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病夢(びょうむ)とあんぱん  作者: 雛まじん
23/58

病夢とあんぱん その23

 

 目の前の男を、自分の出せる精一杯の力で鎮圧する。

 もう一本のサバイバルナイフを敵の首筋に突き付け、鎮圧する。

 ここで逃げられれば、もうチャンスはない。ここで決着をつけなければ、またしても、自分はどこかで命を狙われる羽目になる。

 そんなのは御免だ。

 そういう思いが、(やな)()(ゆう)の中で渦巻いていた。


「はじめまして・・・で、いいんですよね?知っているかもしれませんが、柳瀬優といいます」

「ああ・・・知っているよ。俺は粒槍(つぶやり)伝治(つたうじ)だ」


 つぶやりつたうじ?

 何だか、覚えにくい名前だ。


「俺は、君が屋根の上に上ったんだとばかり思っていたけどな。まさが縁側(えんがわ)の下に隠れているなんて・・・天井の方から聞こえた物音は、君のものではなかったのかな?俺が見落としていただけで、君には仲間がいたのか?」

「仲間なんていませんよ。あえて言うなら、あなたが力を貸してくれたんです」

 

 あなたの草刈り機が、力を貸してくれたんです。と、僕は語る。

 草刈り機を二階に持っていけないか?と考えたところで、この作戦の着想を得た。

 (おび)き出すことにしたのだ。

 草刈り機を屋根の上に投げ、わざと物音を出すことで、僕が屋根の上に上ったのだと勘違いさせようとした。

 草刈り機を屋根の上に放った後は、縁側の下の空間に隠れ、息を(ひそ)める。敵の注意は屋根、つまり上の方に向くだろうから、下への注意は(おろそ)かになるはずだという期待を込めての作戦だったが、なんとか上手くいった。

 近付かなければ攻撃できない?

 いや、違う。

 近付いてきてもらえばいいのだ。


「なるほど、いい作戦だ。俺はその作戦に、のこのこ(はま)ってしまったわけだ・・・」


 粒槍は自分に失望したかのように、「はぁ」とため息をついた。

 柳瀬に力づくで抑え込まれ、ナイフを突きつけられた時点で、粒槍は抵抗をやめていた。

 「敗北」の二文字が、粒槍の頭に浮かぶ。


「そっちこそ、他に仲間はいないんですか?駐車場で僕を襲ってきたのは、あなたですよね?でも、狙撃してきたのは多分、あなたじゃない。その人はどこにいるんです?」

「心配しなくとも、ここには俺しかいない。狙撃はバレないところから行わなければ、意味がないからね」

 

 しかし、粒槍は思ってもみなかった。

 その狙撃手は今にも、()()(おり)という男に殺されそうになっていることなど、思いもしなかった。


「・・・本当ですか?」

「ああ、本当だ」

「マンションで僕を襲ってきたのもあなた、で合ってますよね?」

「ああ」

「・・・・本当に?」

「そんなに疑う必要はないだろう?これだけ追い詰められて、嘘をつく意味なんかない。死ぬ直前にもなってジタバタするほど、(おう)(じょう)(ぎわ)が悪いつもりはないさ」

「死ぬ直前・・・」


 そう。これから、柳瀬は粒槍を殺さなければならないのだ。

 まだ、決着はついていない。

 柳瀬が粒槍を殺して、やっと彼らの戦いは終わるのだ。


「なら、死ぬついでに、聞きたいことがあるんですけど・・・正直に答えてもらってもいいですか?」

「構わないよ。嘘はつかない」

「なぜ、そんなにも僕を殺そうとするんです?正直、理解できませんよ。『(やまい)』のことを知ったから、何だっていうんです?そんな奴、放っておけばいいじゃないですか。ちょっと余計なことを知ってしまっただけで、特に害はないでしょう?なんでそんなに・・・」

 

 殺したがるんです?と、柳瀬は聞いた。

 これは粒槍にとって、予想していた質問だった。

 多分、分かってないんだろうな、と粒槍は考えていた。

 自分が狙われることの意味を、柳瀬優は丸っきり分かっていないのだ。


「・・・君はさ、失敗したことあるかい?」

「そりゃあ、ありますよ」

 

 どころか、ほとんど失敗しかしていないと、柳瀬は思った。


「なら、分かると思うけれど、自分の失敗や失態、失墜を誰かに()(ぐち)されれば、自分の立場が危うくなるだろう?」

「それは、まあ・・・」

 

 しかし、それがなんの関連があるのか、柳瀬には分からなかった。これは当然だろう。柳瀬の意識からすれば、粒槍たちの失敗を告げ口した覚えなどないのだ。 

 けれど、粒槍からすれば。

 柳瀬は、粒槍たちの失敗を知ってしまっている人間なのだ。

 そして、それを告げ口する可能性は、充分にある。

 

「似たようなもの、ということだよ。俺たちの組織の連中は、告げ口されたくないと思っている。自分たちが『(やまい)()ち』だってこと・・・他人と違うんだってことを、周囲にバラされるのを恐れている」

「でも、そんなこと・・・知っている人は結構いるんでしょう?『病』に関わっている組織はいくつかあるって・・・・」

「そう。そういう組織がいくつかあるのは事実だ。でもね、君のような『一般人』に知られてしまうのはマズいんだ。一般人に知られ、知れ渡り、世間全体に伝わってしまったとき、俺たちは終わりだ。変な『病』を持つ人間を、世間がどう見るのか。君にだって予想はつくだろう?」

「・・・そんなの、分からないじゃないですか。受け入れてらえる可能性だって、あるかもしれない」

 

 と、言ってから柳瀬は、これは失言だったな、と思った。

 『そんなの分からない』。

 『受け入れてもらえる可能性』。

 多分、彼らは分かっているのだ。

 受け入れてもらえる可能性なんてないことを。

 もしくは、そんな可能性は、あってもなくても同じだということを。

 変なもの。異質なもの。理解できないもの。それらを、世間は嫌う。


「それは完全に『(はた)から見れば』の話だ。君は所詮(しょせん)()の外の人間ってことだよ。関係ない人間から見れば、大抵のものは『大したことないもの』に見えてしまうだろう?」


 粒槍は、ゆっくりと瞬きをする。

 まるで、自分自身でその言葉を噛みしめるかのように。


「俺たちは当事者だ。俺たちは怖いんだ。迫害(はくがい)が。差別が。死が。どうしようもなく怖い。いつ、自分たちの『病』が白日(はくじつ)(もと)(さら)されるか、分かったもんじゃない」

「だから、殺すんですか?『病』のことを知ってしまった人間を、全員?」

「ああ。殺す。だが、もちろん全員とはいかない。その辺にも、いろいろ事情があるんだよ。それに、俺の組織がそういう考え方を持ってるってだけで、他の組織もそうとは限らない。『海沿(かいえん)保育園』が『誰でも助ける』って看板を掲げてるみたいに、いろーんな考え方があるからね」

 

 粒槍の説明に柳瀬が納得したかといえば、もちろんそんなことはなかった。 

 やはり、「そこまでしなくても」という考えが頭をよぎる。

 どんな理由があったところで、殺されるこっちはたまったもんじゃない。

 

 しかし、柳瀬には理解できる部分もあった。

 

 彼らは何がなんでも、自分たちのことを守ろうとしているのだ。

 他人を殺してでも、殺人を犯してでも、生きようとしている。

 

 その生き方は。

 柳瀬優も同じだからだ。

 


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