第11話『ゴリラとマスターソード』
美味しいカレーと楽しい会話。この2つが俺の時間感覚をすっかりと奪い去っていた。気づけば時刻は21時。窓から見える街明かりは、散りばめられた宝石のように輝いてみえる。
「ごちそう様でした!」
味も最高だったが、何よりも心が満たされる食事だった。
「ゴリラのお口にも合って良かったわ」
楽しそうに涼が言った。
ゴリラも大満足!
「味覚はそこまで変わってないみたいだ」
声が出せる時点でわかってはいたが、全ての感覚がゴリラ仕様に変わったわけではないようだ。
エリートな俺は迅速な自己分析を心がけている。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。本当に今日はありがとう」
何から何までお世話になってしまった。
「帰るってどこによ?」
訝しげな表情でこちらを見つめる涼。
「え? 上の部屋に」
この部屋の真上が俺の部屋なのだから。
「カードキーは?」
「あぁ、いつも上着のポケットに……」
やっべ、カレーの美味さに気をとられて、ゴリラと言う名のオーバーオールを着ていることを忘れていた。
「随分とオシャレな上着ね、その膨らみは胸ポケットかしら?」
笑いを堪えながら俺の分厚い胸板を指差す涼。
自分が奥ゆかしい胸部だから、ゴリラの豊満なバストが羨ましいわけか? ならば仕方がない。ここは大人な対応を見せるべきだ。
「羨ましいかぁ〜〜?」
ゴリラが持ち得る最大の憎たらしい表情でJKを煽るゴリラ。
自分の胸部を見つめるJK。
ゴリラの胸部を見つめるJK。
助走をつけはじめるJK。
勢い良く両足で踏み切るJK。
宙を舞うJK。
ゴリラにドロップキックを決めるJK。
「ぐっはぁ!!」
ゴリラの強靭な胸板に鮮やかなドロップキックをかます涼。GORIRA装甲の上からダメージを与えるとは、このJKおそろしや。
「この変態ゴリラ!」
顔を真っ赤に染めながら、涼がそう怒鳴った。頬の朱色は羞恥によるものなのか、はたまた怒りによるものか? おそらくその両方だろう。
全力のドロップキックの反動で、涼は肩で息をしている。息切れに混じる吐息がなんとも悩ましい! どうも、エリート変態ゴリラです!
おっと! 話が脱線し過ぎた。いや脱線どころか違う路線に乗り換えている。問題なのは、カードキーだ。
「あぁ、カードキーなら、妹が予備を持ってるから」
電話番号は覚えているから大丈夫だ。
「え? リトルシスターゴリラ?」
リトルシスターと言う甘美な響きを一瞬にして台無しにするゴリラ。
「なんで妹もゴリラ前提なんだよ!」
むしろ、うちの妹はゴリラの対義語ですらある。
ゴリラ太い・妹細い。
ゴリラ黒い・妹白い。
ゴリラくさい・妹かぐわしい。
ほらな? 俺の妹は至ってシンプルな天使だ。
脳内ゴリラ会議を開催した俺だったが、無事、妹がゴリラの対義語であることが証明された。
「じゃあ、電話してあげるから、妹さんの番号教えてよ」
そう言って机の上のスマホに手を伸ばす涼。
「あ、じゃあお願いします」
朝一で自分のスマホを砕いているだけに、ここは大人しくお願いしよう。
涼の指先がスマホの画面をタップする。
コール音が暫く響いているが、妹が出る気配はない。
「知らない番号だから、出ないのかしら?」
首を傾げながらこちらを見つめる涼。
「いや、それはないよ。うちの妹は警戒心が弱いからね」
弱いのは警戒心だけじゃないんだけどね……。
「よくわからないけれど、じゃあなんで電話にでないのよ?」
「うちの妹、21時には寝るんだった……」
「はや! 妹いくつよ⁉︎」
「中3」
「随分と年齢が離れてるのね?」
不思議そうな顔でこちらを見つめる涼。
「まぁ、色々あってね」
ゴリラにだって秘密の1つや2つあるのさ。
「そう、それじゃあ、今日はとりあえず、うちに泊まる?」
うちに泊まる? それはつまり? JKの家に泊まる的な? ウホホな展開もあるのかな? あるよね! ウッホーい!
「え、いいの? 俺男だけど?」
俺の野生が目覚めちゃうぜ?
「男ってか、オスゴリラじゃん」
最初から野生丸出しでした!
俺のマスターソードが抜刀しちまうぜ?
「無用心過ぎるだろ?」
「何よ、煮え切らないわね! ゴリラのチ○コなんてたった3センチよ? だから怖くないわ!」
「……」
衝撃的なセリフ過ぎて言葉に詰まる俺。
思わず自分のマスターソードを確認する。
そこには、マスターソードの姿はなく、ひのきのぼうにも劣るナマクラがただぶら下がっているのみだった……。