第22話『ゴリラとSuica』
ダブルデートの約束から数日が過ぎ、今日はいよいよ、本番当日。イメトレに抜かりはない。GPのコントロール練習も引き続き毎日行った。よし、大丈夫!
本日は、マンションのエントランスで涼と待ち合わせをしている。
俺が妙な緊張感を感じながらJKを待っていると、エレベーターから、妖精が舞い降りてきた。
「おはようシュン」
長く美しい金髪を後ろで編みこみ、アップスタイルの髪型にしている涼。不意に見えるうなじが俺の心臓を鷲掴みにする。ゴリラなのか鷲なのかハッキリしないね!
「お、おはよう涼」
「何よ、ぎこちないわね、今日はあたしをエスコートするんでしょ?」
そう言って、蠱惑的な笑みを浮かべる涼。
流石のゴリラも小悪魔には勝てないぜ。
「任せろ、エスコートは得意だ」
俺がそう言うと、涼が手のひらをこちらに差し出してきた。
ん? 何かしら、お駄賃でも欲しいのかな?
「ん! 手を繋ぐのよ!」
顔を赤らめながら、ゴリラの手のひらを催促してくる涼。
「無理、無理、無理、え、正気?」
ゴリラの握力500kg!
「だって、カップルのフリをするのよ、それに力のコントロールは身につけたんでしょ?」
フリなら合流する手前でいいだろ?
なんて口にしてみろ。ゴリラの揚げ足を取ることが趣味のこのJKは、自分への指摘は大嫌いな女王様。報復に足蹴にされてもおかしくない。あれ? ちょっと魅力的だぞ!
「いや、タッチペンと違って、涼の手には代替えが効かないだろ?」
あ、折っちまったウホ、なんてシャレにならん。
「なによ、仕方ないわね。じゃあ、これで妥協してあげるわ」
そう言って、ゴリラの黒々とした強靭な腕に、自分の白く細長い腕を通すJK。
わー!! 黒と白のコントラストやー!
これが俗に言う腕組みってやつか。
「さて、どうやって夢の国まで向かう?」
「え? 車じゃないの?」
「運転出来ると思う?」
ウィンカーなんて一発で吹き飛ぶぜ?
「冗談よ、でもJR乗れるかしら?」
俺の全身を眺めながら、珍しく、弱気に呟く涼。
「まぁ、コスプレ的なノリだよね?」
俺が超絶適当に応える。
「全身ゴリラコスと考えれば案外ありかしらね?」
「いや、ねーよ!」
このJKほんっと、ゴリラに寛容過ぎる。全身ゴリラコスって、それただのゴリラ!
「まぁ、まぁ、まぁ、まぁ」
俺が二の足を踏んでいると、ゴリラを引きずるようにして歩き出す涼。このJK、とんでもない馬力の持ち主だな。
「わかったよ、自分で歩くから」
JKに引きづられるゴリラはあまりにも目立つ。そのうち、ポリスメンに引きづられる可能性があるので、ここは大人しく、自らの足で二足歩行に戻ろう。
駅についたらすぐに、涼は券売機に向かった。何やら画面をタッチしている様子だ。
今でこそ液晶画面のついた券売機は普通だが、初めてみた時の衝撃は今でも覚えている。俺がそんな懐かしい記憶に浸っていると、涼が片手にSuicaを持ってこちらに戻ってきた。
「はい、これ!」
そう言って、作りたてのSuicaを差し出してくる涼。
「ちなみにいくらチャージしたの?」
受け取る前に確認しておかないと。
「10万」
「え? 無理、無理、無理」
ゴリラの握力500kg!
10万パッキーンするよ?
ってか、そんなピンク色のガチャガチャしてるIQ2くらいのサイフに10万も入ってんの?!
「あたしに考えがあるわ!」
そう言って、夢の国のネズミがプリントされたカバンから、モコモコのクマさんのパスケースを取り出す涼。そしてそのまま、クマさんのパスケースを俺の首にぶら下げた。
ゴリラの首にクマのパスケースがぶら下がっている。ゴリラにクマ。クマにゴリラ。もう何が何やら……。
「確かに、これなら、クマごとSuicaをかざせるしカードは折れないな」
しかし、ゴリラがクマのモコモコケース片手に改札を通り抜けると言う、ツッコミ所満載状態に俺の精神が耐えられるだろうか。
「よし、じゃあ行くわよ!」
涼はそう言って、颯爽と改札を通り抜ける。
その勢いに続けとばかりに俺も改札へとクマさんをかざす。ピッ! と言う電子音の後に、改札の戸が開く。腕が引っかからないように注意しながら、慎重に改札を通る。
「ウッホーい!」
思わず声を上げてしまった。
「改札を通った位で大袈裟よ」
キツイ言葉のわりに優しい声音で笑う涼。
「いや、改札を通り抜けたゴリラとか、ゴリラ史上初の大快挙だろ!」
「天才ゴリラ君ね!」
笑いを噛み殺しながら、涼がそう呟く。
「一周回ってバカにするな!」
「え? 直球でバカにしてるのよ」
何がそんなに面白いのか、笑みが溢れ出している。今日の涼は終始ご機嫌だ。まぁ、今日は始まったばかりなのだが。
ホームに電車が来た。流石は大都会。混む時間は避けたが、乗車率がそこそこ高い。
しかし、なぜか、俺の周囲には人がよりつかない。
「これが噂のドーナツ化現象か」
俺の周りだけが、リングドーナツさながらに、ぽっかりと穴があいている。
「中心市街地の人口が減少し、郊外の人口が増加する人口移動現象で例えないでよ!」
的確過ぎて、逆に的確じゃないツッコミを披露するJK。
「涼って何気に博識だよね」
「友達が少ないから勉強に集中出来るのよ」
やっべ、地雷踏んだかな?
「えっと、なんか、ごめん」
「NANIが?」
おっと、明らかに語気が荒いぞ?
ゴリラも裸足で逃げ出す勢いだぜ。
それから、乗り換えをして、過ぎること数分。目的の駅に辿り着いた。
涼が肩をそわそわ揺らしながらも、満面の笑みで電車を降りる。
電車を降りれば、夢の国はもう目と鼻の先。
「はやく、はやく!」
ゴリラを急かしながら歩く涼。
「あれ、どこで待ち合わせしてるんだっけ?」
「夢の国の中よ」
「え? 見つけるの大変じゃない?」
夢の国の人口密度なめすぎじゃね?
「ゴリラ連れてるんだから、そっこー見つけてくれるでしょ?」
楽観的な言葉を口にする涼。
「いやぁ、俺と似たようなキャラクターいっぱいいるじゃん?」
子どもが寄ってきちゃうぜ!
「こんなリアルなゴリラ他にいないわよ!」
「最近の主流は本物志向だからな!」
価格の安さよりも、クオリティが求められる時代だからね。
「いやいや、本物のゴリラとしての自覚が芽生えはじめてるじゃない!」
涼が勢いのあるツッコミをみせる。
そうこうしていると、こちらに手を振っている二人組を見つけた。
少しの緊張感と、少しの期待感を胸に抱き、俺たちは、腕を組んだまま、少し早歩きでそちらへと向かう。