第1話『あれ? もしかして? ゴリラ?』
ここは死後の世界だろうか? 色とりどりな黒が限りなく広がっている。様々な黒がご機嫌な様子で語り合っている光景は、一見すると天国のようにも思える。そうかと思えば、次の瞬間には、汚れきった白が塗りたくられた、見るも無惨な地獄と化す。
色彩豊かな黒の世界で死に、虚飾にまみれた白の世界で生まれ変わる。この世界には救いようのない命の流れを感じる。循環などでは決してない。流れなのだ。ただひたすらに、下へ下へと流れ落ちる感覚。そうして、俺を俺として保っていた何かが、ひとしきり流れ落ちた瞬間、俺は死に、ゴリラが生まれたのである。
ガタン! っという酷く暴力的な音で、俺は目覚めた。なんだか長い夢を見ていた気がする。心なしか体が重い。風邪でも引いたのだろうか? いや、エリートな俺は体調管理にも一切の抜かりはない。バランスの取れた食事にサプリメントの併用、規則正しい生活リズムと健康的な有酸素運動。完璧な俺は、完璧な生活を過ごしていた。
何故だかいつもよりも重い腰を上げ、ゆっくりとした動作で立ち上がる。都内の一等地に立つ高層マンションの最上階をワンフロア使った、広々とした部屋が視界いっぱいに広がる。
あれ? なんかいつもと視点が違うような?
まぁ、寝ぼけているのだろう。水でも飲んで、目を覚ますか。
俺は綺麗に磨き抜かれたフローリングの床を歩き、冷蔵庫の前に立ち、その扉を開けた。いや、正確には引きちぎったというべきだろう。
何故だかわからんが、軽く扉を開いたつもりが、勢いあまって引きちぎってしまった。これも日頃ジムで鍛えている成果だろう。
エリートな俺はそんな瑣末なことなど気にはしない。風通しの良くなった冷蔵庫から、フランスから取り寄せているミネラルウォーターを取り出す。そして握りつぶす。
「あ……」
フランス産のミネラルウォーターが床を濡らす音が静かに部屋に沁み渡る。あぁ、これはこれで良いのかも知れない。
部屋の隅、床に滴る、水の音。エリート川柳の完成だ。
こうして、日本の侘び寂びを感じているのもいいが、なんだか今日は、体が少々臭っている。いったんシャワーでも浴びるとしよう。
バゴン! おっと、ジムで鍛えた、たくましい両腕がバスルームの入り口に突っかかってしまった。俺は慎重に腕を片方ずつ室内にいれてから入ることにした。流石はエリート。緊急対応もお手の物だ。
そして流れるようにシャワーのヘッドをへし折る俺。
「Oh〜……」
思わずグローバルなリアクションを取ってしまうエリートな俺。鍛え過ぎも問題かも知れないな。
気をとりなおして鏡を覗くと、そこにはゴリラがいた。うん、この顔つきからして、マウンテンゴリラだろう。なぜ、中央アフリカのヴィルンガ山地にわずか650頭程しかいないマウンテンゴリラが我が家のバスルームにいるのだろうか。背中の銀色の毛から察するに、この個体はシルバーバックと呼ばれるマウンテンゴリラの群れの中のボスだろう。エリートゴリラというわけだ。
あれ? 俺の動きに合わせて動くぞこいつ。いくらエリートゴリラとはいえ、これはおかしいな。さては、このゴリラ、着ぐるみか? そもそも鏡の中に俺が映らないのはなぜだ?
ん? あれ? これは、ひょっとすると? まさかのまさかで……。
俺、GORIRAじゃね?
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『世界で唯一のフィロソファー』という完結作もあるので、興味のある方はこちらもぜひ。
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