第19話『ゴリラとケチャップ』
「ねぇ、キッチン借りてもいい?」
ゴリラが散らかした割り箸を手早く片付けながら何気なく涼が言った。
「えっ! 今日も作ってくれんの? でも材料ないよ?」
材料どころか、冷蔵庫の扉すらない。
「うん、材料はあたしの部屋から持ってくる」
「それなら涼の部屋でもいいんじゃない?」
材料を運ぶのが二度手間な気もするが……。
「いや、このキッチンあたしの部屋のより広いし、調理器具もかなり充実してるじゃない?」
感心した様子でこちらに問いかけてくる涼。
「まぁ、あんまり料理はしないけど、どうせ作るなら美味い物が食べたいからな」
エリート思考の強い俺は調理器具も勿論エリートな物しか使わない。
「じゃあ今日は一緒に作る?」
小さく首を傾げながらほんのり優しさを覗かせる笑顔で涼がそう言った。
「キッチンにゴリラは危険過ぎない?」
混ぜるな危険! ゴリラ密度が大変な数字を叩き出すことになる。
どーでもいいけど、キッチンゴリラって響きが個人的に好きだ。
「調理器具もゴリラもあたしが上手くさばくわよ」
涼の言葉からは料理への自信は勿論のこと、並々ならぬゴリラへの自信を感じさせた。
涼がカゴの中に材料を入れ、俺がそのカゴをお姫様抱っこの要領で運ぶ。この戦法ならば、手のひらを握りしめる事なく物が運べる。
流石、天才ゴリラ研究者の意見は一味違うぜ。
食材を運び終え、いよいよキッチンへと入場するゴリラ。流石はエリートなキッチンだ。ゴリラがギリギリ動けるスペースが存在している。
「よし! じゃあまずは卵を割って」
鶏肉と玉ねぎを切りながら涼がゴリラに指示を出す。
「OK! 任せろ!」
俺は片手で卵を割れる程度には料理が出来るエリートだぜ?
返事の勢いのままに、卵を握り潰す俺。
飛び散る卵白に弾ける卵黄。それらは見事なまでに高く舞い上がり、JKの美しく整った顔や、ショートパンツから覗かせる白く瑞々しい御御足にべっとりとかかった。
「ちょっと、べとべとじゃない」
顔にかかった卵白を手でぬぐいながらも上目遣いでこちらに抗議する涼。
これは流石にEcstasy!!
ゴリラが飛ばした卵白を細長い指で取り除くJK。う〜ん、やっぱり、Ecstasy!!
「いやいや、人間の5歳児ですら失敗するんだから、ゴリラとしては0歳児の俺が卵割れないのは必然じゃね?」
この失敗は次の成功への布石さ!
「まぁ、失敗するのはわかってて言った節はあるけど、まさか全部あたしの方に飛ばすとか逆に器用ね」
呆れ半分感心半分で涼がそう言った。
「まぁ、細かいことは気にするなよ。俺なんて裸エプロンだぜ?」
サービスサービスー!
「そうね、今のはあたしも悪かったわ」
そう言いながらフキンで顔や太ももに付着した卵を取り除き、それをシンクで洗い流す涼。
あぁ〜、JK経由の黄金卵が流れ去って行く。
「も、もったいない」
俺はJK経由の卵に想いを馳せながら涙を堪えてそう呟いた。
「さて、気をとりなおして再開ね」
そこからの涼の手さばきはゴリラの俺からしても見事なものだった。あれよあれよとしている間に、2枚のお皿の上にはチキンライスが出来上がっており、ふかふかな卵の入った2つのフライパンを両手で持ち上げた涼はそれらを同時にチキンライスへとライドオンする。
すると先程まではチキンライスだったものが、一瞬の隙に卵と融合してオムライスへとトランスフォームを遂げていた。
「う、美味そう」
「美味そうじゃないわ、美味いのよ」
自信に満ちた表情で最後の仕上げとばかりに、ケチャップで文字を書くJK。
GORIRAというアルファベット6文字を装飾されたオムライスが俺の前へと差し出される。
「おまえ、字も綺麗なんだな?」
「いやいや、ケチャップじゃ筆跡なんて分からないでしょ、それに、もって何よ?」
訝しげな表情でこちらを覗く涼。
「いや、全体的に綺麗じゃん。顔とか足も」
エリートな俺は思ったことは素直に言うのだ。
「何よ急に、馬鹿じゃないの! バカ、アホ、ゴリラ!」
顔を真っ赤にして罵詈雑言タイムに突入する涼。
「ゴリラは悪口じゃねーだろ!」
俺はゴリラとしての尊厳を守るため戦う。
「もういいわよ、あたしのオムライスにも字書いてよ」
そう言って自分のオムライスの仕上げをゴリラに一任するJK。
俺は少し緊張しつつも優しくケチャップを握り潰す。飛び散るケチャップ、真っ赤に染まるゴリラ。部屋に残されたのは、赤く染まったゴリラとJK。危険過ぎる構図だ……。
「ご、ごめん、俺こっち食べるよ」
俺はオムライスなのかケチャップの塊なのか判別出来ない物体を指差しそう言った。
「え? あぁ、大丈夫よ。あたしケチャップ大好きだから」
そう言って冷蔵庫から新たなケチャップを取り出しケチャップの上にケチャップを垂れ流す涼。
「……」
俺が呆気にとられていると、涼はオムライスとケチャップの塊の乗った皿をテーブルへと運ぶ。
「いただきます!」
2人の声が重なり同時にスプーンを口へと運ぶ。もちろん、涼の部屋から運んできた特別頑丈なスプーンだ。
「うっま!」
卵のフカフカ感は最早レストラン級で、中身のチキンライスも玉ねぎと鶏肉の調和がとれており素晴らしい火加減だった。
「でしょ? あたしのも食べる?」
そう言って、先程まで自分がパクついていたスプーンをそのままこちらに向ける涼。つまりこれは、まさか、嬉し恥ずかしのあ〜〜んではないだろうか?
しかしここで問題がある。このケチャップの塊を食べるのか?
「はむ」
食べるに決まってんだろ! JK経由のケチャップは最早ケチャップではない! 三つ星シェフも裸足で逃げ出す極上の味がするだろう。
ケチャップとJKの魅惑のハーモニーが口の中で……。うん、ケチャップの味しかしない……。そりゃそうだよね。
このJK、ゴリラとケチャップ好き過ぎだろ?




