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病夢(びょうむ)とあんぱん  作者: 雛まじん
20/58

病夢とあんぱん その20


 ()()(おり)(ほとり)は、優秀だった。

 

 十四歳という、年端(としは)もいかない少女の命を躊躇(ちゅうちょ)なく奪えるという点において、とても優れていた。


「若いっていうのはいいねぇ。周りが見えなくなるほど、何かに夢中になれる。後ろから来る人間に、気付けないくらいにね。僕も、そんな純朴(じゅんぼく)な若者として育ちたかったものだよ」


 バイク用グローブをつけ直しながら、(うらや)むような口調で彼はそう言った。微笑んでいる。見る人が見れば、殺した相手にも敬意を払い、その死を悔やんでいるように見えるのかもしれない。そんな口調だ。

 もちろん、彼の中にはそんな感情はない。

 少女の死を悔やんでもいないし、敬意も払っていない。


「なかなか、悪くない景色だね」


 氷田織は、先ほどまで西(にし)(むか)()が見下ろしていた景色を、同じように見渡した。彼らが上ったのは、それほど背の高いビルではない。よって、そこから見える景色だって、絶景というわけにはいかないのだ。

 「悪くない」というのは、「自分たちを狙撃する上で、悪くない」という意味である。バイクを停めた駐輪場を真ん中に捉えることができるし、そこから続くショッピングモールへの道も、住宅街への道も、ある程度は見()えることが出来る。

 しかし、そんな絶好のポイントを押さえていながらも、西向井は失敗した。

 死、という形で失敗した。


「君の敗因は・・・そうだね。いくつか挙げられるが、大きく二つにわけてみよう」


 氷田織は、誰に言うともなく(つぶや)く。


「一つ。君が狙撃手であるということだ」


 人差し指を立て、「1」を示す。


「狙撃手にとって、自身は『ハンター』であり、敵は『獲物』だ。(はた)()から見れば、絶対的に『ハンター』の方が有利。『獲物』は絶対的に不利だ。しかし、その有利さは油断にも繋がる。ショッピングモールの近くの建物に僕が入った時点で、僕を追い詰めたと思ってしまったんじゃないかい?」

 

 ちらりと西向井の方を見る。

 もちろん、彼女は答えない。

 死人に口なしだ。


「でもねぇ。撃たれる側からしたら、君の()(げき)はかなり()(ざつ)なものだったよ。どの辺りから撃っているのか、どういう意図の狙撃なのか、丸分かりだった。僕がこうして、君を殺しに来れるくらいにねぇ」

 

 そうはいっても、これは彼の戦いの経験が成せる(わざ)である。たとえば、(やな)()(ゆう)あたりには、狙撃位置なんてこれっぽっちも分かるわけがない。


「僕と柳瀬君を引き離そうとしたんだろう?作戦は悪くないよ。でも、それを実行するには、やっぱり君は若すぎたのかもしれないねぇ・・・。そして、二つ目」


 人差し指と中指で、ピースの形を作る。


「君には殺意がない」


 致命的な敗因だ、と氷田織は語る。


「殺意を持った狙撃ならば・・・僕を本気で撃ち殺そうとしていたならば、もう少し上手くいっていただろうねぇ・・・。少なくとも、僕に殺されるとことはなかったかもしれない。僕も警戒して、建物の外に出られなかっただろうからね」

 

 「僕に殺されることはなかったかもしれない」というのはもちろん、控えめに見れば、という話だ。(めっ)()なことがない限り、西向井(よし)()は死から逃れることは出来なかっただろう。

 氷田織畔という男を敵に回してしまった時点で、死は約束されたようなものだった。


「殺意も持たずに他人を狙撃しようだなんて、甘いよ。甘々だ。僕の好きな『パンケーキ トッピング全部のせ』くらい甘々だ」


 それがどれほどの甘さを誇るのかは、彼だけが知っている。


「君の上司は、それを君に教えてくれたりはしなかったのかな?だとすれば、かなり無責任な大人だ。こういう仕事を君に任せる以上、そういう覚悟を君に教えておくべきだった。それとも、別に君が死んでもいいとでも考えていたのかな?」


 氷田織の想像通り、西向井はそんな覚悟を学んではいなかった。とはいっても、それは、彼女の上司が冷血な人間で、彼女が「お手伝い」中に死んでもいいと思っていたわけではない。その点においては、氷田織の予想は外れていた。


 要するに、優しかったのだ。


 「いざとなったら、殺してもいい」という曖昧(あいまい)な指示しかできないくらいに、彼女の上司(けん)保護者たちは優しかった。「殺せ」と命令することは、彼らには出来なかった。さすがに、女子中学生を相手にそんな指示をすることは、出来なかったのだ。

 なので、西向井は「人を殺す覚悟」なんて、全然持ち合わせてはいなかった。

 氷田織に言わせれば、その甘さによって、彼女は命を落とした。

 優しさによって、彼女は死んだ。

 氷田織はそう考えている。


「なんにせよ、僕の講義はこれで終わりだ。ご清聴ありがとう。これが仕事なら、君の組織にちょっかいを入れたりするんだけれど・・・今はプライベートだからねぇ。そんな面倒くさいことは、やめておこう。なに、心配はいらない。いくら君に対して冷たい組織だったとしても、死体の回収くらいはしてくれるはずだよ。警察なんかに見つかるようなヘマは、さすがにしないだろうからねぇ」


 ご清聴も何も、彼女は最初から聞いていないし、彼女の組織はそんなに冷たい集団でもないのだが。

 氷田織はそんな風に話をまとめ、眼下の景色から目を離し、屋上の出入り口の方へと歩いて行った。


「君の上司に会う機会があったら、伝えておくよ。若者の教育は、きちんとやれってね」


 彼はそんなセリフを言い残し、(はい)ビルの屋上を後にした。

 屋上には、一人の少女の死体だけが残される。

 一つの死体だけが残される。

 そして数十分後、西向井由未の死体は、彼女の組織の人間によって回収されることとなった。

 

 彼女は、上司に殺されたのではない。

 優しさに殺されたのでもない。

 とある男の『手』によって、殺された。

 

 男の名は、氷田織畔。

 

 触れただけで人間を殺し、触っただけで命を奪い取る。

 

 『致死(ちし)(やまい)』に侵された男である。



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