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病夢(びょうむ)とあんぱん  作者: 雛まじん
11/58

病夢とあんぱん その11

 

 残念ながら、というべきなのかどうか。

 

 その『(ぜっ)()(やまい)』が具体的に何なのかを知ることは、僕にはできなかった。

 質問を深めようとしたところで、(おき)さんは、壁に掛けてある時計を指さした。

 午前零時。

 質問を深める前に、夜が深まってしまっていた。


「そろそろ、就寝時間ですね。(やな)()さんも、相当疲れているでしょう?」


 僕は(うなず)く。

 質問を(さえぎ)ったのには・・・・何か理由があるのだろうか?

 『絶死の病』。

 あっさりと教えてはくれたが、やはり自分の『(やまい)』のことを話すのは気が引けるのか?

 ただ、かなり疲労感が溜まっていたのも事実だった。

 命の危機から脱し。

 誘拐され(何を言われようが、あれは誘拐だ)。

 理解の(はん)(ちゅう)を超えた話を聞かされた。

 こんな半日を過ごして、疲れない人間などいないだろう。


「二階の一番奥の部屋を、あなたの部屋として用意しておきました。ぜひ、お使いください。明日の朝は、六時頃起きていただけるとありがたいのですが・・・朝会のときに、保育園の住人に、あなたを紹介したいですからね」


 と、起床時間の約束をさせられた後、ホールまで案内され(さすがにもう子供たちは遊んでいなかった)、そこから二階へと続く階段へと「おやすみなさい」と送り出された。


 階段を上りながら考える。

 保育園の住人、と沖さんは言っていた。奇妙な表現だが、この保育園は彼らの住居ともなっているらしい。つまり、沖さんと()()(おり)さん、さきほどの子供たち、そして、もう何人かがこの保育園に住んでいるのだろうか?

 助けを求められれば誰でも助ける、と言っていた。

 それならば、どれくらいの人間を助けているのだろう?

 と、階段の踊り場まで上ったところで、逆に、階段を下りてくる女性がいた。

 おそらく、僕よりは年上の女性だろう。二十代後半といったところだろうか?しかし、容姿は、かなりだらしない格好をしていた。ぼさぼさの髪の毛に、だるだるのジャージ、裸足。随分と自由な格好だ。


「こんばんは」


 この人も保育園の住人だろうかと、一応、人として最低限の挨拶をしたつもりだったが。


「どうも」


 と、向こうはかなり素っ気ない挨拶を返してきた。

 無愛想な人だなぁと、自分のことを棚上げにして考えながらすれ違おうとした。

 しかし、そのとき。


「だらしねえとか、無愛想とか、思ってんじゃねえぞ」


 と、威圧するかのように(つぶや)いて、彼女は一階へ下りて行った。

 ・・・・・顔に出ていただろうか?

 まさか、住人じゃなくて、泥棒ってことはないよな?

 いや、上下だるだるジャージの強盗犯なんていないか。

 どれだけやる気がないんだよ、その強盗犯。

 ちなみにここに、マンションのカードキーを盗んだ(せっ)(とう)(はん)がいる。

 

 階段を上りきり、一番奥の小部屋に入る。しっかりと鍵を掛けることも、もちろん忘れない。部屋の中には、既に布団が敷かれていた。ご丁寧に寝間着まで用意されている。

 寝間着に着替え、ゴロンと布団の上に寝転んで、考えを巡らす。

 

 今日、起こったことを。

 

 今日、出会った人のことを。

 

 今日、聞いたことを。

 

 爆発する電化製品。襲い掛かってくる電流ケーブル。氷田織(ほとり)。『海沿(かいえん)保育園』。沖飛鳥(あすか)。『病持ち』。コンプレックス。才能。『(かん)(でん)()の病』。『絶死の病』。

 そして、命の危機。

 どこまでが真実で、どこまでが嘘なのだろう。

 いっそのこと、全部夢ならば最高なのだが。目が覚めたらマンションに戻っていて、再び会社に通う日々に戻れるならば、十万円くらいは払える。

 

 正直、『病』の話は別にどうでもいい。そんな超常的な才能を持つ人間がいたとしても、僕の方から積極的に関わろうとは思わない。できれば、僕とは関係ないところで、勝手に生きてほしいものだ。話を聞いてしまった以上、関わらないようにするのは難しいのかもしれないが・・・。

 とにもかくにも、重要な問題は二つだ。

 一つ。僕の命が狙われているということ。

 二つ。沖さんたちを、どこまで信用していいのか分からないということ。

 一つ目に関しては、僕ができることはほとんどない。電子機器を自由自在に操るような奴と戦う(すべ)は、僕にはないのだ。沖さんたちに保護してもらうしかない。

 そうなると、二つ目の問題が特に重要になってくる。結局、『海沿保育園』の人たちと共同生活をすることになってしまったが、彼らもまた『病』とやらを抱えているのだとすれば、どこまで信用できたものか、分かったもんじゃない。

 実は僕を襲ったのは彼らでした、というオチならば、僕はもうお終いだろう。

 逃げ道がない。  

 それでも、生きることを諦めたりはしないが。

 何が何でも生き残る。

 死にたくは、ない。

 そう考えると、彼らを本当に信用できると確信が持てるまでは、おちおち熟睡することはできないだろう。寝首を掻かれては、目も当てられない。

 大丈夫。

 二、三日くらいなら、徹夜できるはずだ。

 体は疲れているが、精神的には張り詰めておかなければならない。



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