第3話『GYARUとGORIRA』
マウンテンゴリラの遺伝子は98%近くが人間と同じと言われている。ならば、もうそれはニアリーイコールであり、つまる所、ちょっと毛の濃い人間と言えるだろう。
理論武装と言う名の心の鎧をまとえば、ありのままのゴリラで外に出ようと案外いけるんじゃね? となりつつある俺。
悩んだ時は行動に移す。それが俺のエリート美学だ。
のしのしと玄関までの距離を歩き、そーっとドアを開ける。よし! 完璧だ! ドアを破かずにすんだ!
その後ゆっくりとドアを閉める。ガチャ。
「あ……」
オートロックの無慈悲に鍵を閉める音が広い廊下に響き渡る。
鍵持ってねーや。いやでも大丈夫だ。鍵など持っていた所で壊すだけだ。そう考えれば余計な損害を減らしたと言える。流石はエリートだ。
ゆっくりと慎重にエレベーターのボタンを押すゴリラを見たことがあるだろうか? ぜひ想像してくれ。
ボタンの指示に従って、エリートなエレベーターがスマートに昇ってきた。
そして俺は腕をぶつけないようにして中へと入る。
なんだか密室内が一気にワイルドな香りで満たされる。
「あ、どうも」
18階で一度エレベーターが止まり、人が入ってくると思いきや、そのまま後ずさりして部屋まで戻ってしまったマダム。ゴリラに背を見せないとは、中々の自己防衛反応と言える。
1階まで無事にたどり着いた俺は両開きの大きな自動ドアを抜け、外の世界へ繰り出した。
爽やかな春の日差しが俺の心を洗うかのようだ。
よし! まずは服を手に入れるか!
ん? あ、れ? 財布忘れたなぁ。取りに戻るか。おっと、マンションのキーもないぜ!
テンポよく忘れ物をする俺。
だが、問題はない、このマンションは、鍵を持っていなくとも指紋認証が……。
散歩にでも出かけよう。
15分近く歩いていて気がついたことがある。案外街中をフルゴリラで歩いていても、熱烈な視線は集めるものの、そこまでのパニックは起きない。都会に住む人間には、ゴリラ一匹に構っている暇はないのだ。恐るべしコンクリートジャングル。まぁ、ジャングルと言う位だから、ゴリラの一匹や二匹いて当然だな。
あまり前傾姿勢を保つとモノホンのゴリラと間違われるため、なるべく背筋を伸ばして二足歩行を心がける。そうすれば、ちょっとリアルな着ぐるみゴリラの完成だ。
それから1時間近くウォーキングを続け、少し疲れが出始めたので、公園のベンチへと腰掛けた。ミシっと言う音が聞こえたが、何とか持ちこたえたようだ。うむ、エリートなベンチだ。
学生の登校時間らしく、学ラン姿の少年とセーラー服姿の少女が混じり合いながら、和気あいあいと歩いて行く姿が見える。
そんな光景をぼんやりと見つめていると不意に隣から声が聞こえた。
「あんたも一人なの?」
いつの間にか、少し距離の空いた隣のベンチに一人の少女が座っていた。
春の陽射しを反射する美しいブロンドの髪が風にたなびいており、黄金に輝く粒子が輝いて見える。真っ白な小さな顔にはサファイアのように美しい宝石が二つ装飾されていた。金髪碧眼とは随分に目立つ風貌である。まぁ、ゴリラ程ではないが。
「えっと、俺が怖くないの?」
客観的に考えて、公園のベンチに朝から居座るゴリラは恐怖の対象だろう。
「平気」
そう言って地面のアリを見つめる彼女。
「どうしたの?」
彼女の物憂げな表情がついつい気になって話しかけてしまった。
「あたしもアリみたいに生きたかった。みんなと同じで変な特徴なんてない、普通の黒いアリに……」
「普通ってのはなんだろうな。俺ゴリラだけど」
不意に彼女の笑顔を見てみたくなった。だから俺は少しおどけた調子でそう言った。
「ちょっと、笑わせないでよ」
目じりを抑えながら笑いはじめた彼女。やっぱりだ、笑顔の方が数段似合う。
「いや、本当ゴリラなんだよ」
自分をゴリラと言い張る日がくるとは、人生わからないものだ。
「なんだか、あたしの悩みなんてちっぽけに思えてきたわ。髪色や瞳の色なんて、ゴリラに比べたら、関係ないわね」
彼女はすっと立ち上がり、その短いスカートを手で払いながら続けざまにこう言った。
「ねぇ、ゴリラさん。うちに来ない?」
この出会いが俺の運命を大きく変えることになる。いや、ゴリラになった時点でもう変わり過ぎだよな。