第14話『GORIRA∞』
マンションの前で気絶した妹をキャッチした涼は、そのまま妹を背負って自分の部屋まで連れて行った。
俺が持とうとしたのだが、まだゴリラパワーを制御出来ない状態でそれは危険過ぎるので、涼に任せることとなった。
それにしても、いくらカナが小柄だとはいえ、気絶した人間をおぶるのはそう簡単ではない。昨日みせた華麗なハイキックといい、このJKは何か武道でも嗜んでいるのか?
和室に広げてある自分の布団に、そっとカナを寝かせる涼。
「なぁ、涼って武道とかスポーツとかやってるの?」
「合気道ならやってるわよ?」
まさかの合気道! JKと合気道!
そりゃゴリラも上手くさばくわけだ!
あれ? 合気道とハイキック関係なくね?
「合気道習ってるって珍しいな」
「母の影響ね」
どこか遠い目をしながら、小さな声でそう呟いた涼。
涼の母親はロシア人だったそうだが、合気道を嗜むとは随分と親日家のようだ。
部屋全体に一瞬の沈黙が生まれたが、その静寂を埋めるようにして、ぐぅ〜! っという強烈な音でゴリラの腹の虫が鳴いた。
「あ、ごめん」
生理現象なのだが、何となくあやまる俺。
「朝ごはんがまだだったわね。昨日のカレーでもいい?」
「もちろん!」
カレーは2日目が最高に美味いからね!
涼がキッチンへと向かい、昨日のカレーを煮詰め始める。すると、JKお手製のスパイシーカレーのかぐわしい香りが部屋中を満たす。あぁ、ターメリック!
スパイシーな香りにつられたのか、先程まで気絶していた妹が襖を開けて和室から出てきた。
「何、この美味しそうな香り?」
知らない部屋で目覚めた時の第一声がこれか……。大したもんだ。ほんと、将来が心配。
心配だから、お兄ちゃんが一生面倒を見てやるか。まったく、仕方ないなー!
「あたしが作ったカレーの香りよ」
妹の問いにキッチンから返事をする涼。
「カレー! 食べる! お姉さん誰?」
脊髄反射で会話をするカナ。意思表示が明確だね!
「ちゃんとした自己紹介がまだだったわね。あたしは涼、高校一年生よ。昨日からお兄さんと同棲しているわ」
あぁ、JKと同棲か。幸せ過ぎて怖いぜ。何か不幸なことでもあるんじゃね?
あぁ、ゴリラと言う名の前払い済ませてました!
「ど、ど、泥棒猫!」
妹の小さく整ったお口さんから、猫ちゃんが飛び出して来たぞ?
ど、ど、何処で覚えたのそんな言葉!
それにしても涼が猫なら、俺は猫に飼われているゴリラというわけか……。悪くない! いやむしろ、涼のネコミミ姿は最高だろう。ウッホ!
「まずは自己紹介が先でしょ?」
優しく妹をたしなめる涼。
妹をたしなめる。優しく妹をたしなめる。
うーむ。そこはかとなくエッチだ。
JKが妹をたしなめる。妹をJKがたしなめる。
ここまでくると淫靡だなぁ〜。
妹を、女子高生が、たしなめる。
ゴリラ心の一句。
「あ、すみません。カナはカナです! えっと、中3です」
ペコリと頭を下げ頭の悪い自己紹介をする妹。カナはカナって哲学的過ぎて逆に天才説まで浮上する。
「よし、そろそろいいかしら。カナちゃんもカレー食べる?」
お玉でカレーをかき混ぜながら、カナに問いかける涼。
「食べる! 絶対!」
おバカさんの妹にすら、無意識に倒置法を使わせる程、このカレーのにおいは食欲を刺激する。
エプロン姿の涼が三つの皿にライスを盛ってその隣にカレーを流し込む。
カレー+ライス=∞
この組み合わせを考えた人は本当に偉大だ。
JK+エプロンに匹敵するポテンシャルだ。
つまり現状はこうなる。
カレー+ライス+JK+エプロン=GORIRA∞
ロックだなぁ〜。カリスマ性を感じる。
「はい、召し上がれ」
涼が全員分のグラスに水を注ぎ終えるとそう言った。
もちろん、俺の食器は全て対ゴリラ用の頑丈な食器となっている。
どの位前のことかはわからないが、涼の父親もきっと、このカレーをこの食器で食べていたのだろう。そう思うと心なしかこの食器の重さを感じる。
「いただきます!!」
少しばかりセンチメンタルゴリラになっていたら、隣に座ったカナが爆速でカレーを蹂躙し始めたので、そんな気分もどこかへ行ってしまった。
「いただきます」
俺もカナの後を追従するかのように、次々とカレーを口に運ぶ。
やっべ、2日目はやべー、何がやべーって、そりゃあ、もうやべー。語彙力が無くなる程の美味さ!
「ちょっと、口についてるわよ」
俺の正面に座っている涼がそう言って、ウエットティッシュで口元を拭いてくれた。
「ちょっと、お兄ちゃんに触らないで!」
先程まで、狂ったようにカレーを流し込んでいた手元が止まり、涼を威嚇するカナ。
「お代わり食べる?」
涼しい顔で提案をする涼。
「食べる! 涼さん大好き!」
単純明快過ぎるだろ! 少しはこのカレーの複雑な旨味を見習って欲しい。
それにしても、りょうさんって聞くと、どうしても亀有の警察官を連想してしまう。あの人、ゴリラよりの人間だから、妙な親近感わくなぁ〜。まぁ、俺はゴリラよりのゴリラなんですけどね!
「カナ、他所様の家なんだから、少しは遠慮しなさい」
珍しくお兄ちゃんらしい一面を見せるゴリラ。
「あら、その他所様の家で、シャワーを浴びて、晩御飯を食べ、泊まったあげくに、歯まで磨かせているのはどこのゴリラかしら?」
涼が嗜虐的な笑みを浮かべ、生き生きとした表情でそう言った。
「ゴリラだからセーフでしょ?」
ついに、ゴリラを盾に取る作戦に出たゴリラ。
「まぁ、あたしが好きにやってることだしね?」
そう言って、楽しそうに微笑む涼。
ゴリラのハートを狙い打ち!
そうして、俺がハートを撃ち抜かれていると、涼が食べ終わった食器を手早く片付け始めた。って言うか、妹のおかわりを食べ切るスピードに驚愕!
「よし、じゃあ一旦、部屋に戻るわ」
あぶない、あぶない、あまりのカレーの美味さで、妹を呼んだ目的を忘れる所だった。
「あたしも行くわ、貴方達2人だけだと不安だしね」
淡々とそう口にする涼。
「ダメ! お兄ちゃんの部屋にはあげないから!」
すぐさま抵抗の意思を掲げる妹。
「デザートもあるわよ?」
そう言って、冷凍庫から、ハーゲンなダッツさんを取り出す涼。
「食べる! 涼さん大好き!」
あれ? 俺の妹も飼いならされてね?