第13話『ゴリラの妹』
朝からJKに歯を磨いてもらうという超VIP待遇を受け、時刻は9時50分。妹がそろそろマンションの前に着くころだ。
「じゃあ、そろそろ下に行ってくるわ」
俺はそう言って玄関の方へと歩き出す。
「あたしも行くわ、ゴリラだけだと流石に怪しいから」
口調は強めだが、なんだかんだいいつつも、結局は優しい子なんだよな〜。
「ありがとう」
自然と素直な気持ちが口から出た。
「放し飼いはしない主義なの」
頬を少し赤らめながら、顔をそらして涼がそう言った。さては照れ隠しだな? 照れ隠しだよね? 照れ隠しであってくれ! 頼む!!
涼が玄関のドアを開けて静かに廊下に出る。ゴリラの俺が出やすいようにちゃんとドアを支えてくれている。至れり尽くせりのゴリラファーストであった。
「すまない、ありがとう」
「何が?」
このGYARU無意識でゴリラファーストをやっているだと! 英国紳士もビックリな心遣いだ。
涼のジェントルマンぶりに戦慄していると1階からエレベーターが昇ってきた。
チン! っという陽気な音でエレベーターの扉が開く。
エレベーター内にはJK1人とゴリラ1匹。
9階でエレベーターの動きが止まり、チン! っと言う音を合図に再び扉が開く。
目の不自由らしき、おばあさんが杖をついて入ってきた。涼は扉が閉じないようにボタンをおさえつつ、おばあさんに話しかけた。
「おばあちゃん大丈夫?」
「ん? あぁ、大丈夫、大丈夫。あたしゃ元気だよ」
涼の問いかけに対してゆっくりと応じるおばあさん。
「これからどこに行くの?」
「すぐそこのスーパーだよ」
「一緒について行こうか?」
涼もおばあさんに合わせてゆっくりと話しかける。
「大丈夫だよ、マンションの前に孫が来てるからね」
そう言って、幸せそうに笑うおばあさん。
「そっか、良かったね!」
それを聞いて満面の笑みで返す涼。
あぁ、この子はやっぱり自然とこういうことが出来る女の子なんだ。
昨日の夜、眠りにつく前に涼が、『学校にはほとんど友達がいないから、今日はとても楽しかった』と呟いていたが、周りの連中はきっと、涼の見た目の派手さと口調の強さを警戒しているだけなのだろう。
だってさ、お年寄りの方やゴリラにまで優しく接してくれる人って、このJKか動物園の飼育員さんだけだぜ?
そう考えると涼の将来の天職は飼育員さんだな。あれ? でもそうなると、俺との触れ合いが減るな。それに、他のゴリラに涼がとられるのは何だか面白くない。ゴリラジェラシーが湧き上がってくる。
1階に辿り着き、おばあさんが孫の男の子と手を繋いで歩いて行くのを見送っていると、こちらに駆け足で向ってくるJCの姿が見えた。
「あ、あれ? お兄ちゃんまだかな?」
そう言ってマンションの前でキョロキョロし始める妹。
「どうも、お兄ちゃんです」
「あぁ、お兄ちゃん。ってゴリラ!?」
声に反応してこちらを見た妹の反応に思わず笑いをこぼす涼。
「えっと、これには深い事情がありまして」
あれ、ある日突然ゴリラになる事情ってなんなん? 少なくとも義務教育では教わらないな。
「くんかくんか」
突然、俺の臭いを嗅ぎ始めた妹(JC)
「あ、ほんとだ! お兄ちゃんの臭いがする」
ちょっと待て! もとの俺がゴリラと同じ体臭なわけがない! あり得ない! あり得ないはず。あり得ないよね? え? 嘘でしょ?
「おいおい、カナよ。お兄ちゃんの体臭がゴリラと同じはずがないだろ?」
俺は急いで発言の撤回を求めた。ちなみに横ではJKが絶賛爆笑中。
「確かにお兄ちゃんはこんなに臭くないけど、それでもお兄ちゃんの臭いが混ざってるの!」
あれ? 俺の妹って警察犬だっけ?
「兄に残る微かな臭いを頼りに、ゴリラになった兄を見つけだすなんて、感動的ね」
先程まで爆笑していた涼が、急に目を潤ませてそう言った。
こいつ、感情の回路イカれちまってるな。
それに勝手に美談にするな。
「誰、この女の人? それにお兄ちゃんと同じシャンプーの香りがするけど?」
3秒前までニコニコだった妹の顔は無の表情になっていた。
あれ? 女の子の感情回路ってみんなイカれてんの? 違うよね? この2人がレアケースだよね!?
「兄がゴリラになってるんだよ? 今はそれどころじゃないだろ!」
正論だろ?
「お兄ちゃんはゴリラになってもお兄ちゃんだもん! だから今はそんなことよりもこっちが大事!!」
あれ、ゴリラの受け入れ態勢整い過ぎてない? 俺の妹も飼育員さん目指してるの?
ゴリラへのジョブチェンジって意外にメジャーなのかしら?
「ゴリラになろうとも兄は兄というわけね、感動的ね」
やっぱ感情イカれてるなこいつ!
「ねぇ! ちゃんと説明して! この金髪のお姉さんはお兄ちゃんの何なの?」
黒髪のパッツン前髪を揺らしながら、事情聴取を行う妹。
「え、えっと、飼育員さんかな?」
「は?」
あれ〜。妹がまるでギャルみたいな反応してくるんですけど……。素直なカナはどこへ行ったのカナ?
「違うのよ、妹さん。あたし達は昨日知り合ったばかりなの。ただ、あたしはお兄さんの体を洗ってあげたり、ご飯を作ってあげたり、寝床を用意したり、歯を磨いてあげたりしてるだけなのよ」
涼の言葉を聞いたカナはそのまま気絶した……。




