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病夢(びょうむ)とあんぱん  作者: 雛まじん
10/58

病夢とあんぱん その10


「我々は病気なのですよ。『(やまい)()ち』なのです。いえ・・・我々、などと言ってしまうのは少しおこがましいですね。そう思っていない人に対して失礼です。しかし、少なくともここにいる者の多くは、病人であると言っていいでしょう」


 唐突に(おき)さんは話し始めた。今までもったいぶっていたのはなんだったんだ、というくらいに唐突だ。

 病気?

 『病持ち』?


「それは・・・持病があるってことですか?」


 それはそれで不幸なことだが、それが今の状況とどう関係があるんだ?


「そうとも言えますね。しかしこの場合の『(やまい)』というのは、なんというか、ええと・・・・。一般的な意味での病気とは、少し違うのです。ふむ・・・これを説明するのは、やはりなかなか難しいですね」


 ぽりぽりと頭をかく沖さん。どうやら、説明が得意という性質(たち)ではないらしい。


「そうですね・・・・(やな)()さんは、少年漫画を読んだことはありますか?」

「そりゃまあ、読んだことはありますけど・・・・」


 特に高校生くらいのときはよく読んでいた。今は、「子どもっぽい」という理由であまり読まなくなってしまったが(この考え方こそ子供だ)、あの頃は毎月、雑誌の新刊の発売が待ち遠しかったものだ。


「少年漫画でなくとも、SF映画やファンタジー小説でもよいのですが、その中には、なんというかこう・・・・超人的な能力を使えるキャラクターが出てくることが多いと思うのです。魔法が使えたり、空を飛べたり、スーパーパワーを持っていたり・・・・わかりますか?」

「わかりますよ。僕もそういう世界観は好きな方です」


 そういう風になりたいとは、思わないが。


「好き、ですか。それは結構なことです。しかし・・・どうでしょう。そういう人間が実際にいて、しかも、普通に身の回りで生活していると言えば、どう思いますか?」 

「え?いや、どう思うって言われても・・・・」


 まぁ正直に言わせてもらえるならば、単純に怖いと思う。

 気持ち悪いと言ってしまっても、いいかもしれない。

 たとえば、今、世界が悪の魔王か何かに支配されているというならば、そういう人たちの出番もあるかもしれない。

 しかし、現実はそうではないのだ。

 そんな超人的な力を持った人間が近くにいるならば、それは恐怖と忌避(きひ)の対象だ。いつ、その力が自分に向くのかわからない。百歩譲っても、友達になりたくはない。

 ただでさえ、異端な行動をとる人間や、変な考え方を持つ人間は、他人から避けられがちなのだ。そんな超能力者がいるならば、さっさと消えてほしいと切に願う。


「怖い、ですかね」


 いろいろ思うところはあったが、結局、(たん)的に考えを伝えることにした。


「怖い。そうでしょうね」

「でも、仮定の話でしょう?」


 なんだか話がごちゃごちゃしてきた。

 病気と少年漫画。どういう繋がりがある?


「そう。仮定の話です。こんな話は、本当は仮定にしておいた方がいいんです・・・。しかし・・・・私たちがそれに近い力を持っているということは、伝えておいた方がいいでしょうね」


 沖さんは力なく微笑んだ。

 無理して笑っている、そんな感じだ。

 そして、視線を下に落としながら言う。


「いや、力なんて、おこがましい。能力などとは、表現したくはない。私たちが抱えている『病』は、劣等感やコンプレックスといった方が相応(ふさわ)しいのです。世の中を普通に生きていくには、あまりに重く、つらい(かせ)なのです。なんの罰で、こんな思いをしなければならないのか・・・・・(はなは)だ疑問です」

 

 邪魔なのですよ、と沖さんは言う。


「邪魔なのです。こんなものは。こんなどうしようもない欠陥(けっかん)は。誰かに代わってほしいと、何度願ったかわかりません。こんなものがなければ、普通に生きて、普通に死ぬことができるというのに・・・」

 

 僕は察した。

 沖さんは考えなしに、唐突にこの話を始めたのではなかったのだ。

 唐突に話すしかなかった。

 ゆっくり丁寧(ていねい)に、()()として話し始めることは、できなかった。

 それは、自分たちの欠点を、短所を、他人に話さなければならないということだからだ。


「ふう・・・・・・」


 と、溜息をつきながら顔を上げた沖さんは。

 もう、笑ってはいなかった。

 ただ目を閉じ、言葉を紡いだ。


「そういう『(やまい)』なのです」


 他人と違い、特別である。

 そんな、異常者なのです。

 と、沖さんは繰り返した。




 紅茶は随分と冷めてしまった。

 しかし、沖さんの話はまだ続く。


「あなたを襲った人間も、私どもと同じ、『病持ち』であると断言してよいでしょうね。『感電(かんでん)()(やまい)』と、私たちは呼んでいます。調査によると、電子機器などの電気の通った物体を操る・・・言い方を変えれば、()(れい)にする、『病』のようです。まあ、実際の死因としての感電死とは、意味合いが大きく変わってしまっていますが・・・」

 

 『感電死の病』。

 確かに名前に反して、電気で『殺す』のではなく、電気を『操る』というのは、ちぐはぐ感が(いな)めない。

 でも、それ以前に、だ。


「あの、沖さん?」

「なんですか?」

「まだ半信半疑・・・いえ、全然信じられないと言ったら、怒りますか?」

「いえいえ、怒りませんよ。信じられなくて当然です。むしろ、最初から話を()()みにされても、こちらが反応に困ってしまいます」

 

 本当に困ったように肩をすくめる、沖さん。


「あなたの都合のいいように解釈してくださって、全然構わないのです。『病』というのも一つの解釈であって、『才能』だとか、『能力』であると考えている者も、多少なりといるようですから。ただし、そういう人間がいる、ということは理解しておいてほしいのです。そして、そういう人間があなたを殺そうとしている、ということも」


 ・・・・それでは、お言葉に甘えて、『病』が何なのかは脇に置いておくとして。

 つまり、その電子機器を自由自在に操れるという危険人物が、僕のことを狙っている犯人ということか

 なるほど。どんなトリックを使えば、あんなことが出来るのかと思ったが、確かに「もともと出来る」というならば、タネも仕掛けも必要ない。

 なんてこった。

 とんでもない人間に、目をつけられてしまっているではないか。

 しかも、話を聞いてしまったからには、危険性がぐんと上がる。

 もう帰りたい。


「沖さん。聞かなかったことには・・・できませんかね?」

「無理でしょうね」


 即答だった。


「あなたが、これだけ深く話を聞いてしまったということは、そのうち周りに伝わってしまうでしょう。そうなれば、向こう側・・・つまり、あなたを殺そうとしている側の人間は、今以上にあなたを放っておけなくなる」


 どうやら、相当追い詰められてしまっているようだ。

 わかってはいたが。


「・・・・・二つ、質問してもいいですか?」

「いいですよ。だいぶ夜も深まってしまいましたが・・・それくらいの時間はあるでしょう」

「なら、一つ目。なぜ、あなたたちは僕を殺さないんですか?」

「ん?」


 沖さんは不思議そうに首を(かし)げた。


「いや、だから・・・話を聞いてると、『病』のことを知った人間を、放っておくわけにはいかないんでしょう?殺さなければいけないくらいに。何故そこまでするのか、よくわかりませんが・・・・。それなら、なぜ、あなたたちは僕を殺そうとしないんですか?」

「あぁ、そういうことですか」


 納得したように、沖さんは(うなず)いた。


「それは、ここが『海沿(かいえん)保育園』だからですよ」

「え?」


 今度は僕が疑問符を浮かべる番だった。

 だからですよ、と言われても。


「『海沿保育園』は誰でも保護するのです。どんな人間でも、ね。どんな病人も、犯罪者も、助けを求められれば、私は助けます。当然、あなたも例外ではありませんよ。あなたは、私に助けを求めた。だから助ける。そういうことですね」

「・・・神様気取り、ですか?」

()(ぜん)(しゃ)気取り、ですよ」


 微笑む、沖さん。

 でも、そうか。なるほど。と表面上だけは納得できた。

 それなら、命だけは保証するというのも頷ける。

 そもそも、誰に対しても害をなすつもりがないのだ。それはそれで、随分都合がいいようにも思えるが・・・・。ひとまず、ここにいて僕の命が(おびや)かされるということはなさそうだ。  

 もちろん、沖さんの言葉を全て信じるなら、という前提(ぜんてい)があってのことだが。


「じゃあ、二つ目の質問なんですけど」


 と、さきほど()()(おり)さんがそうしていたように、指をピースの形にした。


「『病』でも、『能力』でもなんでもいいんですけど・・・そういうのがあるとして、沖さんは一体、その・・・どんな病気を抱えているんです?」


 と、質問してから「しまった」と思った。

 「私たち」と言っていたことから、沖さんも何らかの『(やまい)』を持っていることは明確だった。しかし、あれほど(くる)()に話していた話題だ。さすがに教えてはくれないだろう。

 いや、いい加減、そろそろ怒らせてしまうかもしれない。

 そう思ったのだが。


「私は」


 (あっ)()ないほどに、あっさりと沖さんは教えてくれた。


「『(ぜっ)()(やまい)』に、侵されているのです」



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