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病夢(びょうむ)とあんぱん  作者: 雛まじん
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病夢とあんぱん その外 ~詩島志吹のビーフシチュー~④


「あの人の『大切なもの』ってのは、娘のことだよ」


 『シンデレラ教会』のメンバーの一人、(やく)()(ただし)。『(しん)(ちょう)(やまい)』に侵された男。

 『シンデレラ教会』に入ってから約一か月が経過した、とある日の夕暮れ時。

 機桐(はたぎり)さんの「大切なもの」とは、一体何なのだろう?と考えていると、疫芽君が親切にも教えてくれた。

 容姿や雰囲気は荒っぽいのに、こういうところは気が利く男なのだ。彼は。 


「娘さん?」

「ああ。っていうか、一か月もここにいるのに、あんた知らなかったのかよ?」

「確かに・・・・・。僕、信用されてないのかな・・・?」

「まあ、あの人にとっちゃ、デリケートな事情らしいからな。そう簡単に、他人には教えられないんだろうさ」


 意外にもフォローをしてくれる疫芽君。二メートルに届くのではないかというほどの長身による圧迫感と、派手な服装、金髪。その見た目から、他人に対しては威圧的に接する人なのではないかと思っていたが、案外、気遣いのできる男なのかもしれない。今時の若者も、馬鹿にしたものではないな。


「でも・・・・・それなら、娘さんのことを僕に教えていいのかい?」

「さあな」


 と、彼は肩を(すく)める。


「俺には、あんたが、機桐さんにとっての『大切なもの』が何なのかを、知りたがってるように見えたんだけどな。違ったか?」

「いや・・・まあ、そうなんだけど」

「だったら、文句言うなよ。教えてもらってラッキー、くらいに思っとけ」


 軽い口調で、そんなことを言う疫芽君。

 残念ながら僕は、そんな風に簡単に意識を変えることは出来そうにない。

 なんだか、知ってはいけない秘密を知ってしまった感覚だ。どうしても、後ろめたい気持ちになってしまう。

 「大切なもの」の正体は、娘さん。

 そして、それを「取り戻したい」ということは。


「娘さんが失踪(しっそう)したとか、誘拐(ゆうかい)されたとか、そういうことかい?」

「おいおい。後ろめたそうな雰囲気を出しておきながら、結局、質問しちゃってんじゃねぇかよ」


 ニヤニヤしながら、彼は鋭く指摘してくる。

 うっ。

 確かに。返す言葉もない。

 だだ、気になってしまっているのは本心だ。娘さんのことを深く知っておけば、もっと機桐さんの役に立つことができるかもしれない。

 恩人の秘密を無理矢理知ろうとするとは、恩知らずな奴である。せいぜい、知ってしまった情報を、機桐さんのために活かすとしよう。


「ま、別にいいんだけどな。ついでに教えといてやるよ」


 と、少しトーンを落として、彼は話し出す。


「その子は失踪したわけでも、誘拐されたわけでもなく、家出しちまったらしいぜ」

「い、家出!?」

「おい。声でけぇって」


 思わず、大きな声を出してしまった。

 家出。

 穏やかな響きじゃないよなぁ。


「何か、事情があったのかな?家出をせざるを得ない、特別な事情が?」

「事情・・・は、まあ、あるだろうな。そうじゃなけりゃ、小学三年生が家出を決意したりはしないだろうさ」

「小学三年生!?」

「おい。黙れって」


 また大声を出してしまい、疫芽君に(しか)られてしまった。「ごめんごめん」と、ペコペコ頭を下げる。

 しかし・・・小学三年生だって?

 小学生が、家出?

 そんなこと、できるのか?

 小学三年生なんて、全然子どもじゃないか。僕がそれくらいの頃は、まだまだ親にベッタリだった気がするけれど・・・・・今どきの子どもは、そんなにも親離れが早いのか?

 それとも。

 その「事情」とやらが、よっぽどのことだったのか?

 

「一体、何があったら、小学生の娘さんが家出をしようなんて思うんだろう・・・・・」

「さあな。その事情が何なのかまでは、俺は知らねぇ。ただ、『(やまい)』に関わる何かであることは、確かだろうな。そうじゃなけりゃ、俺みたいな『病持ち』を、仲間に引き入れたりはしないだろうしな」

「『病』・・・」


 一部の人間が持つ、生きていく上で、才能とも(かせ)ともなる病気。そして、それらの人間を『病持ち』と呼ぶ。機桐さんや、その周りの人たちから、僕はそれを学んでいた。

 たとえば目の前の男、疫芽忠は『病持ち』だ。(のど)()さんたち姉弟(きょうだい)も、『病持ち』だったはず。

 だとすれば、彼の娘さんもまた、『病持ち』だったということなのだろうか?機桐さん自身は『病持ち』ではなかったはずだから、そういうことになる。

 『病』が、彼らの親子関係に亀裂を生んだ。

 そういうこと、なのだろうか?


「詳しい事情は、時が来ればあの人が教えてくれるだろうさ。それまで俺たちは、やれと言われたことをやるしかねぇだろうな」

「時が来れば、ね・・・」


 その時には、僕はもっと、機桐さんの役に立てる存在になれているだろうか?


「疫芽君は・・・」

「うん?」

「疫芽君は、どういう思いで機桐さんに従っているんだい?どういう理由で、機桐さんの下で働こうと?」

「俺か?俺は別に、大した理由は持っちゃいねぇさ」


 いつものトーンに話し方を戻しながら、彼は言う。


「面白そうとか、暇つぶしになりそうとか、そんなテキトーな理由だよ。俺の場合は、機桐さんの方から誘われたからな。その誘いに、なんとなく乗っかってるだけだ」


 なるほど、そういう人もいるのか。和香さんが聞いたら怒りそうな理由だが、協力してくれている以上、文句は言えないのだろう。

 『病』を持っているということは、ただそれだけで、機桐さんの役に立てるチャンスが多い。

 役立たずの僕と違って。


「あんたみたいに、あの人の優しさに()かれてここにいる奴の方が、よっぽど多いんだろうけどな。俺みたいな奴の方が、異端なんだろうよ」

「でも、少なくとも君は、機桐さんの役には立てているだろう?」


 『伸長の病』。

 その『病』を活かして彼は、『シンデレラ教会』の用心棒的な役割を担っている。

 『病持ち』を保護する組織である『シンデレラ教会』。『病』の存在は世間に広く伝わっている情報ではないので、それに関わる非人道的、非合法的な取引や争いは頻繁に起こるらしい。故に、リーダーである機桐さんは、他の組織からその身を狙われることが多いのだ。


「どうしたら、もっと機桐さんの力になれるんだろう・・・?」

「んなもん、俺は知らねぇよ。そんなこと、年下に相談すんなっての」


 顔をしかめながら、彼は言う。


「あの人があんたをここに置いている以上、あんたにしか出来ないこともあるんじゃねぇの?・・・まあ、知らんけどさ」

「だと、いいんだけどね・・・」


 と、僕は溜息をつく。


「・・・ほら、そろそろ夕飯の時間だ。食堂に行こうぜ」

「そうだね・・・ありがとう」


 僕らは食堂に向かう。悩むのは、お腹を満たしてからでも遅くはないはずだ。


「・・・・・そういえば」


 ふと思い出したことがあって、僕はもう一度、疫芽君の方を振り向いた。


「機桐さんの娘さんは、なんて名前なんだい?」

「あん?言わなかったか?」


 と、疫芽君は応じる。


()()


 機桐莉々。


「それが、あの人の娘の名前だ」

 

 その名を知ったところで。

 僕が彼女と話す日は、一度たりとも来ない。

 


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