遠距離恋愛の不安 その六
ノクターンと変えてます。
背後から聞こえる咳払いでようやく我に返る。ここがどこであるかも忘れてこんな──は、恥ずかしいっ!
「はあ……お二人共、そういうのは家で」
「なんや、彗も触発されたんか?」
「兄貴、もう一発殴りますよ?」
彗さんが本気で怒っている。一方の俊ちゃんも、私が怒っていない事でいつもの俊ちゃんに戻っていた。
──その彗さんの後ろには、顔を赤らめて唇に手を当てている真由さんの姿が。
私達は彗さんと真由ちゃんにありがとうと礼を述べてマンションを後にした。
この高級住宅街の近くには常駐するタクシーはないので、最寄り駅まで徒歩となる。
行きは道も分からなかったが、今は隣に俊介がいるから問題ない。
先を歩く俊介をパタパタ追いかけると、突然足を止めた彼の背中にぼすんと顔が埋まった。
「晶……」
くるりと振り返った俊ちゃんがこちらを見つめて少しかがむ。
──外でキスをする時はこの身長差が邪魔をする。私も精一杯背伸びをして俊ちゃんの首にしがみついた。
外だと言うのに、しかもこんな閑静な住宅街でキスをする私達。笑えるくらい浮いてる。
「ねえ、俊ちゃん。早く帰ろうか」
返事の代わりにもう一度音を立ててキスをされる。暫く連絡もしていなかった分、私の気持ちはずっとドキドキして落ち着かなくなっていた。
────────
電車を乗り継いで私のマンションに着いた時は既に時刻は1時近く。
部屋に入った瞬間、俊ちゃんに身体を抱き上げられる。軽いからって、まるで荷物を抱えられているようだ。
せめて横抱きとか、もう少しムードある抱き方ないのかなあと思うが、スイッチの入っている俊ちゃんに何を言っても通用しない。
優しくベッドに降ろされた私は、再び覆いかぶさる俊ちゃんのキスの雨を受けていた。
互いの唇をついばみ、時々舌を絡める。何度もじゃれあうようなキスを繰り返した所で、俊ちゃんが初めてごめんなと頭を下げた。
「オレがアホやった。結奈のストーカーはでっちあげで、オレと晶は騙された。晶を傷つけたのはオレやし、許してくれなんて都合いいこと言われへんけど」
「すごく嫉妬した」
ふふっと微笑みながら、俊介の首を自分の方へ引き寄せる。
「俊ちゃん、もう私の事嫌いなったと思った」
「アホう。そんなん、オレの台詞だ。晶とは連絡つかんし、お前んトコは若い医者も多いし」
お互いが、互いの周囲にいる異性に嫉妬。
一時は結奈の独占欲によって引き離されそうになったが、結局は2人の気持ちを再確認するお膳立てとなった。
「俊ちゃん、私の事好き?」
「当たり前やろ。嫌いやったらワザワザ東京なんか来へんし、好きな女がいるから今ここに居るんや」
真剣な声がそう言い、私の耳朶を指先でいじりながらペロリとなめる。
「なんかって、失礼」
「それは、東京の事やで? オレは晶を今すぐにでも大阪に連れて行きたいと思ってる」
ストレートで嬉しい言葉。それなのに私は『はい』と言えない。
僅かな沈黙に、俊ちゃんは苦笑いしながらぎゅっと私を抱きしめる。そのまま覆いかぶさり、再びキスの雨を降らせた。
「──まあ、ゆっくり考えような? オレは、いつでも晶を受け入れる覚悟は出来てる」
「そ、それって……」
「あ、プロポーズちゃうで? こんな、勢いでなんか言わん。晶へのプロポーズはもう決めてるからな?」
いつか、プロポーズするつもりなんだ……。という俊ちゃんの秘めているようで、打ち明けられている本音に思わず笑みがこぼれる。
これじゃあ、きっとサプライズなんて無さそうと思う。見た目と裏腹に、恋愛不器用な俊ちゃんが可愛い。
「俊ちゃん、忘れてるみたいだけど……私、怒ってるんだけど?」
「……今日は、晶の言う通りにする」
「じゃあ、全部脱いで、ベッドに仰向けになって?」
「……仰せのままに、お姫様」
私の上から身体を引いた俊ちゃんは、相変わらず引き締まっている小麦色の肌を晒した。
本当に化学者なのか、職業を疑いたくなるくらい健康的な身体だ。
好きにどうぞ、とばかりに彼はニヤニヤ笑いながらこちらを見つめている。頭の下で両手を組んで全てを曝け出している。
いつも私の方が俊ちゃんにほだされてしまうので、何だか今日は独占したい気分だった。
「俊ちゃん──」
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乱れたシーツに、脱ぎ散らかした衣服。
──濃密過ぎる夜を過ごした所為で寝坊した俊ちゃんは、大阪に帰る新幹線を乗り過ごした。
それでも彼は全く慌てる素振りも見せず、仕事を事の原因を作った結奈さんに投げ、もう一日休暇申請していた。
一方の私も、師長にどうしても、と理由をつけて休みをもらう。
「今日はずっと一緒だね」
「あぁ。──またしよか」
「んもう、ダメだって──あっ……」
愛を確かめ合った2人は、1日中ベッドの中で怠惰的な生活を送ることになった。