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未来について その一

 

 私は癌・化学療法認定看護師の資格を取ることを断念した。

 理由としてはもの凄く単純。病院から推薦で学校へ行く場合は、資格を取った後も数年間そこに滞在しなくてはならない。

 それは学校へ行っている間も給料が支払われるという理由からだ。あとは資格を持った人がいると、国から多少の恩恵を受けられるというメリットがある。


 昔の私であればお礼奉公として病院に居残りしただろう。けれども今は違う。

 俊ちゃんとの未来を考えた時に、今学校に行くべきタイミングではない……。

 これ以上俊ちゃんとの関係を中途半端なままにして、彼を失うのだけは嫌だ。


 「1年間待って」と言ったばかりなのにいきなり降りかかった問題に、私はため息をついた。


「はぁ……こんなことなら、もっと早く資格取るべきだったよ」


 資格を取ってすぐに病院を退職なんてよく考えたらもの凄く失礼だ。9ヶ月の間自分は退職しているわけではないのだから、他のスタッフに迷惑がかかる。

 脳みそが若いうちに資格を取りたい。私はどうにか仕事を辞めた後に自力で学校に行ける方法を探していた。


「う、わっ!? だ、誰だろ」


 検索しているといきなり携帯電話が鳴る。発信者は登録していない電話番号。嫌な予感しかないが、なかなか切れてくれないので仕方なく電話に出る。


「も、もしもし?」

『晶さんですか? ご無沙汰しております。笠原です』


 笠原さん? ええっと……患者さんだろうか──でもこんな若い子の声……。


『あ、そうだ電話番号変わったんだった。すいません。“辻谷“って言った方が分かりますかね』

「えっ!? もしかして。ま、真由ちゃん!?」


 笠原真由ちゃんは俊ちゃんの弟・彗さんの彼女さんだ。

 彗さんの海外出張が多いのでまだ籍は入れていないけど、私よりも辻谷家を知っている先輩だ。


「真由ちゃん、どうしたの?」

『報告が遅くなってすいません。実は私、来月に晶さんの病院に入院するんです』

「えっ? 予定の手術って……何か病気? どこの病棟?」


 予定入院なんてよほどのことがない限り受付ていない。例えば脳血管や心臓の手術で、名誉教授を呼んだりすることはある。

 まだ若いのに、真由ちゃんにそんな持病なんてあっただろうか?


『ごめんなさい、誤解させちゃいますね。帝王切開なんです』


 帝王切開。まさか──。


「に、妊娠してたの!?」

『はい。体操してるんですけど、逆子がなかなか治らないのと、早産リスクがあって──子供の安全第一だから帝王切開にしましょうって決めたんです』

「ふええ〜。そうなんだ……おめでとう。彗さんと真由ちゃんの子供だったら絶対可愛いじゃない!」


 あれ、こないだ私が俊ちゃんのところに行った時に、そんなおめでたい報告一切聞かなかったような……?


「真由ちゃん、このことって俊ちゃんは知ってるの?」

『……いいえ。実は、私達……籍も入れてないんです』


 つまり、出来ちゃいました! って報告を産んでからするつもりなのか。

 俊ちゃんのお母さんは出来婚を許さない人なのかな。


『和希くんのこともあるし……彗さんと相談して、子供を産んでから報告しようって。で、お袋に何か言われたら俺が必ず守るって言ってくれて』


 マンション持ちの彗さんは仕事も安定、そりゃあ真由ちゃん1人くらい余裕で面倒も見れるだろう。


「じゃあ、産んだ後に辻谷家に報告?」

『そう、なりますね……今更ですけど結婚を許してもらえたらなって』

「真由ちゃんは、俊ちゃんのお母さんに会ったの?」

『一応……でも即門前払いされました。彗さんには釣り合わないって』


 うっ。真由ちゃんのように大手銀行員で、身なりもきちんとして可愛い子でもダメだなんて──。

 もしかして、俊ちゃんが結婚出来ない理由って、最難関のお母さんが原因とか?


『彗さんを悲しませたくない。だから出来ればお母さんとは仲良くしたいと思ってるんです。私の何がお母さんにとってダメなのか分からないですけど……』


 真由ちゃんの気持ちは痛いくらいわかる。私だって他人事じゃない。彗さんのお母さんは俊ちゃんのお母さんでもあるんだから。

 俊ちゃんの家族構成──和希くんが腹違いの弟で、お母さんにあまりいい扱いを受けて居なかったってのは聞いた。

 でも学校の先生だから、子供が嫌いなはずがない。


「孫の顔でも見りゃ許してくれるわよ。大丈夫、大丈夫。こっちに入院したら、お母さんを京都から呼んだらいいじゃない?」

『そうする予定です。それで……実は晶さんにもう1つのお願いが──』


────────


 金の力は本当に偉大。

 真由ちゃんは予定通り、帝王切開の1ヶ月前から4階の外科病棟・特別室に入院した。


 何故関係のない4階に入院したのかと言うと、私が4階で働いているから。

 そして特別室は8階にある超特別室以外は、4階が一番広いのだ。


 勿論お金に困らない彗さんは、手術が終わるまでの間、医者に部屋の相談をしていたらしい。

 しかし4階は外科──小児科では無いので、朝一で産科の先生と2階の産婦人科看護師が回診に付き添いで来ることになっていた。


 私も日勤の時は真由さんの部屋に時々状態観察に伺っていたが、さすがに科が違うので受け持ちはしていない。

今日も仕事が終わった後に真由さんの部屋にお邪魔してお腹を触らせてもらう。


「晶さんは、俊介さんとのお子さんは?」

「って、えええええええ!?」


 私は衝撃の余り叫んでしまった。そんな私の態度を見て、真由ちゃんはクスクス笑っている。


「別にいいと思いますよ。だって、俊介さんが晶さんのこと大好きなのは見て分かりますもの」

「で、でででででも、私に子供なんて……」

「晶さんは俊介さんともう少し2人でいたいとか?」

「って、そもそも私と俊ちゃんはそんな話一度も……」


 そう。子供の話どころか、一緒に住もうという話もしていない。挙句、私があと一年待ってと彼をさらに苦しめているのだ。

 しかし、認定をとるのを諦めた今なら子供を産んで寿退社って手もあるし、それだけじゃなくて大阪で仕事を探してもいいと思えるようになってきた。


「晶さん。年々私達も歳を取ったら子供を産むのも育てるのも大変になってきますし。俊介さんが子供についてどう考えているかとか、晶さんの気持ちを伝えた方がいいと思いますよ?」


 真由ちゃんの言葉がずしりと響く。高齢出産は年々増えているが、産科の先生からそのハイリスクと、産んだ後の子育ての大変さについては耳が痛いくらい聞かされている。


 次に俊ちゃんに会った時に今後についてと、真由ちゃんの妊娠について伝えておこうかな……。

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