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波乱の大阪旅行 その八


 昨日通った道が視界に入ると安心する。俊ちゃんのマンションから徒歩5分程でつく小さなスーパーへと向かうことにした。


 昨日も感じたことなのだが、ここは生活の拠点として何も困らないくらい色々な物が揃っている。

 今晩は何にしようかな? ──なんて新婚奥様みたいな事を考えながら肉や魚を手に取る。


「俊ちゃんって、好き嫌いあったかなあ……」


 大体男の人って、煮物とか好きだよね。お袋の味的な?


「だめだ。確か関西と関東の味付けって全然違うんだよね……凝ったもの作るより、一般的なものにしようかな」


 悩んだ結果、絶対失敗しないハンバーグと余ったお肉で作るミートソーススパゲティに決める。これなら土地なんて関係ない。

 それに、わざわざ余ってしまいそうなお米の心配もいらないし、あとは飲み物。


 飲料水コーナーで足を止めていると、会いたくない人が視界に入る。いくら彼女達の髪が金色から茶色に落ち着いても、ケラケラ笑う声は絶対忘れない。


(何で俊ちゃんの生活エリアに、草間くんの取り巻きがいるのよっ! ああ会いたくないのに。お願い、どうか気付かれませんようにっ!!)


 そんな私の願いが通じたのか、彼女達は一瞬だけ私を見たような気がしたけど、声をかけてくることは無かった。


────────


 買い物袋を終えた私は借りた合鍵でマンションの玄関を開ける。


「ええっと……フライパン、あった」


 男の子2人暮らしなのに、台所周りが綺麗に整っている。しかも、きちんと自炊をしている形跡まで。


(もしかして、俊ちゃん他に女の人──いやいや、和希くんも一緒に生活してるんだし、余計なことは考えたらだめ)


 ふと浮かんだ悲しい展開を打ち消し、勝手にフライパンや油を取り出す。

 そして料理用にわざわざ持ってきた白いエプロンを取り出す。


「──これって良く考えたら、ミートソース飛ばして汚すパターンぽいけど……エプロンって明るい色しか無いんだよね」


 確か、汚れがわざと目立つ為だったかなあ。そんなことを考えながらエプロンの紐を縛り、ガスコンロと向かいあう。


「あ、あれ? ガスの元栓硬いっ」


 男の人の力は想像以上に強い。ガチガチに締められた元栓は私の握力ではびくとも開かなかった。

 俊ちゃんが帰って来る前に料理しようと思ったのに、奮闘すること5分。やっと元栓が開いたと安堵した瞬間、ガチャリと鍵を開ける音が聞こえてきた。 

 時計を見るとまだ5時半。俊ちゃんは元々今日は休暇申請していた訳だし、早く帰って来るのは当たり前。


 夕食の準備が何1つ出来ていないので、私は慌てながら玄関に迎えに行った。


「ただいま〜晶」

「お、おかえりなさい、俊ちゃん」


 靴を脱いだ俊ちゃんは、白いエプロン姿の私を見て言葉を無くしていた。


(えっ? まさか、裸エプロンじゃないからとか?!)


 そんなレベルの高いもの求められても困る。それに胸も無いのに、裸エプロンなんて誰が役得よ。


「俊ちゃん?」

「あ、あ、あぁ、ただいま……」


 歯切れが悪い俊ちゃんからバッグを預かり、私はそれを寝室の所定位置に置き、再びキッチンに戻る。

 部屋着に着替える俊ちゃんは、どこか嬉しそうに鼻歌を歌っている。


「やっと開いた……」


 格闘していた元栓がようやく開いたので、ハンバーグとスパゲティのミートソースを作り始めた。

 同時に2つのコンロを使っているので、時間も短縮出来る。

 当たり前だけど、私も1人暮らしが長いから、手際良く料理なんて慣れたものだ。


「あっ、俊ちゃん、お皿ある?」

「今出すわ」


 寝室から出てきた俊ちゃんは下だけスラックスを履いていたが、まだ着替え途中なのか上は裸のまま。


「きゃっ! ちょ、ちょっと俊ちゃん。せめて着替えてからでも……」


 真っ赤になり、しどろもどろになっている私を見て、俊ちゃんは悪戯を思いついた子供のような瞳で笑っている。


「はーん? オレの裸なんて見慣れてる癖に? 晶のエッチ」

「ど、どっちがっ! お皿適当に置いてね。後は盛り付けだけだしっ!」


 ドキドキ落ち着かない心臓の鼓動を抑える為に、私は既に出来上がっているスパゲティをソースに絡めていた。すると、背後から暖かい人肌がぴったりと密着してくる。


「晶……裸エプロンは無し?」

「ちょ、ちょっと……」

「こーんなフリフリ可愛いの着られたら、興奮してまうで。なあ?」


 服の上から胸を揉まれ、私はフライパンを落としそうになった。ぞわぞわする指先の感覚を追い、うっとりしてしまう。

 すると、左の首筋をつぅっと悪戯な指先がなぞっていった。


「晶、首のマーク隠さないで買い物行ったんか?」

「へ?」


 まさか……。

 慌てて洗面所の鏡を見ると、そこには昨日のホテルでつけられたとしか思えない赤い痕が、くっきりと浮かんでいる。

 すっかり忘れていたのだ。あまりにも濃密な時間が強烈過ぎて。


(と言うことは──このキスマークを、私は草間くんと取り巻きに堂々と見せて歩いていたってこと?)


 いくら大阪に知り合いが他に居ないとはいえ、これは恥ずかしすぎる。人として……モラル的に。


「はあ〜〜……」


 これは気がつかなかった私も悪いのだ。何度目か分からないため息をつきながら、パスタとハンバーグを可愛いプレートに盛り付ける。

 その間に俊ちゃんも、きちんと服を着てリビングに戻ってきた。


「まあ、虫除けになったならつけた甲斐あるな」


 その虫とは、草間くんの事を言っているのだろうか。

 確かにキスマークのお陰で変な展開にならなくて済んだし、ハッキリお別れもした。これで後腐れも無いだろう。


「ハンバーグにパスタやん。贅沢」


 子供のメニューだが、手料理に喜んでくれる俊ちゃんの反応が嬉しい。

 ──今日だけは色々追い払えたし、キスマークつけた事は許す。いつもだったら、絶対白衣で隠れる所にしてね? って言う所だけど。


 少し早い夕食を平らげた所で、私達はわざと別々のタイミングでお風呂に入る。俊ちゃんは一緒に入りたいと唇を尖らせていたが、また一緒にお風呂に入ると落ち着いて身体も洗えないと何とか窘めたのだ。


 先にお風呂から上がった私は俊ちゃんが浴室に消えたのを見送ったところで、東京から持ってきた冒険の品をこっそりバッグから取り出す。

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