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遠距離恋愛の不安 その四


 「ああ……書かなきゃ良かった」


 後悔しても時既に遅し。ネットワークというものは本当に恐ろしい。私がフェイスブックに書いた一言は、まるで俊ちゃんがすべて悪いように拡散されてしまっていた。


 ──違う、そんなつもりなんてない。

 ただ何処かに吐き出さないと、私の気持ちが持たなかっただけ。


 俊ちゃんとはあれから一度も向き合っていない。それに、あんなこと言われて……こちらから連絡なんて出来るわけない。


 「こんな終わり方なんて嫌だよ……」


 真実を確認する為に大阪に行きたい。でも、今の私には自分から行動する勇気も気力も無かった。


 ……そんなプライベートの悩みは私の不眠を悪化させ、仕事にまで影響を及ぼした。

 今、ベッドの中で蹲っている私を心配しているのは同じ職場の千里さん。


 私は昨日の夜勤後に貧血で倒れ、スタッフに迷惑をかけてしまった。──それも全て自分の体調管理の甘さが原因だ。


 目の前にいる千里さんは4連休を潰してまで私の夜勤を変わってくれた。本当は彼氏とデート予定だったのに。その話を後から師長に聞いた私は涙が止まらなかった。

 それだけじゃない、一人暮らしの私を心配して今もこうして付き添ってくれている。優しすぎる先輩に頭が上がらない。


「千里さん、夜勤……本当ゴメンなさい」

「ううん、平気だよ。夜勤手当で来月優ちゃんとちょっといい温泉でも行こうかな?」


 優ちゃんとは千里さんがお付き合いしている年上の彼氏さん。こちらもなかなかのイケメンだ。

 以前、彼が入院した時に少しだけ関わったが、独占欲の強そうな人に見えたけど、そんな彼との約束をドタキャンして……千里さんの方が大丈夫なのか、逆にこっちの方が不安になる。


「うう……千里さん、本当ごめんなさい」


 情けないが、もうそれしか言えない。

 一人で勝手に悩んで眠れなくなって。──どうせなら安定剤でも処方してもらえばよかった。


 再びため息をついていると、千里さんの優しい手が私の頭を撫でる。そして彼女の顔に浮かぶ天使のような笑み。


「晶ちゃんは大人しく寝てるんだよ? 明日またお見舞い来るから。鍵、外から掛けてポスト入れておくね」

「うぅ、ありがとうございます……」


 千里さんはそのまま立ち上がり、玄関で「またね」と言いドアを閉めて去っていった。


────────


 この4日間の休暇は私の身も心もリフレッシュさせた。その間に変わったことと言えば、何度か俊ちゃんからの電話がきていた。

 思えば、付き合ってから彼がこんなに執拗に電話をしてきたことなんて今まで1度もない。

 

「今更……」


 勇気のない私は俊ちゃんから何を言われるのか怖い。何度かその電話に出ようと試みたものの、別れ話も怖くて耳を塞いで1度も電話には出られなかった。


 揉め事があると彼はメールを使わない。それは、文章でいくら謝罪の言葉を述べても、並べた言葉では誠意が伝わらないことを誰よりも分かっているからだ。


 たった一言、確認すればいいだけの話。──それなのに、お互い意地を張っているからこの関係は変わらないのかも知れない。


「高桑さん、なんか、辻谷さんって言う素敵な人が面会に来てるんだけど、彼氏?」


 それはあまり見かけない珍しい苗字。私は仕事中であるにも関わらず、胸がどきりと高鳴る。

 まさか──と思い、私は電子カルテをそのままに、デイルームへ足を向けた。


 そこに立っていたのはオーダーメイドのスタイリッシュな3ピースのスーツを着込んでいる長身の男性。

 辻谷 彗さん。彼は、俊ちゃんの弟さんだ。


 私に気づいた彼は、忙しい中すいませんといきなり頭を下げてきた。


「彗さん、どうしたんですか?」

「いえ、うちの兄貴が晶さんにご迷惑をおかけして。体調は、大丈夫ですか?」


 この4日間、彼は毎日私を探して病院に来ていたらしい。彗さんからほんの気持ちです、と紙袋を渡されて焦る。


「いえ、あの! 彗さんが悪いわけじゃないですしっ!」

「うちの兄貴が貴女を傷つけたのは事実です。これはお受け取り下さい。あと──晶さんの体調が少し良ければこちらに連絡下さい。私の彼女が貴女とお話ししたいそうなので」


 彗さんの彼女さんは長身で細身のモデルのような美人さん。去年のクリスマスで偶然会った程度しか面識は無いのだが、一体何の話だろう。

 渡された名刺を見て小さく頷く。


「──晶さん、やつれました?」

「へ? え、痩せたなら嬉しいな。ほら、私ぽっちゃりだし? あはは……」

「高桑さーん、次アッペ入室準備」

「あ、はいっ! すいません、彗さん。また……」


 スタッフに入室準備の声で呼ばれ、私は彗さんに一礼すると逃げるようにその場を後にした。


────────


「やだ〜! これ、有名店のマドレーヌ。美味しいっ」

「晶ちゃん、あの人誰? 彼氏さん?」

「あはは……違いますよ、彗さんには彼女がいますから」

「へええ、男友達ってやつ? 晶ちゃんも純粋そうな顔してなかなかやるねぇ。ねえ、彼のご兄弟でも友達でも誰か紹介してよ〜!」

「辻谷兄弟みんなイケメンですよ。私なんかには勿体無いくらい……」

「ってことは、あの人のお兄さんとお付き合いしてるの!? 晶ちゃん写メ見せて、写メ!」


 迂闊に口を滑らせてしまったせいで、私は携帯を取り上げられ、俊ちゃんと一緒に写っている変顔の写真を先輩達にからかわれた。


 辻谷兄弟は三人兄弟。長男の俊介、次男の彗、三男の和希。みんな長身のタイプの違うイケメンだ。

 一方の私は、身長158センチの小柄で胸もお尻も小さい。

 俊ちゃんとは身長が20センチも離れているから、一緒に歩くと凸凹カップルと言われる。

 顔だって「小顔だね」とは言われるけど、二重なんてどこにでもいるし鼻もぺちゃんこ。唇はぷっくりしてるけど魅力なんて無い。


 俊ちゃんがどうして私と付き合ってくれたのか。冷静になって改めて考えると謎だ。

 ──もしかして、あの時の傷心を癒すため、フリで居てくれたのかな。私も結構凹んでた旅行だったし……まさかそこにつけ入られた?


 理由なんていいや。俊ちゃんみたいなイケメンと一時の甘い時間が過ごせただけで役得よね。


「あー……しょっぱい」

「マドレーヌなのに?」

「あはは、ちょっとトイレ行ってきます」


 ふと滲んだ涙に気づかれないように、私は明るい話題で盛り上がる休憩室を後にした。

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