奇妙な三角関係!? その二
ナースステーションに戻った後も、後輩に何度も特室の患者さんについて聞かれる。
適当にはぐらかして彼女を納得させる。──丁度私が担当で良かった。
「でもイケメンくんらしいですよね? 高桑さん、明日の配茶と採血行ってもいいですかあ?」
「あのねぇ……そんなつまらない理由で行くなら許可しないわよ。玲奈ちゃんはBチームでしょ、朝のオペ前処置あるんだから」
「ふぁ〜い」
その後も状態観察で何度も特室に足を運ぶが、和希くんは穏やかに眠っていた。
その綺麗すぎる寝顔に思わずドキドキしてしまう。
(全く──後輩窘めておいて私がこれじゃ世話ないよね)
────────
朝6時。和希くんの安静解除の為に部屋へ足を向ける。すると彼はまだ人形のように静かに眠っていた。
眠っているのを起こすのも可哀想だが状態観察だけはしないといけない。
昨日の手術をした場所は、細菌感染さえ無ければ早く退院できる。
──しかし、彼はどうしてこんなお遊びをしたのだろう。詳細を聞くにも、肝心のお相手が帰ってしまったので聞くに聞けない。
「……おはよお、アキ」
「わっ! び、びっくりした。何で呼び捨て」
「うるさいなあ……何で病院って朝が早いんやろ。寝かせて欲しいわ」
彼は相当低血圧のようだ。昨日私に食いついてきた覇気はなく、布団を引き寄せて小さく丸まっている。
「痛みはどうですか?」
「なんや、それ」
「昨日肛門裂傷の縫合したでしょ、覚えてないの?」
痛みが落ち着いたのならば、シリンジェクターを指示通り止めたい。あれから大分時間も経ったので特に問題は無いのだろう。
それに、これから来る本当の痛みは便座に座った時だ。
和希くんは横向きで寝ていたので、臀部に痛みを感じていなかったようだ。
手術着のままの彼は、真っ白で細い手足を無防備に曝け出している。
(本当──辻谷兄弟はみんなイケメンだからある意味目の毒だわ……)
仕事、仕事と頭を切り替え、私は彼の首にぶら下げている疼痛コントロールのシリンジを取るとダイヤルを下げる。
「何?」
「辻谷さん、痛みは10を最高としたら、今どれ位ですか?」
「はぁ? そないな事イチイチ聞くんかいな」
「観察項目だし……真面目に答えて下さい」
質問の合間に、私は血圧と体温を測りながら不満そうな和希くんをとにかく宥める。
学生のように幼い態度。それとも、演技?
「じゃあ、5」
「そんなに痛いの?」
「知らんわ」
俊ちゃんと付き合っている私が気に入らないのか、素っ気ない。別に好かれたくて仕事をしているつもりはないので、そこは仕方ないけど適当な返答は困る。
微妙な沈黙を破ったのは床頭台にある和希くんの携帯電話だ。発信者番号を見て、少年のような横顔を険しくした彼はその電話を急いで取る。
「もしもし……」
『おいっ! 和希、今何処におるんや! 心配したやろっ!』
「……すいません。兄さんにご迷惑をかけるつもりはありませんでした。今は、東京の友人宅で過ごしておりますのでご安心下さい」
さっきまでのふてぶてしい関西弁は何処に行ったのか?
まるで別人のような和希くんの態度に、私は思わず唖然としてしまった。そんな私の視線に気づいた彼は少しだけ唇の端を吊り上げて笑う。
「──実は昨日、悪ふざけをし過ぎて入院したんです。今、私の目の前に、兄さんの大好きな方がいらっしゃいますよ」
『和希……東京ってまさか、晶んトコ入院してるんか?! はぁ……』
「お電話、代わりましょうか? アキさんと」
「──辻谷さん、また検温に来ますね。あと、初回歩行は必ずナースコール押して下さい。では失礼します」
私が出たあと、和希くんは「へぇ」と笑っていたらしい。彼は私の仕事に対する本気具合を、さり気なく試していたのだ。
もし私が和希くんの電話で俊ちゃんと話しをさはたら、きっと和希くんはどんな手段を使ってでも、私と俊ちゃんを別れさせようとしただろう。
────────
和希くんは、3日間の抗生剤治療で退院となった。さすがに最初のトイレは大変そうに見えたが、その後はすぐに痛みは落ち着いたらしい。
退院は俊ちゃんが迎えに来ると言っていたのだが、彼も会社の商品変更時期と、3月の決算があったのでなかなか休みが取れないでいる。
一方、私は夜勤明けの休みがだったので、余計なお世話かも? と思いながら彼の退院準備を手伝った。
結局、手術の時に付き添いをしていた子は一度も面会に来ることも無かった。それでも和希くんはした行為や入院になったことについて、全く気にする素振りも見せない。
会計処理を終えた私は、俊ちゃんに「弟さんは無事に退院しました。これからホテル送ります」とメールを入れる。
「あんた、お節介やな」
「和希くんが心配だしね。ええっと……これから彗さんのマンションに行くの? それとも、俊ちゃんの所に帰るの?」
彼の荷物はかなり少ない。多分、着の身着のまま東京行きの新幹線に乗り込んだのだろう。
和希くんは以前まで家で出きるライターを生業とすていたらしいが、メンタルが落ち着かなくなり現在休職している。
「……俊介は、俺が邪魔なんや」
「はい?」
ミステリアスな彼は思い悩むと自分の世界に行ってしまうと聞いたが、──まさかこれがそうなのか。
「最近の俊介は彼女の事で浮かれてもうた。あんなん俊介ちゃう! なあ、アキ、俊介と別れてくれんか? 俊介があんなにだらしないの、俺見てられへんのや!」
「そ、それって、和希くんも、俊ちゃんが好きってこと?」
「あぁ。俊介は、俺のもんや」
可愛らしく微笑む和希くんは、きっと女性に生まれていたら相当モテただろう。いや、今も中性的で綺麗だしモテるだろうけど。
彼は『周りを困らせたくない』と言いつつも、俊ちゃんに心配してもらう事で自我を保っていたらしい。
──それが、先日私が大阪に行った時に関係性が変わってしまった。
了承の上とは言え、一時的に部屋から追い出される形となり、義母が嫌いなので京都に帰る事も出来ない。
本当は居ないのに『東京に友達が出来た』と嘘をつくと、俊ちゃんがあまりにも嬉しそうに喜んでくれたので、言ってしまった言葉を訂正出来なかったとか。
あの時の大阪旅行は、私も相当浮かれていたので、まさか和希くんを知らない間に苦しめていたなんて。
「なんか、ごめんね……」
「じゃあ、俊介と別れてくれ」
「それは絶対に出来ない」
「何でや!」
苛々した和希くんを諭すように、私はゆっくりと言葉を選ぶ。彼を刺激しないようにできるだけ優しく。
「和希くんが俊ちゃんと兄弟の絆で結ばれているのと一緒。和希くんが俊ちゃんを大好きなように、私も俊ちゃんが大好きなの。それをね、別れろって単純な話じゃないんだ」
「……」
「大阪に戻った方がいいよ。大好きな俊介を、これ以上困らせないで?」
「う、うるさいわっ! ブス!」
逃げるように去る和希くんを見送り、私は小さなため息をついた。




