、まじ? それは困る」
俺も理性を失ってしまうのだろうか。
「まぁ、あたしには、父が理性を失くしたきっかけが大体見当ついてるから、そこは安心しなさい」
複雑な表情で天井を見つめながら、涼がそうこぼした。
「え? じゃあ俺にも教えてくれよ!」
ゴリラ本人が知らないのはあまりにも危険だ。
「ダーメ! いずれ教えてあげるから。今はステイして」
「ステイって言うな! 俺は犬じゃねー! ゴリラだ!」
あれ? ゴリラとしての自覚芽生えてね?