第10話『GYARUのカレーでGORIRAが吠える』
鮮やかな夕陽が部屋一面を真っ赤に染めている。机の上のグラスも、少女の美しい白い肌も、そしてもちろんゴリラの黒い毛並みもだ。自分では確認出来ないが、背中の銀色の毛も、夕陽を反射し輝いているだろう。
朝はやくから、この部屋を訪れたはずだったが、あっという間に夕暮れ時をむかえていた。
「あ、そろそろ夕飯の材料買わないと」
涼が思い出したように口を開けた。
「え! 自炊してるの!?」
彼女の綺麗な指先がお米を研いでいる姿を想像すると何だか意外な気がした。
「いや、驚き過ぎじゃない?」
涼が首を傾げながらそう言った。
自炊ってギャルの対岸にあるイメージだ。
「意外に家庭的なんだね?」
ウッホ!
「まぁ、これといった趣味もないから料理くらいわね?」
身支度を整えながら涼がそう言った。
「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい!」
そう言って、ビシッと敬礼するゴリラ。
「は? シュンも一緒に行くのよ?」
「え?」
おいおい、スーパーにゴリラは流石にスーパー過ぎない?
「いや、準備してないぜ?」
「なんの?」
「ほら、身支度とかさ!」
何もいらないか……。
涼は何が楽しいのか、上機嫌で俺の腕を引っ張り回し部屋の外へと連れ出した。
エレベーターに乗り込み、涼が1階のボタンを押す。1人と1匹を乗せたエレベーターが緩やかに降下をはじめ、12階で止まった。
現在エレベーター内は、ギャル、ゴリラ、主婦の異色のコラボ状態。いや、異色なのゴリラだけか! ウッホーい!
「こんばんは」
涼は軽い会釈と共に主婦へと挨拶をする。
「こ、こんばんは……」
引きつった顔でただ真っ直ぐに外だけを見つめて挨拶を返す主婦。
「……」
傍観するゴリラ。
永遠とも感じる時間だったが、この世に永遠などはないのだ。はじまりがあれば、終わりがくる。
エレベーターは1階へとたどり着き、扉が開いた瞬間に、我先に外へと向かう主婦。何か急ぎの用事だろうか? スーパーの特売日かな?
俺と涼はマンションの自動ドアを抜け外の空気に触れる。
もちろん俺はフルゴリラ状態だ。今朝と違うことと言えば、赤いネクタイをつけていることだろう。
暮れなずむ夕陽が隣の美少女を照らしている。このワンシーンを切り取るだけで一枚の絵画が完成するだろう。まぁ、隣のゴリラが世界観を乱さなければの話だが……。
「シュンは何が食べたい?」
「うーん、そうだなぁ、バナナ!」
ウッホ!
「晩ごはんの話よ」
俺のGORIRAジョークに呆れつつも少しクスリとしながら、涼が言った。
バナナは晩ごはんには含まれません! みんな気をつけろよ!
「えーっと、カレーが食べたいかな?」
気を取り直して、メニューの提案をする俺。
「あぁ! 熱いものが好きな人をゴリラ舌って言うものね?」
水を得た魚のように生き生きとゴリラいじりをはじめる涼。お前、ゴリラ好き過ぎだろ?
「いや、実際、自然界の動物は食べ物を加熱しないからどうなんだろうな?」
「食べてみてのお楽しみね?」
不敵な笑みが実によく似合っている。
そんなやりとりを交わしつつも着々と歩を進める俺たち。
楽しい会話に花を咲かせながら、信号を渡りきる。
目的のスーパーが見えた。
自動ドアに近づき、ゆっくりと店内へと入る。冷房の効いた店内は外よりも快適で、思わず吐息がこぼれた。
「ウホ〜」
「確かに涼しくて気持ちがいいわね」
涼が淡々とそう言った。
「いや、ツッコンで! ウホを正しく翻訳するな!」
「あんたのウホが上達してきた証拠よ。二文字に感情をのせるとかゴリラの鑑ね」
俺はあんたじゃねー! ゴリラだ!
あんたと呼ばれることに多少の憤りを感じた俺だったが、JKからのあんた呼ばわり……。うん、悪くない。
美少女JKなにをやっても減刑説。まぁ俺は減刑どころか原型を留めていないけどね!
買い物カゴに、野菜を中心に次々と材料を入れていく涼。野菜を選ぶ目つきが鋭い。
「このご時世に野菜を真剣に選ぶJKって珍しいよな」
「あら、シュンは今や絶滅危惧種じゃない?」
相変わらずゴリラに博識なJKだ。
そして辛辣でもある。
「いや、マウンテンゴリラよりクッキングギャルの方が絶滅危惧種だと思うけど」
俺が保護せねば! ウッホーい!
そんな取り留めのない会話を交わしていると、あっという間に材料を買い揃えた涼がレジへと並び出す。
「あれ? カレーのルーは家にあるの?」
カゴには、野菜やお肉などの具材しか入っていない。
「え? ルーなんて使わないわよ。香辛料があるもの」
まさかのINDO式! GYARUとターメリックの化学反応やー!
「ほ、本格的なんだね?」
「普通でしょ?」
まぁ、今朝遭遇したゴリラと食卓を囲むことに比べれば、大概のことは普通だな。
涼は買った食材をエコバッグに詰めはじめる。地球に優しく、ゴリラに厳しいJKのようだ。
「持つよ」
そう言って、ぶっとい右腕を差し出す俺。
「ありがとう」
俺の腕にエコバッグをゆっくりと通す涼。
ショッピングゴリラの完成だ!
そのまま、スーパーを出て、来た道をゆっくりと引き返す俺たち。
俺が放つエリートオーラが買い物帰りの主婦や下校途中の学生の視線を独占していた。
すると、お母さんと一緒におててを繋いでいた5歳位の女の子がトコトコとこちらへ歩いてきた。
「お姉ちゃん、ゴリラさん本物?」
くりっとしたおめめを輝かせながら、涼に問いかける幼女。
「えぇ、強くて優しいゴリラさんよ」
幼女の視線に合わせて膝をおり、優しく微笑みかける涼。
あぁ、こんなに尊い光景が他にあるだろうか? 幼女の満面の笑みにJKの優しい微笑。
世界は今日も美しい。
俺が世界の美しさを再認識していると、幼女はお母さんのもとへと戻っていった。
「お姉ちゃん、ゴリラさん、バイバーイ!」
「ウホホーイ!」
俺は空いている左手を振り上げ幼女へと手を振り返した。
涼も小さく手を上げ、笑顔を浮かべていた。
それから数分歩き、マンションに戻ってきた。両開きの自動ドアを抜け、エレベーターに乗る。
涼がポケットからカードキーを取り出し部屋のドアを開く。
涼はそのままバスルームに行き、タオルをお湯で濡らしたものを持ってきて俺のあんよを拭きはじめる。足の指と指の間を丁寧にふきふきしてくれており、これ以上の極楽があるなら教えて欲しい。外出のたびにJKに足を拭いて貰えるなら、ゴリラも悪くない。悪くないよね?
「毎回足を拭くのも面倒よね? おっきなクロックスなら履けるかしら」
くそっ! クロックスの奴め許さん!
「まぁ、見つかったらその方がいいよね」
近隣の店の大きなサイズのクロックスが全て売り切れている事を祈るばかりだ。
そんな会話をしている間にも、涼はエプロン姿へと変身をすませ、手早く米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れた。
白を基調にしたエプロンは所々にピンクのフリルがあしらわれており、涼の可憐さも相まって、控えめに言って世界遺産だった。
つまりBMSだ。美少女マジ世界遺産!
俺がJKとエプロンという魅惑の組み合わせについて造詣を深めていると、手慣れた手つきで下処理を済ませた具材を鍋に入れていく涼。クミン、ガラムマサラ、ターメリック、チリペッパーにコリアンダーといった調味料を目分量で加えていく涼。その眼差しは真剣そのもの。
涼がオタマで味見をする。JKとオタマ。淫靡な上にPowerword!
それにしても、オタマ片手に唸るJKと言うのは、中々のギャップを感じる。オツですな〜〜。
それから1時間程お鍋と格闘した涼が頷き、Curryが完成したようだ。
スパイシーな香りがゴリラの鼻をくすぐる。
炊きたての白米にルーを盛り付ける涼。
食卓に2人分のカレーライスが並ぶ。
「久しぶりに他の人の為に料理を作ったわ」
そう言って、満足気な表情を見せる涼。
「ウッホー! 美味そー!」
「シンプルなゴリラリアクションやめて」
堪え切れない笑いを漏らす涼。
「いただきます!」
目の前のカレーにありつく為、俺はスプーンを握り潰した。あっ……。
「ごめん、食べさせてくれない?」
恥を忍んで、あ〜んの申し出を行う俺。
「あぁ、それなら、父が使っていた特別なスプーンがあるわ」
そう言って涼が食器棚から大きく頑丈そうなスプーンを持ってきた。
ちっきっしょーー!
頑丈なスプーンがカレーと一緒に俺の夢までもすくいとっていった。
カレーが口に入った瞬間、強烈な旨味が俺を襲う。
「Umeeeee!!」
あまりの美味さにドラミングをはじめる俺。
俺のはしゃぎっぷりに呆れつつも涼は小さく笑った。
こんなに美味いカレーが食えるなら、俺、涼の家のゴリラになる!!
あれ? ゴリラとして生きる決意固くなってね?




