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病夢(びょうむ)とあんぱん  作者: 雛まじん
28/58

病夢とあんぱん その28

 

 時刻は朝六時。

 

 『海沿(かいえん)保育園』のホールには、二日目の朝と同じく、五人の人間がテーブルを囲んでいた。二日目と違うところといえば、(しん)(じょう)さんがおらず、()()(おり)さんがいる、ということだろうか。信条さんはまだ、仕事から戻ってきていない。


「本日、ね。時間指定はないわけだ。それなら、これからの十八時間以内に、(やな)()(くん)の首が狙われるということだね。いやいや、こんなメッセージを送ってくるだなんて、まるで怪盗(かいとう)の予告状みたいじゃないか。少し、ワクワクしてしまうねぇ」

()謹慎(きんしん)ですよ。(ほとり)くん」


 (おき)さんが、氷田織さんを(たしな)める。

 結局、死刑宣告を受けた後で安眠することはできず、そのまま一夜を明かした。

 朝になり、朝会に集まってきた住人に、僕への(きょう)(はく)電話の内容を公開した()(だい)である。


「『シンデレラ(きょう)(かい)』・・・畔くん、何か知っていますか?」


 そう。『シンデレラ教会』。

 今のところ、それが唯一、僕を殺そうとしている敵を知るための手掛かりなのだ。

 氷田織さんからの疑わしい情報源だとしても、知っておかなければならない。


「名前くらいは知っていますよ。『海沿保育園』と同じく、『(やまい)()ち』の人間を保護する組織。とはいっても、かなり小規模な組織だったと思いますよ。仕事もあまり()()わず、基本的には保護だけを生業(なりわい)とする組織だと聞いてます。もっとも、どこまでが本当なのかは、直接聞いてみなければ分かりませんけどねぇ」

「昨日の一件と同じ組織ってことはありますか?僕や氷田織さんを狙ってきた奴らと、(つな)がりのある組織なんじゃ・・・・」

「いいや、その可能性は低いだろうねぇ」


 と、氷田織さんはコーヒーを(すす)る。

 話し合いのお供にと、男性陣にはコーヒー、莉々ちゃんにはミルクココアを、空炊(からたき)さんが準備してくれたのだ。

 ちなみに、氷田織さんがどれくらい砂糖とミルクを入れていたのかは・・・・途中で数えるのをやめた。

 あの人も、ミルクココアでいいんじゃないだろうか?


「昨日の奴らは、何の()()りもなく僕らを襲ってきた。対して、この脅迫電話だ。加えて、ご丁寧(ていねい)にも自分たちの組織名まで名乗ってくれている。今さら殺人予告をしたり、名乗りを上げたりしたら、何のために今まで隠密(おんみつ)に行動してきたのか、分からないだろう?」

 

 氷田織さんは、「常識だよ」とばかりに(ほほ)()みかけてくる。

 その微笑みはイライラするが、言っていることは、確かに的を得ている気がする。

 しかし、それなら、どうしてそんな小規模組織が僕のことを狙うんだ?僕は指名手配でもされてしまったのだろうか?

 いや、同じ組織からの攻撃ではなくとも、粒槍(つぶやり)らの組織から『シンデレラ教会』の方へ依頼をした、ということは考えられないだろうか?

 僕を殺すための。

 殺人の依頼を。


「何にせよ、今日一日、私たちは外部への警戒(けいかい)(おこた)るべきではないでしょう。彼らがいつ仕掛けて来てもいいように、準備を整えておきましょう。絶対に、(ゆう)くんを守れるように」

「守れるように、ねぇ。僕は、あんまり気乗りしませんねぇ」


 「ふう・・・」とため息を吐きながら、氷田織さんが(つぶや)く。


「気乗りしない?何故ですか?氷田織さん」

「何故かって?そんなのは当たり前じゃないか。柳瀬君、君もどうせ分かっているんだろう?」


 と、見透かすようなことを言ってくる氷田織さん。

 ・・・見透かしは、信条さんの専売(せんばい)特許(とっきょ)だった気がするのだが。

 だが、確かに分かっている。狙われているのは、僕一人なのだ。つまり、僕がここにいれば『海沿保育園』の無関係の住民まで、巻き込むことになる。

 沖さんも、氷田織さんも、空炊さんも、()()ちゃんも、十五人の子供たちも。

 今はいない信条さんや()(ばた)さんも、巻き込むことになるかもしれない。


「僕に、出て行けっていうんですか?」

「そんなことは言っていないさ。僕は、君の(りょう)(しん)を試しているだけだよ」


 良心だって?よく言う。

 良心が空っぽなのは、あなただって同じだろう。

 悪いけど、こんな殺人予告をされた以上、今すぐここを出て行くつもりはない。『海沿保育園』の皆さんには気の毒だが、巻き込まれてもらうことにしよう。

 いつかは出て行くつもりだが、今はそのタイミングじゃない。


「彼を出て行かせはしませんよ。誰が何と言おうと、彼は守ります」

「そのために、僕らも、子供たちも、巻き込もうっていうんですか?それだけの命の価値が、彼にあると?」

「命の価値なんて、私には判断できません。しかし、誰でも助けるのが『海沿保育園』です。お願いです、畔くん。力を貸してください。守る力のない私に、力を貸してください」


 沖さんが、深々と頭を下げる。

 なんだか()たたまれない気持ちになり、僕も「お願いします」と頭を下げる。

 何が沖さんを、ここまで()り立てるのだろう?どうして出会ったばかりの僕を、そこまで守ろうとする?テレビに登場するヒーローでもないだろうに。こちらとしてはありがたい限りだが・・・。

 『(ぜっ)()(やまい)』。

 その『病』に、何か理由があるのだろうか?

 病的なまでに、誰かを守ろうとする理由が。


「・・・言っておきますが、沖さん。ここにいる人間全員が無事でいられるなんて、都合のいいことを考えないでくださいね。施設内で戦闘になってしまえば、誰かが傷つくことは避けられませんよ。あなたは何も守れないのだから、せめて、それくらいの覚悟はしておいてください」


 立ち上がりながら忠告をする氷田織さん。一応、了承したということなのだろうか?


「それと、柳瀬君。僕は絶対に、君の命を保証したりはしないよ。昨日の一件で分かったと思うけれど、僕は信用していいような奴じゃない。長生きしたいのなら、それなりの(こころ)(がま)えと処世(しょせい)(じゅつ)は身につけた方がいいと、僕はお(すす)めしておくよ」

「・・・心に()めておきますよ」

「そうだね」


 心の底から、君が生き残れることを祈っているよ。

 

 と、捨て台詞(ぜりふ)を残し、氷田織さんは二階へと上がって行った。

 彼が本当に心の底から祈っているのは、僕が生き残ることではなく、僕が死ぬことなのではないだろうか?

 そうとしか考えることのできない僕もまた、「信用していいような奴」ではないのだろうな、と少し嫌な気分になった。

 


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