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遠距離恋愛の不安 その三


 結奈のフェイスブックの盛り上がりは一時的なもので、俊介と恋人関係である嘘を拡散させた後はその勢いは消沈した。

 彼女としてはもう少しこのネタで盛り上がって欲しかったのだが、こればかりは仕方がない。周囲がいつまでも恋人おめでとうのネタで喜んでくれる訳ではないのだから。


 ──もう少しで、彼女から大好きな彼を引き離せる。この1週間で得た効果はかなり大きい。


「新しい情報でもあるかな──ん?」


 最近の更新情報で晶のフェイスブックが視界に入る。確か彼女は1年くらい更新していないはず。

 既にアカウントを放棄したものかと思いきや、そこに一言だけ。



 私の、大切な人。今までありがとう。



 と書かれていた。


 彼女は仲間の多い看護師で、そこには心配のコメントが多数寄せられている。

 しかし、どのコメントに対しても晶本人からの返信は一切なく、彼女の更新はそのたった一言で途切れていた。


「まさか……私の、せい?」


 俊介が晶を好きなことは最初から知っている。最初から勝ち目の無い戦いを挑んでいたのだから。

 少しの間だけでも……1度でいいから大好きな俊介を独り占めしたい。

 その羨望、嫉妬が東京にいる彼女をそこまで苦しめたなんて──。


「知らなかった……知らなかったんや」


 してしまった事の大きさに結奈の唇が震える。この事を俊介に告げるべきか、それとも見なかった事にしてしまおうか。


「おい、結奈。どないした? 顔色悪いで」

「な、何でもない」


 突然背後から声がかかり慌てて携帯を隠す。しかし、びくりと背中を震わせた動作は不自然に見えたのだろう。

 普段人の携帯など一切見ない俊介が、怪訝そうな顔でこちらを見つめる。


「結奈、オレに隠し事しとらんか?」

「え? べ、別に……?」


 思わず視線が泳いでしまう。無理に取り繕った笑顔は口角が震える。この後の反応が怖くて俊介の瞳がまともに見れない。

 いつもとは明らかに違う結奈の様子に、俊介は自分の携帯電話を目の前に突き出した。


「え?」

「オレな、SNSは嫌いやねん。そういう、どうでもいい奴の情報は信用できん。……ただ、どうしても確認したいことがある。晶と連絡が一切つかんのや。──これで、高桑晶を出してくれへんか」


 ツイッター、フェイスブック。偽名でやりとりして嘘や偽りが飛び交い、平気で人を傷つけてしまうようなものを嫌う俊介。

 彼は直接やり取りが出来る電話かメール、メッセージやりとりのLINEしか使っていない。


「このアカウント……俊介さんの?」


 俊介が急遽作ったフェイスブックのアカウント。初めて作ったそれはたった1人のため。

 連絡がつかない彼女を心配して、彼は自分が嫌いなツールにまで手を出している。


「敵わへんなあ」

「何が?」


 結奈は参りましたと瞳を伏せると、自分の携帯電話を俊介に手渡した。そのページは先ほど開いた晶のマイページ。


「それな、晶さんのページ」

「は……? これ、何でこんなことに?」


 更新の止まったままのフェイスブックに書き込まれた切ないメッセージ。

 彼女の仲間からは『恋愛揉めてるらしいよ? 』『彼氏が二股! 晶ちゃん倒れたって!』と見たくないコメントが並んでいる。


 彼氏が二股? そんなの結奈に頼まれたから仕方なくやし、1週間の期限で晶が了承してくれたからで…

…恋愛で揉めてる? 誰と、誰が?

 オレの連絡に、晶は不在でメールも届かない。

晶が倒れた? いつ、どこで、オレが……オレだけがなんも知らん……。


「なあ結奈。お前、この事知ってたんか?」


 ドスの効いた低い声に、結奈の背筋が凍りつく。

 普段は誰に対しても優しくて明るいムードメーカー的な存在の彼は、そこに居ない。

 目の前に居るのは、彼女を傷つけられて怒り心頭の獰猛な番犬の素顔。

 切れ長の瞳をさらに鋭く細めた俊介は、怯える結奈の肩にそっと手を乗せ、口元に冷たい笑みを浮かべる。


「なあ、結奈。オレと付き合ったフリすら無しにしてもらおうか?」


 結奈のフェイスブックに映る俊介とのツーショット写真。そこに書かれてる『おめでとう』の文章を睨みつけて携帯電話を床に投げつける。

 カツン、と跳ね返ったピンクのスマホは回転しながら壁の端まで転がる。

 その様子を一瞥した俊介は結奈の顎をぐいっと片手で掴む。


「──写真、誰がとった? ストーカーはフリやろ? 騙されたオレも、晶も……アホやったな」


 結奈がストーカー被害にあってると本気で心配していた優しい晶。


(──晶は多分、オレに振られたと思い込んどる)


 お互いに連絡が取れない、些細なすれ違い。晶の残したメッセージは俊介に自然消滅されたと思っているのか。


(……そんなん、こっちのセリフや。こっちだって、晶と連絡取れなくて振られたかと)


 俊介の言葉に出さない静かな怒りに、結奈は唇を震わせながら詫び続ける。


「俊介さん……ご、ごめんなさい……」

「オレがお前を抱いたら満足か? ──ええで。お前のいいように全部してやるよ」


 感情の失せた俊介は結奈の白衣の中に着込んでいるカッターシャツのボタンを乱暴に外す。そこからはちらりと魅せ用のピンクの可愛らしいブラジャーが顔を出した。


「ほら、どうしてほしい?。オレに脱がされたいんか? それとも脱がしたい? ……場所はどこでもいいよなあ。お前、オレのことが好きなんやろ」

「い、いや……ご、ごめんなさい……」


 嘘をつき、ネットというツールを使い情報の拡散。それによって遠く離れた場所にいる彼女の気持ちを踏みにじった。

 例えどんな理由があれど、悪意のある行為。そんな結奈を簡単に許すことは出来ない。

 心の無い俊介に、結奈は震えながら涙を流す。しかし、怒りの収まらない俊介は蔑んだ瞳で彼女を見下ろしていた。


「──オレのこと全部欲しいんやろ? おまえがオレとどうしたいか、言わんとわからん」


 俊介の怒りは相手が異性であろうと関係ない。これはストーカーに遭っているという偽情報で愛おしい彼女を傷つけた報復。


 俊介の真意を悟った結奈は泣きながら頭を下げた。震える指先で写真を削除する。


「ご、ごめんなさい……写真も、記事も、全部消すから……連絡先も……ごめんなさい」

「お前が謝っても、晶の傷ついた心は治せへん」


 白衣を胸元に寄せて泣き続ける結奈をそのままに俊介は研究室のドアを閉める。

 ──普段は女性に対して優しく手を差し伸べる彼はそこに居なかった。


 携帯電話の画面を開いた俊介は深いため息をつき、電話帳から身内の連絡先を探す。

 傷ついた晶を守れるのは、今彼女に近くて、最も自分が頼れる存在のみ。


「──もしもし? あぁ、オレや……1つ頼みがあるんや」

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